第5話「報酬」
「すみませんでした」
「え、なに、怖い。また俺なんかやっちゃいましたか」
いつもの部室、桃奈は来るなり頭を下げた。ミコトは、なぜか怯えながら固まっている。
「あぁ、一昨日の?気にすんな!それより、依頼持ってきたぜ。働くのじゃー!」
「このノリ、ほんと助かる」
「いつも以上に騒がしいがな」
今日のミコトは、絶好調である。一花に加えて、桃奈まで部員になっているのだ。
一人でも嬉しい客寄せパンダが、二人。いいサプライズだった。
「いやー、最高だぜ。晴翔は最高の友人だぜ」
「てめぇ、こんなときばっかり」
ばんばんと、けっこうな勢いで背中を叩く。嬉しいのは理解できるのだが、少々力が入り過ぎている。おかげで、晴翔の怒りがたまっていく。
「おい、表出ろ。ぶっ殺す」
「ボルテージ上がるの急すぎない?」
「心の奥底に眠る憎悪よ!」
「すみませんでしたァーッ!」
全力の土下座だった。立った状態から、この速さで土下座に移行するのだ、体は回復しているのだろう。
そもそも、怪我すらなかったのかもしれない。
「いいですね……青春」
「一花には、これが青春に見えるのか?」
「だって、男の人って、拳で語り合うんですよね?」
「だから不良じゃないってば!」
優等生の一花にしてみれば、不良なのだろう。とくに問題行動をしたことがなくても、口が悪いだけで不良になるのだろう。住む世界が違いすぎるのだ。
「不良でもなんでもいいけどよー。新入りは、どんな役割持ってんの?」
「私は、記録係です。晴翔さんの記憶が消えても、思い出せることを願って、記録します」
「私は処刑人です。一花の安全保障です。おめーらも場合によっちゃ死刑にします」
「なるほどなー。記録係に戦闘員……!うん、いいね!」
処刑、には反応を示さず、大きく頷いた。どうやら、嬉しさが上回っているようだ。どんな役割だろうと、いまなら受け入れてしまいそうな勢いである。
「それで、ミコト。依頼ってのは?」
「おう、そうだったな。今回は稼げるぜ?なんせ、、盗人退治だ」
「また対人戦か……。喰う必要のないやつだといいが」
桃奈との戦いで、いつもより多めに失われた。そして今度もまた、人。部活メンバーの記憶が消えないとも限らない。
「だから、つながりは最小限にしたかったんだ」
「なによ、それ。友達は多いほうが楽しいでしょ?」
「この仕事をしていないなら、そうかもな」
いくら友達がいても、いつ消えるかわからない。超能力を信じない人からすれば、晴翔に記憶障害があるのかと疑うだろう。晴翔にとって友達は、痛みの原因なのだ。
「そのために、私がいます!すべて、記録します!」
どや顔で胸を張る。仕草そのものは愛らしいのだが、言っていることは怖ろしい。
晴翔にしてみれば、素直に喜べない役割だ。
「ま、気にしても仕方ない。相手がどんなやつか、会ってみないとな」
ミコトが、不敵な笑みを浮かべる。笑みの意味を理解し——晴翔も笑みで返した。
「行こうぜ。目的地は三階、そこに行きゃ、きっとわかるぜ」
情報の提供者か、それとも証拠になるような『物品』か。なんにせよ、ミコトはなにかをつかんでいる。一花のときより、はるかに楽だ。
「ねぇ、ミコト。盗人って、なに盗んだの?」
「音楽室の椅子一つ、リコーダー七つ、メトロノーム一つ。男子更衣室の蛍光灯二つ」
「意味わかりませんね……。蛍光灯なら、音楽室にもあるのに」
「それが怖いところだな。だって男子更衣室だぜ?前代未聞だろ」
女子更衣室の蛍光灯が盗まれたなら、変態の一言で片付けられただろう。しかし、男子更衣室だ。なにに使うのか、音楽室から移動したのはなぜか、ほかの物はどうするのか。
「きっと、魔術さ。この学校にはない、七不思議を作るんだろ」
「小学生じゃあるまいに……。それに、七不思議ならあるよ?」
「あるんですか!?」
引き気味で叫び、隣を歩く晴翔の腕を引っ張る。肩から鳴ってはならない音がした。折れてはいない、外れてもいない。しかし、激痛であった。
