古城攻防戦の最中でもやっぱり上京したい
いくつか階を下って、二階まで降りてきた。
ただここより下に降りると外でやっているアーシアの戦いに巻き込まれそうで中々怖い。
幸いなのは相手が純粋な死霊ではなくなっていることだ。
鬼ごっこかくれんぼをするにあたって、死霊は平然と壁抜けをするし、足音もしないしで、相手としては強すぎる。それと比べると、憑依型ゴーレムは戦闘力こそ高いが、図体はデカいし、足音も大きいし、狭い古城の中では身動きも阻害されるしで、まだしも何とかなりそうな感じがある。
「いい? 絶対戦っちゃダメだからね……!!」
「分かってるよ、流石にそこまで死にたがりじゃない……」
そーっと廊下の角から頭を覗かせて安全確認をする。
クリア。
先に広がるのはなーんにもない石畳の通路だけ。
それでも私とエイド少年はぴったりと背中を壁に着けて、カニのように横歩きで息を潜めながら通路を進む。
なんでそんな移動方法を取っているかというと、死霊はどうやらあまり視力が良くないらしいという話をゆらめく王様から聞いたからだ。壁に同化するように張り付いていれば仮に死霊の視界に入ってしまったとしても壁と間違えて見逃してくれるかもしれないという僅かな淡い希望に賭けての行い。
……、本当にそれが有効かどうか自体は重要ではなく、気休め程度だったとしても動きに根拠があった方がスムーズにことを進められる。そういうときもある。
「なあ……、急に気温下がったような気がするんだが……、気のせいか?」
「死霊がうようよいる訳だし、そんな気もするんじゃない……?」
肝が冷えるというし、やっぱりそういうのと遭遇すると何らかのアレがどうこうなって、結果的に体が寒がったりしたりしなかったりするものだと思う。……、いややっぱりよく分からない。
廊下を進んで行って、突き当りの小部屋のドアをそっと押す。
そこから頭を覗かせて中を確認してみる。
燭台の一つもない部屋だった。
いや燭台どころか何にもない。
元々このお城の小部屋は大抵のものが持ち出されたり朽ちてしまっていたりで大抵何にもないのだけれども、それにつけてもあまりにも何にもない部屋だった。
『ここは瞑想室じゃな。敢えて何にもモノを置かないための場所じゃよ』
「瞑想室……」
「はぁ?」
「ここは何にもモノを置かないための部屋なんだって」
「何のための部屋なんだよそれは……」
「瞑想のための部屋でしょう?」
「???」
「???」
エイド少年が首を捻った。
私も首を捻った。
禅問答か何かだろうか……?
隠れるところはないけれど、しかし一旦ちょっと落ち着きたいので、部屋の中へと入って、ドアを閉める。
老朽化したドアがいつ壊れてしまうかは少々の懸念材料だが、あんまり気にしても仕方がないので諦める。
閉めたドアへとぴったりと背中をつけてしゃがみ込むと、私の様子を見たエイド少年も身を低くするようにしてしゃがみ込んだ。
息をひそめて、耳を澄ませる。
すると、回転音が聞こえた。
私はその正体を知っている。
これは憑依型ゴーレムが脚部のローラーを回転させている音だ。
ただそれが一対なのか、それとも二対以上あるのかまでは分からなかった。それどころか同じ階にいるのか上下階にいるのかさえも確証がない。
ただ、どきりと心臓だけが強く跳ねた。
意図して口を半開きに抑える。
あまり閉じすぎると恐怖で歯がなりかねないし、あんまり開きすぎると口呼吸による音がなってしまいかねない。だから意図して歯と歯の間に舌一枚分くらいの隙間を開けた状態を維持する。
何より効果として大きいのは私が半開きでちょっとアホっぽい面をしているとエイド少年に恐怖が伝染しないということ。
複数人で行動しているときに他者の緊張や恐怖が感染してしまうのが一番恐ろしい。不用意なパニックを避けるという意味では一人くらいアホな顔をしているのがいいのだ。
だというのに――、
『マズイのぉ』
薄くスライスした生魚の刺身も真っ青なくらいにスケスケのスケな王様が小さく小さく呟く。
そういえば、この王様って死霊たちにはどういう存在として捉えられているんだろうか……? 単純に見えているのか、それともあっちからしても中々認識でき辛いのか、それとも仲間に近いモノとして認識されているのか……。
そんな疑問が頭の中に襲来した直後、ドガンッ!! と派手な音がした。
それは私の後ろから生じたモノ、ではなかった。
轟音は正面から襲ってきた。
正確には少し右側よりの前方。
古城の中庭側の壁面にドデカイ穴が開く。
ひゅぅっと風が吹き抜けた。
呆然としているとパラパラと瓦礫が舞う。
何が起きたのか、分からなかった。
ただ急に瞑想部屋が半壊した。
ボロッと上階の床材が降ってきてガシャンと音を立てる。
たっぷり四秒半くらいの時間をかけて、私は何が起こったのかを理解する。
つまり、吹っ飛ばされたアーシアの操る搭乗型思考兵装がこの部屋の壁に激突してきたのだ。
「えぇ?! リリアちゃんにエイド君、なんでこんなところにいるのぉ?!」
「それはこっちのセリフだよ!? なんでこんなところにピンポイントで突っ込んでくるの!?」
思わず声を上げてしまった。
だが、それは良くなかった。
崩れた上階からアサシン型のゴーレムがジョンッ!! と躍り出してきた。
対応が間に合わないと思った。
始めから攻撃するつもりで降りてきているゴーレムの挙動を私たちが上手く避けられるはずがない……。
もうだめかっ!? とぎゅぅっと目を瞑ってしまう。
