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2.ハンターギルドにて




「今回も良い働きだった」


目の前の中年の男がそう評価してくる。

かつては名のあるハンターであり、その剛腕から繰り出される一撃はドラゴンの鱗すら切り裂いたのだという。

そうは聞いてはいるが、目の前の男は腹も出ていれば、いつも疲れたような表情を浮かべた、冴えないおっさんでしかない。

その禿げた頭を見ていれば、彼の仕事がストレスの多いものであるとわかる様な気がするが、初めて会った時からそんなふうだったのを考えると、かつての噂も疑わしいと思わんでもない。

ただ、彼の役職はしっかりしたもので、ハンターギルド、そのギルド長として長年勤めているのだった。


ここはハンターギルドのギルド長の執務室。

この建物の中で最も上の立場の者が座する場所であるはずだが、どこか寂れた雰囲気の内装は、このギルド長とよくマッチしているのであった。

そんなギルド長が報告書らしきものをペラペラとめくり、サインをしていく。


「今回の作戦は、討伐隊として出兵した兵に同行して、大元を叩く。つまり兵が雑魚を引きつけている間に奇襲部隊が敵の主を討滅する作戦だったわけだが、流石という他ない。君に任せてよかったよ。ギルド長としても鼻が高い」


この作戦の裏では多くの犠牲が出ているのだが、そんなことをおくびにも出さず、報告書から顔を上げると満足げに笑った。

秘書がギルド長に近づき、一枚の紙を受けとるとそれを俺に手渡してくる。

今回任務達成したという証明書と報酬が書かれた紙だ。

さすが今回は街が主催した討滅任務ということもあり、報酬が良い。


ギルド長が報告書を横に退けると彼は指先で秘書にこの部屋から出ていくよに指示した。

秘書は頷き、執務室から出て行く。

これでこの部屋にはギルド長と二人きりだ。


ギルド長が、俺の左胸につけたハンターギルド所属を示す金属のバッチを指差す。

バッチには、ハンターギルドを示す通常の白い牙とは違い、黒く塗り潰された牙が二つ描かれていた。

本来ハンターとは依頼を元にモンスターを狩る者達だ。

依頼自体はギルドが斡旋している以上、ハンターはギルドに所属はしているが、基本自由に活動していることが多い。

だが、ギルドに気に入られ、いくつかの特権が与えられる代わりに特別な、または秘密裏な依頼を受ける者達もいる。

そういったギルドの専属となった者に与えられる証が、黒く塗り潰された牙である。


「さて、ブラント。君に黒牙三つの話が持ち上がっている。二つから三つに上がる条件の一つが任務達成の安定性。今まで一人だった君がペアを組むという話じゃないか。この機会にどうかという話になってね。相手は…まあ美人さんらしいじゃないか。同じ原始魔法を使う者がペアになる。安定性に欠けるという話も上がっているが、それでも君ならうまくやれるだろう」


原始魔法。

それは通常の修練により習得する魔術形態とは異なり、神から与えられる唯一無二の魔法である。

神からの祝福とも言われる一方で、神の悪戯とも称され、有名なもので言えば、未来視などがある。

通常の修練では得ることができない高み、それ以外の魔法が使えないというデメリットこそあれど、強力な魔法を扱えるようになる道を選ぶ者が習得する魔法である。

だが、原始魔法の内容は自分が選べるものではなく、それこそ神の采配によるものなので、魔法という手段を棒に振る結果になる者も多い。

その特殊さゆえに、習得したと同時に国に管理されることになるが、身元が証明できるという点では保証されるメリットもある。

選択する者は少ないが。


「君は死んでも生き返る。それを逆手にとって、自身の死によって発動する魔導具、相手に同じ死を与える力を持っているわけだ。とはいえ、それを彼女に使わないことを祈っているよ。男のハンターはモンスターに殺されることも多いが、同じくらい女性関係で殺されることも多からな」


そう言って笑うギルド長は、あまり受けなかったのが気まずくなったのか、一つ咳払いをした。


「冗談だ。とはいえ彼女は…まあ期待している。元々街の軍所属だったが、このギルドに移籍希望とのことで、手続きはこちらでやっておいた。仲良くやっていくことだ。さて、次の任務が入ったらいつも通り、宿に連絡しておく。ではな」


