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bottle零

「素晴らしい。特級以上の仕上がりになっていますな。コクと甘さのバランスがとれていてこれなら王家の皆様もお喜びになられるでしょう。これならグランクラスは頂けるはずです。感服いたしました」

 初老で銀髪長髪の国家ソリエであるクーネルは口に少しだけ含んだカシルをバケットに吐き出した後に口元を拭きながら満面の笑みをたたえて評価を告げた。

「それならば私も本望です。今年はズレの実の出来が良かったので、このレベルのカシルが作れたのだと思います」

 アカツキは緊張が解けてほっとした。自信はあり毎年クーネルの品評を聞いているが、評価を聞くまでは安心できず、さすがに慣れないものだ。

「さすがエミリオさんですな。まさしくカシルの魔術師の称号に相応しいものを作り上げてくださいました。王政200年の記念の年にこれを出せることをとても嬉しく思います」

 クーネルは笑みを絶やさないでアカツキを褒め称えた。

「ありがとうございます。アカネ、クーネルさんにボトルを用意してくれ。国王陛下へ渡す献上用のボトルでな。間違えないようにな」

「わかりました」

 アカネは父のアカツキに言われ、応接室を出た。父が国家ソリエに今年も好評価をもらったことがとても嬉しかった。今年は特別な年だけあって父の緊張が伝わってきていただけに安堵していた。

 ただ、この時不穏な影がドメーヌへと近付いていた。それは闇の気配を醸し出していた。


 アカネは貯蔵室で献上用ボトルを棚から出し、王暦200年のカシルを貯蔵している樽へ向かった。貯蔵室は地下にあり、カシルの保存に最適な定温(15℃)に保たれている。過去のヴィンテージのカシル樽もあり、古いものは王暦150年のものもある。

 熟成されているカシルは魔力が高いため強化術式を用いた特別な樽に貯蔵されている。若いカシルの魔力が低いと言うよりは一般的な属性の魔術に向いているので解禁日は魔術師にとってはとても特別な日なのである。国王が試飲を終えた日が解禁日となるため国中でカシル祭りが行われるのである。古いヴィンテージのカシルは一般的ではない属性である光と闇の魔術に重宝される。それ故、光無き闇魔術師に狙われ易い。過去の統一大戦でも多くのドメーヌが襲われて被害が出ている。王暦になった際、ドメーヌに守護術式の使用認可を行い、警備能力を向上させた。また、剣術もドメーヌ関係者へ普及させた。ただ、ここ200年の間は戦争は起こらず、平和が保たれている。

 なんか緊張するなと思いながら、樽の栓を抜いてボトルにカシルを注いでいく。

 ふーと深呼吸をしてから、樽の栓を戻し、作業台へ移動してカシルで満たされたボトルにコルクで封をする。梃子の原理を用いた打栓機でコルクをしっかりとボトルの口に嵌め込み、キャップシールを丁寧に貼りつける。

「よし。できた」

 応接室に戻ろうとボトルを手に取り振り返った。そこに黒いローブを着た何者かが立っていた。顔はフードを深く被っているため口元しか見えない。アカネは驚いた。振り向くまで気配が感じられなかった。