「一花……お前、力強すぎかよ……」
「わぁあすみません!」
今度は両手で突き出した。それもまた痛みを伴っている。晴翔は顔を歪ませ、ミコトはそれを見て戦慄する。
女性とはいえ、全力は脅威である。
「怪談は苦手か?晴翔の腕、ヤベー速度だったぞ」
「すみません……苦手で、すみません……」
怖がりかたから察するに、本気で苦手なようだ。この調子だと、暗くなる前に、依頼を終わらせる必要がある。なにせ、七不思議のある学校だ。
「しかし七不思議か……。気になるな」
「あぁ、まったくだぜ。時間はある、語ってもらおうか」
「え……え?」
桃奈はちらりと一花を見て——笑った。優しさに満ちた微笑み、一花は安堵する。
きっと話すことはしない、自分のいないところで話すだろうと。
「……いまと同じような状況だったわ」
「話すんですか!?」
「だって、一花のおびえる顔、とっても可愛いわ?」
「鬼!悪魔!外道畜生!」
「さすがに傷付くね……」
心霊系にトラウマでもあるのか、異常なおびえかたである。
晴翔の腕は強度のしめつけにより、痛みを覚え始める。そのまま動かれれば、服ごと持っていかれそうだ。
「桃奈、今度で頼む。語り終わる前に、俺の腕が死ぬ」
「なるほどね!語れって言うのね!」
「いやぁぁあああ!」
「いやぁぁああああ」
ぶんぶんと腕を振る、甲高い叫びと低音の叫びが交差する。
それを聞いて笑う二人。地獄絵図のようであった。地獄に見えてはいるのだが、どこか楽しげでもあった。
「さっさと行くぞ。もう、腕とかどうでもいいから」
「なんだ、楽しそうだな?」
「別に、友達が嫌いなわけじゃない」
腕に一花をつけたまま、先を急ぐ。誰にも顔を見せないように、一番前を歩く。晴翔自身もわかっていないのだ。なぜにこうも、顔が緩んでしまうのか。
「……残念だが。おい、おしゃべりは終わりみたいだぞ。……ミコト、ここだろ」
にこやかな顔が一変、急に険しくなる。楽しげな声と足音も止み、場を静寂が支配する。扉の向こうは、美術室。外からでも感じるほどの、欲が渦巻いている。
「さすがだな。今日はここにいるぜ。だから……特攻、しかけんぞ」
「一花、下がって。私たちが前に出るから」
桃奈の手に握られる、白の鞭。帯電こそしていないが、撃ち込めば必殺の一撃となる。
「行くぜ……。せーのッ!」
ミコトが扉を引き、晴翔と桃奈が中へと飛び込む。背中を合わせ、いつでも迎撃できるように、武器は構えて。
「……あれれ?」
「追うぞ!」
カーテンが揺れている。そこから逃げたことは間違いない。晴翔の目に映る、欲望の残滓が証拠である。ゆえに、逃すまいと駆け出し——。
「——おわっ!?」
桃奈の鞭に捕らわれ、後方へと大きく投げられた。
「ちょっと!桃奈さん!?」
「晴翔は休んでなよ!」
言うが早いか、窓から飛び降りる。一瞬のできごとに、誰もが動けなかった。頭が理解したころにはもう、姿がない。
「逃がすかよ!」
「おい!晴翔まで!」
すぐに追って、窓から飛び降りる。能力者の身体能力なら、この程度の高さは問題にならない。
誰かに見られてさえいなければ、問題がないのだ。
「心の奥底に眠る憎悪よおぉ!?」
空中で詠唱を開始するも、なにかに足を取られる。意思を持っているかのように、晴翔を絡めとってゆく。その色が白であるとわかり、叫んだ。
「なにしてんだよぉぉおおお!!!」
◇◇ ◇
黄昏の校舎を駆ける、二つの影。一つは大きな荷物を持って、一つはしなやかな鞭をなびかせて。
速度は落ちることなく、距離は一定を保っている。
「待ちなさい!」
鞭を射出。しかし、背に目があるとでもいうのか、かわされる。このままではらちが明かない。一般人に見つかる可能性も大きくなる。
「賭けるしかないかな……!」
走りながら、小さく息を吐く。前を走る生徒は、見えない攻撃を避けた。つまり、避けた理由がある。その理由さえ明らかにすれば。桃奈にも、きっと攻撃のチャンスがくる。
