チキチキ粘性生物in神域それでもやっぱり上京したい
ところがどっこい、応援しても応援しても、中々上手くは行きません。
うんとこしょ、どっこいしょ、それでも枝は折れません。
仕方がないので、もっと気合を入れて、応援します。
「ほーらっ、頑張れぇ♡ 頑張れぇ♡ もうちょっとだよっ、ファイっ、オー♡ ファイっ、オー♡ ファイっ、オー♡」
「逆に気が散るっ……!! というか神前でそういう不健全なことをしようとするんじゃないよ?!」
「えぇー? どこが不健全なのさー。というか神様だって、ちょっとえっちなの絶対好きだよ? だってそうじゃなきゃ、愛の女神様とか絶対あんなえっちな格好してないもん」
「一理あるけれどもっ!!」
そして一時間と四〇分の大接戦の末に、私たちは神様の樹から小枝を一本拝借することに成功した。
「いっ、いやったぁぁぁっぁぁぁぁっぁぁ!!」
長い戦いだった。
あまりにも長く険しい戦いだった。
「も、もう腕が上がらんっ……」
「お疲れ様。でどれどれ……、これが神様の樹の枝かぁ……」
一見どこにでもある普通の木の枝との違いは特に無いように見える。
……、もしかしたら本当に特に違いはないのかもしれない。
何なら今までの儀式もわざわざ神様の樹の枝を取っていなかったんじゃないだろうかという疑問が生じるくらいには何の変哲もないただの小枝にしか見えない。
「どうだ? やっぱりなんか神々しかったりする?」
「それが全っ然、分からないっ!!」
寝っ転がってぜぇぜぇ息を吐きだしているエイド少年に小枝を渡すと、
「なあこれ……、実は今までの儀式でちゃんと取ってきた人いなかったんじゃないか?」
そのあまりの普通さに彼も私が思ったことと同じことを思ったらしかった。
「今までの頑張りがあなたの成人の儀の証さ」
「……、ありきたりすぎる」
「人が慰めてあげてるんだから、もう少し感謝してくれてもいいと思うのだけれど?!」
「いや、感謝はしてる。とっても感謝はしてる。だけどなぁ……」
もやもやと釈然としないらしく、仰向けに寝っ転がったままでぐったりとしている。
仕方がないので、私も隣に寝っ転がって空を仰ぐ。
空は見えなかった。
神様の樹に生い茂っている木の葉が空を覆い隠してしまっている。
ただ、木漏れ日が乱反射して、輝きを作っていた。
それはそれでキレイだった。
すぅっと一陣の風が通り抜けて、ぶにょんぶにょんと音が鳴った。
風が吹き抜けてぶにょんはおかしくない……?
「なあ、もしかして、アレが昨日言ってた神域の粘性生物って奴なのか?」
「えぇ……?」
エイド少年の声は驚愕に打ち震えているように思えた。
何事かと思って、指さされた方に向かって身体を起こして、視線を走らせる。
そこには緑色で巨体の女の人がいた。
ちょっと違った。
訂正して再送させて頂きます。
そこには体表面をとろけさせながらも両手を足代わりに動かして動き回る死霊の女のような見た目の粘性生物がいた。
なんでそれが粘性生物と分かるのかと言えば、本来足があるべき場所に、粘性生物の核となる青白い宝玉を抱いた丸い下半身がどでんっと生えているからだ。
イメージとしては下肢に当たる部分が一切ない蜘蛛女が人の腕を地面につけて歩いてくるようなモノだろうか。
とかく、恐ろし気な印象を突き付けてくる。
「そうだよ。だから言ったでしょ、見たらすぐに分かるって」
「ってことは、アレご立腹だよな……? だって一目見てすぐご立腹そうだなって思っちまったもん」
「私もその意見には同意するけども……」
大慌てで立ち上がって、最低限の荷物を引っつかんで、その場から逃げ出した。
あぁ、さようなら私の愛しいテントさん。私の愛しいサバイバルナイフさん、ありがとう今までの恩は忘れないよ。
「と、とにかく一回神域の外に出てしまえば何とかなるから……!! 多分!!」
「た、多分って……、」
「だって、私だってあんなに粘性生物が怒っているところ見たの初めてなんだもんっ!! 普段なら絶対神域の外には出ようとしないから、今回もきっと、そうのはずって、そう思わないとやってられないよっ!?」
とにかく走るしかなかった。
だって、追いかけてくる粘性生物はすごい形相をしているから。
捕まったら何をされるか分かったモノじゃないっ!!
というかその腕をそんな車輪みたいにぶん回してこっちを追いかけてこないでほしいなっ、怖すぎるから!!
「都会でああいう挙動の玩具流行ってたりしない!?」
「見たことねーよっ!! あんな恐ろしい動きをするモンはぁ!!」