「どうやって入ってきた」

 アカネの問いに黒ローブはにやりと口元だけで笑った。気味が悪すぎてアカネは一歩も動けない。そして詠唱が聞こえた。

「我は闇 王の歯車」

 その瞬間、黒ローブの背後に3個の歯車が現れた。詠唱が続く。

「影の捕縛者」

 アカネの体が何かに縛られたように動かなくなった。何もない空感から無数の白い手が伸びてきて手や足を捕まれている。

「闇の魔術か。お前光無き闇の魔術師の一味か」

「だとしたら、この状況下でお前はどうするつもりだ?アカネ・エミリオ」

「なんでおれの名前を知っているんだ」

「昔のことだが、お前の母に借りがあってな」

「母さんに…?どういうことだ」

「まあ、色々な。そんなことよりそのボトルを寄越せ」

 黒ローブが近づいてくる。足音はない。浮いているように前進してくる。

「さあ、寄越せ」

 アカネを掴んでいるような白い手が伸びてくる。ボトルに手が掛かった瞬間弾けるように閃光が飛んだ。黒ローブが避けるように飛んで後退った。

「アカツキー。ひっひっひっ。久しぶりだなー。10年くらい経つかー」

 放った閃光の主はアカツキだった。右手を突き出し黒ローブに向けている。左手には魔術具の数珠を握り、詠唱がすぐにでもできるように構えたままだ。

「アカネ大丈夫か?遅いから覗いてみたら、こいつと一緒とはな」

「大丈夫。この闇の魔術師とは知り合い?母さんのことも知ってるみたいだし」

「昔のギルドパーティー仲間の一人だ。名はレオル・バトン」

「ギルド…?」

「レオル。なぜ王に献上するカシルを狙っているのだ。魔力が高いカシルはこの部屋には沢山あるぞ」

 レオルはニヤニヤしながら首を横に振った。

「我らの王に献上するのだよ。ひっひっひっ。」

「闇の王は死んだはずだが、どういうことだ?新たな王が玉座へ招かれたのか?」

「過去の大戦より200年。光無き闇の国家が誕生するのだ。ひっひっひっ。そのためにもそのカシルが必要なのさ」

「聞き捨てならん。是が非でも渡せんな」

「ひっひっひっ。そうか…」

 レオルが両手を胸の前に突き出し詠唱を始めた。

「アカネ!私の後ろに!風は凪ぐ この世界の全てを…」

 アカツキの詠唱と同時にレオルが叫んだ。

「貫け黒い槍」

「風の障壁」

 一筋の黒い線がアカツキとアカネに放たれた。バーンという強烈な音で盾にぶつかる。バチバチと閃光が飛び散っている。アカツキの頬に一筋の汗が流れる。こんなに強力な術式が使えただろうかと訝しく思いながら相手を観察する。そういえば魔術具を手に持っていない。ということは…。

「クーネルさん!お願いします」

 その合図と同時に部屋の死角になっている場所から影がすごい早さでレオルに飛びかかる。銀色の刃がひゅっと音をたてて斬撃の残像を残し、真っ直ぐにレオルの胸あたりを切り裂いた。ローブが横に切り裂かれて淡い光を放ちながら消滅した。術式も消え去った。間を置かず、クーネルが片刃の細い刀身をレオルに向ける。

「やはり魔術具を着ていたのですね。気配をあまり感じなかったのもそのローブの力によるものですね。趣味があまり良くないので闇市にでも出回っていたのでしょう」

 くっとレオルが呻き、膝から崩れ落ちる。白髪頭でやつれた顔をしていた。


 場所を応接室に移し、クーネルが手配した魔術省の国家魔術師を待っている間、アカツキとクーネルは机を挟み項垂れて座っているレオルへの聞き取りを始めた。アカネは紅茶を人数分用意して各人の前へ置きテーブルの一番端の席へ座った。

 カシルは魔術の根元であり、術式を発動させるには魔術具が必要なため魔術具をクーネルに斬られた今のレオルには使用できないはずだ。

「誰の差し金でうちに忍び込んだんだ?まさか北の国が関わっているわけではなかろうな?」

「…」

「黙秘か。お前は好き好んでこんな仕事はしないはずだ。アカネに捕縛術を使ったのも殺す気がなかったからだろう?」

「殺しは嫌いだ」

 レオルが沈黙を解き話し出す。クーネルは上品な手付きで紅茶を飲みながら傾聴している。

「我らの王のため、国のために忠誠を示すべく行動した。それだけだよ」

「やはり北の国アイスフランクが関わっているのか。分かっているとは思うが、公になったら戦争に発展しかねないことだぞ」

「多少それが狙いでもあるからな」

 戦争という言葉を聞いてアカネは背筋に冷たい感覚を覚えた。レオルは淡々と続ける。

「満たされているのはこのドボルシャトだけだよ。世界各国ここを狙っている。表面的にはこの国の外交は上手くいっている。ただ、他国は嫉妬しているんだよ。カシルの醸造に必要なズレの実はなぜかこの国でしか収穫できないからな」

「200年前と同じではないか。また過ちを繰り返すのか?」

 クーネルがティーカップをソーサーへ丁寧に置いて、レオルを鋭い視線で睨み付けるといつもより少し低い声で問いかけた。

「時代は繰り返されるということですかな?貴君はそれに賛同していると?」

「我がアイスフランク公国は肥沃な土地はないに等しい。首都アルザでしか作物は育てられない。温室研究では最高峰の技術を持ち、温帯の空間を作り出すことはできるが、莫大なエネルギーが必要で今は地熱を利用している。ただ全土には行き渡らない。飢えで苦しんでいる国民も多くいる。対照的なドボルシャトを妬むのも自然な流れではないか?私は国の為にただ力になりたいだけなのだ」

 正義感が強く愛国心に溢れているこの男にアカネは先程闇の魔術を繰り出していた同一人物だとは思われなかった。むしろ、こちらが本当の姿であるのならなぜ光無き闇を詠唱するのかと腑に落ちなかった。クーネルもまともな答えが返ってきたので多少拍子抜けしている。

「その志があるなら、妬みだけで罪を犯してはなりませんな。アカツキはどう思います?」

「ギルド時代のレオルはとても優しく穏やかだったが、今は別人のようになってしまっているな。母国を愛するが故のことだろうが…」

 強く握り締められているレオルの拳が震えている。額には汗が滲み出てきている。アカネは一挙手一投足を見逃さないように観察している。先程からいやな気配がしているが、その原因となっているものがわからない。