したらば私の身体を庇うように何か温かいものが、覆った。
ドゴンッ!!!! と音が響いた。
圧倒的な重低音だった。
直後にまた揺れた。
「なっ……、何が……?!」
だけれど、その全ては私の想定していた衝撃ではなかった。
「危っな~い!! 間に合ったわねぇ!!」
上から降ってきた憑依型ゴーレムをアーシアの操る搭乗型思考兵装が即座にその拳で捉えて一触の基に壁にめり込ませる形で無力化したようだった。
そしてその攻撃から私を庇うようにエイド少年が覆いかぶさっていた。
「怪我ないか……?」
「あ、ありがと。おかげさまで」
エイド少年の顔が近かった。
「ねぇちょっと……!! 助けたのお姉さんなんだけれども……!! というか他も集まってくるかもしれないから、さっさとこっちに合流してほしいのだけれども……!?」
「えっ!? でもどうやって……?」
「頭に乗って!!」
アーシアの搭乗型思考兵装の頭部が下がってきて、ここに載れと言わんばかりに突き出される。
私はエイド少年に助け起こされる形で手を引かれて、そこまで連れていかれ、ぴょこんっと二人で一緒に頭部に飛び乗った。
「乗ったー?」
「乗ったぞ!!」
「いよーっし!! それじゃあ最後の総仕上げに移行しまーす!!」
そんな掛け声とともに搭乗型思考兵装がその身をガガガガッ!! と起こしてから、スクッと立ち上がる。
「うわぁ!?」
「あっ、結構揺れる!?」
少々揺れる代わりに見晴らしは良かった。
いつの間にやら結構な数の憑依型ゴーレムを粉砕していたようで、古城の中庭のあちらこちらに壊れた憑依型ゴーレムが転がっている。
『おお!! 中々の大戦果じゃなあ』
「本当は使わないで終わらせたかったんだけれども!! でもそうも言ってられない感じだから……」
キュルルルルゥと脚部のキャタピラが高速回転して、搭乗型思考兵装が中庭の真ん中まで躍り出す。
濁った水が溜まって元の美しさが欠片も残っていない噴水へと乗り込んで、辺りに水をまき散らす。
噴水の中央にはすっかりと朽ちてボロボロになった水の女神像があったのだが、アーシアはそんなことを意にも介さずに派手にぶち壊した。
『なっ、なんて女子じゃ!! 嘘じゃろっ!? 時が経って朽ちているとはいえ女神さまの像を破壊しおったぞ!?』
すりガラスよりもスケスケな王様が過去一の驚愕に打ち震える。
多分そんな信心深さがないから王宮魔式師を首になったんだろうなあ、と想像力を働かせるのみだ。
「心造鎮魂式」
それは柔らかな声色だった。
人を慈しむような、誰かを尊ぶような、何かを優しく包み込むような、そんな心の籠った声色だった。
瞬間、辺りに花畑が広がる。
ふわりと柔らかな風が通り抜けた。
安らぎが全てを塗り替える。
その中心点は間違いなくアーシア=クーロッドである。
だけれども、彼女の人格と、この柔らかな力の波動とを合致させるのは難しかった。
『これは私が作り上げた史上最高の造魔式じゃ』
そうか、これが“とっておき”っていうヤツか。
『ああ、これでやっと全てが終わる……』
それはとても満ち足りた声だった。
えっ……? ちょっと待ってよ……。
あなた消えるの……?
『そりゃ消えるじゃろう。私も彼らと同じ時代の人間なんじゃから』
ただでさえ半透明だった王様がさらに神々しく薄らと輝きを放っていた。
体の端っこの方からキラキラと光の粒子のように溶けて行ってしまう。
私は想像もしていなかった。
呪縛された死霊たちを解き放つのが目的だと思っていた。
だからまさか、この王様らしき人も浄化の造魔式の力に寄って消え去ろうなんて、思いもよらなかった。
『私は最後に言葉を交わせたのがお主で良かったと思っておるよ』
……、そんなに寂しいことを言わないでほしい。
せっかく出会えたのに、せっかく仲良くなれたと思ったのに、もうお別れだなんて……。
『うれしいことを言ってくれるけれども、しかし、私はもう何百年も前に死に損なった存在じゃよ。そんなヤツにまだ生きろなんて言うのは少し酷じゃな』
そんな言い方するのは、ずるいよ……。
『ふふふ、では達者でな……』
そういった王様を私は見送ろうとそう思っていた。
そう思っていたのに……、
「オォオオォォォォォォォォ、キエナイッ!! キエタクナイイィィィィィ!!」
そんなおぞましい叫び声が全てを塗り替えた。
『なっ!? 待て、お前達、私が分からんのか!? 私はお前達を救うために、孤独に人を待ち続けてきたのじゃ……!! それを、それぉぉぉぉ!!!?』
ちょっ、ちょっと!?
安らかな力が広がっていたのに、それが全て押しつぶされるような黒い力に塗りつぶされてしまう。
それだけじゃない。
この場に残留する思念たちその全てが、この搭乗型思考兵装へと集ってきているのが分かる。
「やっ、止めて!! それは、それだけはダメだよ!?」
『逃げろ、逃げるんじゃよ……!! 早く、早く――ゥ!!』
消えかけていた王様の体に黒い残滓が見る見るまとわりついていって、膨れ上がる。
そしてそれは、全てを飲み込む黒い漆黒になって、辺りを包み込んだ。
「うわぁぁぁぁぁ!?」
「ダメェェェェェ!!」
搭乗型思考兵装の頭が突然振り回されて、私たち二人は中空へと放り出される。
全高四メートルを越す搭乗型思考兵装のてっぺんから放り投げられるということがどういうことか……。
それでも私は王様に手を伸ばした。
もう、姿も見えないけれど、それでも手を伸ばして、手を伸ばして……。