話が終わったとばかりに扉を指さされ、俺は礼を言うと部屋から出た。


いくつか通路と階段を降り、建物の一階に辿り着く。

一階はハンター達の溜まり場となっており、酒も提供している食堂にもなっていることから、昼間であるにも関わらず騒がしい。

見渡すと、端の方に姿勢正しく座る彼女を見つけた。


仲間になろうと話した時から日が経ってはいるが、あれからお互いに忙しかったこともあり、時間を取って今後のことを話し合うことになっていた。

待ち合わせていた時間はまだ先のはずだが、既に到着しているのを見るに、彼女の勤勉さがわかるようだ。


彼女は周りの喧騒をもろともせず、何やらパンフレットの様なものを読んでいる。

頭の片隅から引っ張り出してきた記憶によると、このギルドの紹介や決まり事が軽く載っている物だったはずだ。

このギルドに移籍することになったとはいえ、真面目だなと思いつつ、彼女の方に近づいていくと、その途中で話が聞こえてきた。


「おい、あれ、屍拾いじゃないか」


目をやると、酔っ払いが彼女を指差しながら、噂話をしている。

酔っているからか、噂話をするには声が大きく、それが聞こえてきたらしい。

美人であるだけで注目されるのは、酒場であれば仕方がないとは思うが、なんともひどい言われようだ。

ただ、最近まで俺が知らなかっただけで、そのあだ名は割と有名だったらしい。


俺は彼女の席に近づく。

露出が少ない服装で、使い込まれたレザーコートを羽織っており、お気に入りなのか、首元を隠すようにマフラーを相変わらず身につけている。

大きな目に整った鼻筋、今までの人生の中でも美人に分類されるだろうその造形は、だが近づきよく見るほどに、どこか物足りなさを感じるという不思議な感覚を覚えた。

なるほど、血に染まった時の印象が強すぎて、イメージに差異が生まれているらしかった。


そんな彼女の目の前の席に俺は腰掛けると、彼女は顔を上げた。


屍拾い。そう呼ばれた女性と目が合う。

仲間になろうとそう声をかけた相手の詳しい情報は、遅いながらももう仕入れてある。


名前はアグネス。

彼女の原始魔法は、死者の原始魔法を模倣することができること。

話を聞いてただけでも、屍拾いなどというあだ名が付けられた理由がわかるというもの。

彼女の特殊な立ち位置がわかると言うものだ。

彼女は今まで、強力な原始魔法を扱う魔法使いのバックアップとして軍に従事していたらしいが、一つ決定的な事件があったらしい。


彼女が活躍した戦場があったのだ。


たったそれだけ、だがそれが前回の作戦、それも決死隊に参加していた理由に繋がる。

彼女が活躍すると言うことは、原始魔法の使い手が一人死んでいることに他ならない。

そう、結論で言えばその死んだ魔法使いの殺害嫌疑がかかったことがあったらしい。

彼女が功績を上げるためにその魔法使いを殺害したのだと。


彼女は結局、その死亡の報告を聞いてからその場に駆けつけたことが証明されているが、それでも生き死に関わること。

特に噂という尾ひれが付きやすい話が広まれば、その嫌疑が間違いであってもケチがつく。


つまり彼女と行動を共にしたいと思う魔法使いはいなくなったのだ。


そして、あの場所、決死隊に配属された。

もちろん決死隊などという名称を軍が表向きに使うことはないが、今回の任務がそのぐらい困難なものであったことは明らかで、裏でそう呼ばれていたのは知っていた。

俺自体は死んでも生き返るため、そして今回が初めてでもないため、任務に関して特に思うことはなかったが、彼女はなぜそんな作戦に同行することを良しとしたのだろうか。

とりあえず、声をかけてみる。


「久しぶりだな。そしてこれからよろしく」

「うん。よろしく」


彼女は口数少なく、すまし顔で淡々とそう返事をしているが、視線が定まらないのか、視線が泳いでいる。

こんなふうにゆっくりと会話をするのは初めてなため、お互いどこかぎこちなさを感じているのがわかる。

だが、これからお互いを知っていけば良いだろう。


「軍の方はどうだった? 移籍するのは大変だっただろう」

「特に…問題ない」

「そうか」


だが、話が終わってしまった。

初めて話した時、あの決死隊出発前は、正義感の溢れる、どこか少し生きている世界が違うなという感じではあったが、それでもまだ話してくれていたはずだ。

しかし、今はそんな面影はない。


その時、周りの喧騒が耳に入ってきた。

屍拾い。そんな単語が聞こえてくる。

どうやら場所を移したほうがいいらしい。

食堂のカウンターにいる女将の方を向くと目が合った。

たまに利用するため知り合い程度の仲であるおばさんだが、こちらを気にかけてくれているらしい。

手で出ていくと合図をすると頷いてくれた。

アグネスが既に何か注文してしまっているかも知れないが、後日精算すれば良いだろう。


「よし、合流したし、場所を移動しよう」


俺が立ち上がると、彼女も次いで立ち上がり、付いてきた。

ハンターギルドを出て、通りを進む。

隣に並ぶ彼女を観察してみると、キョロキョロと物珍しそうにしているのに気がついた。

そう言えばと気がつく。

街の構造上、兵士として彼女の住んでいた区域と、ハンターが住んでいる区域は離れているため、彼女によほどの目的がない限り、ここに来たことはないのだろう。


まあ、通行人からして、武装している者も多い。

それもあり合わせで作ったような装備を着ている者も多ければ、まるでモンスターの着ぐるみを着ているような見た目の者もいる。

基本装備は消耗品だ。

住人からすれば、流行りの素材というか、季節や繁殖期によって獲れる素材が違うことから、ハンターが新調した装備に傾向があることに疑問を抱かない。

ここ最近は大型の蟻が多く狩られているのか、その素材を使った装備をしている者が多い。

昆虫系の素材は軽く、量が獲れるため、安価だ。

新人ハンターは皆どこかしらに蟻の外殻を引っ付けているのが当たり前なほどになっている。

俺に蟻退治の話は来ていないが、近々女王蟻の討滅戦が計画されることだろう。


そんな取り止めのないことを話しながら進んでいると、一つの店にたどり着いた。

看板こそ出ていないが、魔導具を扱ってる店だ。


「ここは?」

「魔導具を扱う店だ。とりあえず入ろう」


俺が促すと、彼女は首を傾げながらも俺に続くのだった。






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