「お、お、お前らには何がわかる?わ、わ、私は私のこの命を国に捧げるの…だ」

 口の端から泡を吹きながら苦しそうに話している。先程と様子がかなり違う。アカネは気配の原因がわかった。レオルの胸のあたりに闇がまとわりついている。心臓を圧迫するように闇が凝縮されていく。

「父さん!こいつ闇に押し潰されそうになってる」

「なに!アカネ見えるのか?」

「見える。あれは闇虫だ。心臓を侵食されている」

 詠唱をしていないレオルの背後に突如歯車が現れた。クーネルが立ち上がり抜刀の構えでいつでも飛び掛かれるようにテーブル越しに相手を睨み付けている。

「手遅れですかな?」

 苦しんで俯いているレオルの顔は見えない。

「ぐっ、ぐっ、うっ」

 嗚咽のような声が聞こえて、歯車が回りだした。凹凸が噛み合い、回転数が上がっていく。ばっと俯いていたレオルが立ち上がり、両手を挙げて天井を見上げる。その目は白目がなく真っ黒に染まっている。まるで悪魔そのもののような顔をしている。術式によって産み出された闇の塊が応接室を侵食していく。

「王の……………ため……………に……ひっひっひっひっ……いぃぃぃ」

 瞬間クーネルが前へ思い切り跳躍して抜刀しかけたところに女性の声で詠唱が聞こえてきた。

「汝は光 我は闇……聖なる裁き」

 レオルの目の前すれすれをクーネルはもう一回跳躍で交わし、背後に低い姿勢で着地した直後アカネ達の背後から光の矢が飛んでいきレオルの胸を貫いた。目が眩むほどの強い光が広がった闇の塊を飲み込んでいく。目の前が真っ白になり、闇が消え失せた。

 テーブルの向こうに文字通り真っ白に燃え尽きているレオルが両手を挙げて立っている。どうやら呼吸はしているので死んでいないらしい。立ったまま気絶している人をアカネは初めて見て目を大きく見開き驚愕している。

「間に合ってよかったわ。クーネル叔父様」

 女性の声が後ろから聞こえてきた。クーネルが振り返りすまないなと微笑みながらそれに答える。

「エミリオさんとアカネ君もだいじょうぶですか?怪我はしてないですか?初めまして。私は国家魔術師のダイヤ・ラランドです」

 国家魔術師と聞いてアカツキは姿勢を正しお辞儀をして感謝を述べた。

「ありがとうございます。助かりました。もう終わりだと思いましたよ」

「ご謙遜を。エミリオさんなら次の手が何かあったのではありませんか?あなたは国家魔術師の中ではちょっとした有名人ですから」

 その言葉にアカツキは笑顔で返した。

 醸造士としてだよなと考えているアカネの方にダイヤは話しかけてきた。長い艶やかな黒髪でとても整った顔立ちをしている。目に鋭さがある。猫目っていうのかな?美人に間違いはないので少しドキドキした。

「来年から魔術アカデミーだったわよね?私の妹と同じね」

「そ、そうですけど。なぜそれを?」

「有名人のご子息ですもの。噂は自然と耳に入ってくるものよ」

「父さん?そんなに有名なの?」

 アカツキは笑顔を向けるだけでなにも言わない。なんか言ってくれよとアカネは苦笑いで返す。そんな二人を横目にクーネルがダイヤにレオルの処遇について尋ねる。

「私は更生施設に入れるのが妥当だと思いますわ。闇虫によって蝕まれていただけみたいですから、更生できる可能性が高いです」

「そうだな。それが妥当かもしれん。あとは魔術省に委ねるが、最悪な事態は避けてほしいものだな」

「それは私が何とかしますわ。叔父様。そのための国家魔術師でもありますからね」

 ダイヤはさりげなくウィンクをして外にいる部下達を呼びに行った。

 ダイヤの部下達によって運ばれたレオルは車中でも気絶したままだ。そんなレオルを見ながらアカツキはダイヤに深々とお辞儀をして今後のことをよろしくお願いしますと頼んだ。アカネは少し離れたところからそんな父を見つめていた。

「殺されかけたのにああやって昔の仲間を心配する姿は尊敬しますな。エミリオさんは立派な方です。アカネ君もエミリオさんの様に立派な人間になりなさい。」

 横に立っていたクーネルがアカネに語りかける。アカネは何とも言えない気持ちになったが、力強い視線を父に送る。

「自信は全然ないですけど、父の背中を追いかけてみます」

 クーネルはその言葉に満面な笑みを浮かべて少年を見つめる。将来が楽しみですなと心の中で呟く。

「クーネル叔父様。先に王都に戻りますわ。アカネ君。王都でまた会いましょうね」

 ダイヤが手を振って挨拶をしてから車の助手席に乗り込んだ。アカネも手を振って答える。

 夕日で橙色に染まった景色の中を王都に向けて小高い丘の上にあるドメーヌエミリオの敷地内を車が下っていく。そのうち車も橙色に溶けるように見えなくなった。アカネはそんな景色を暫く思いに耽るように眺めていた。









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