私の親友
私には、かれこれ16年の付き合いがある親友がいます。
その親友は身長が30cm、白いもふもふの毛並みにふかふかの身体のシロイルカの姿をしています。
けど、今はすっかり老け込んでしまい、白いくてもふもふだった毛並み色落ちところどころはげてしまいました。
ふかふかだった身体はすっかり縮まり耳を押し付けるとゴワゴワで痛んだ綿の音がします。
歳が歳なんでもうすっかりふけこんでしまっています。おじいちゃんです。
名前は「シロ」人生の半分以上を共に過ごしてきたかけがえのない親友です。
彼とは9歳の時。家族と一緒に行った水族館のお土産コーナーの一角で出会いました。
山積みにされたシロイルカのぬいぐるみ。何十匹もいるぬいるぐみたち。そんなもふもふの山の中から私は彼を手に取りそして両親に買ってもらいました。
私はそんな彼が愛らしくてたまらなく、いつも一緒にいました。寝るときはもちろんトイレだって一緒に行ったこともあります。
彼は無口なので決して喋りません。座った時に間違って頭を潰してしまった時も、ベッドの隙間に落ちて埃まみれになってしまった時も、決して文句は言いませんでした。
でも、たまに右手についている押すとなる袋でキュっと文句をいったりします。
そして時間が経つにつれ、彼はただのぬいぐるみから親友に変わっていきました。気がつけば、彼は私の人生において本当にかけがえのないものになっていたのです。
彼はどんな時も一緒にいてくれました。
クラスメイトとうまくいかず隠れて涙を流した時も、彼は私の目の上に乗っかっていました。
学校の宿題を忘れて慌てて解いている時も、彼は私の肩の上に乗っかっていました。
親と折り合いがつかず孤独に打ちしがれていた時も、彼は私の膝の上で太々しく眠っていました。
新しい自転車を買って興奮に打ち震えていた時も、彼は私の尻のしたで頭をむにゅっと潰されていました。
二十歳を超えて、ようやく独り立ちするようになった時も、彼は私のバッグの中で他の荷物に潰れていました。
彼はいつも、どんなときでも私の隣にいてくれました。いや、いつもは私の左肩に乗っているのでこの表現は正しくありませんね。
まあとにかく、彼はいつも私を支えて愛してくれました。
彼はただのぬいぐるみです。綿と布の塊です。その身体に詰まっているのは16年もの間使い古された綿が詰まっているだけです。
たまに洗うと水が茶色に染まります。最近は梅雨に入ってしまったのでちょっとしめっています。
はっきりいって小汚くてボロボロです。
けど、それでも彼は紛れもなく私の家族なのです。私の大事な大事な家族なのです。
私は彼にいろいろなことを教わりました。
愛や、慈しみ、人として絶対になくてはならない大切なものを私は年々ボロボロになっていく彼から教えてもらいました。
きっといつか私は彼とお別れする日が来るのでしょう。叶うのならずっと一緒いたいです。ですが何事にも終わりはやってくるのです。
私はきっと泣くでしょう。私はきっと悲しむでしょう。もう肩に彼を乗せられないことを惜しむのでしょう。
でも、それが人生なのです。それが生きていくということなのです。だから、私はその日が来るまで彼を肩に乗せていたいと思います。
最後に彼に向けて一言。
今までありがとう。これからもよろしく。
ふと思い立ったので、自分用に彼への思いを書き留めておくことにしました。お目汚しし失礼しました。