「一つだからって、なめるなァッ!」
晴翔を縛りあげるために、左手の鞭は使っている。それでも、弾幕は張れる。壁に、床に、天井に。無軌道かつ狂気的な速度で。体を吹き飛ばさんと荒れ狂う。
「グウ……」
「冗談キツいぜおめー……!」
体をひねり、すべてかわす。人の動きではない。わかってはいたのだが、目の前にすると、冷や汗が出てくる。耐久力だけでない。まともな格闘術では勝てる気がしない。
「でも——見えたよ」
「グッ——!?」
足元に鞭を射出、勢いよく前方へと跳んだ。その手に武器はない。
だというのに、手のひらからは気迫を感じる。自信に満ちた手が、生徒の頭に迫る。
「ググ!?」
「やっぱり……避けたなぁ!?」
生徒は、首をむりやり回して避ける。どさりと重い音が鳴り、荷物が落ちる。そこまでして、大事な荷物を落としてまで、頭は守らねばならない。それが意味することは、つまり。
「頭……なんかあるってことだね?」
荷物を守るように立ち、鞭を床に叩きつけた。それは威嚇であるが、油断はしていない。弱点が判明したところで、確実に勝てるとは思っていない。
「男の子だったんだねぇ。ま、どっちでもいいけどさ。終わりにしよ?」
鞭を収束させる。いつでも撃ち出せるように。視線は外さない。男子生徒の目は、黒々と光っている。いままで見たどの黒より黒い、表す言葉もない黒だった。
(撃ち込むなら、やはり頭か……。確実に、絶対に、一撃で当てないと……!)
微細な体の揺れ、呼吸のタイミングさえ、桃奈は見つめていた。少しでも異常があるならば、即座に撃ち込むために。このチャンスを決して逃がさぬために。
「…………——いまならッ!」
揺れた。刹那の動き。見えた。伸びる腕。しとめるなら、いまこそ好機————。
「——あっ」
にやり、と。男子生徒の口が歪んだ。黒々とした目が、桃奈を捉えて離さない。至近距離、必殺の鞭はかすることなく通過した。スローに見える景色、桃奈が見たのは、死。
(カッコつけたの、間違いだったかなぁ……)
死は拳。極限まで張り詰めた体から、それは放たれるであろう。
弾丸のごとく、弩弓のごとく。ゆっくりと流れる時間はやがて、本来の速度を取り戻し————。
「失せろ、三下!」
死はとてつもない速度で、真横へと弾き飛ばされた。続いて頭は思考を取り戻す。横から殴りつけたのは、見覚えのある仲間だった。
「まったく、ふざけた真似はやめてもらおうか。二人ともだ、馬鹿二人!」
神崎晴翔。エモーションソードはなく、目の色も一般的な黒だ。しかし、身体能力は能力者のものだ。走ってきた速度、似た体格の男を殴り飛ばす剛力。
「さて、まずはこいつを……始末しないとな」
手に集まる光。波立つ剣の形を成す。それが大口を開けるのだろうと桃奈は知っている。知っているからこそ、開ける前に叩く。
「必要ないの!」
鞭は男子生徒を絡めとり、宙に固定した。それを見ても、晴翔は冷静である。
「見て。こいつはもう、意思を取り戻してる」
強い意志を宿した瞳。確かに、そうだった。もう喰らう必要がない。しかし晴翔が許したのは、桃奈の瞳が原因だった。とても、優しかったのだ。
「今回は、お前に免じてやめておこう。……だが、一人で走ることは感心できん」
優しさを知っているからこそ、晴翔の言葉は厳しい。優しさが己を滅ぼす、そんな光景を見続けてきた。破滅を止めることができないことも、誰より知っている。
「ごめんなさい……。でも、私は、あなたを——」
「わかっている。だからこそ、今度は止める。お前が、滅ぶ前に」
背を向け、歩き出す。相変わらず声は、言葉は厳しい。
それもまた優しさであると、桃奈は理解できる。優しさ同士であるのに、相いれることはない。
「違う!私が謝りたいのは、そうじゃないの!」
歩みが、止まる。呆れたようで、嬉しさも混じった顔が、桃奈を捉える。
続きを聞いてやる、まるでそう言っているようだった。
「私のせいで、いっぱい、記憶が消えた……。だから、少しでも記憶が消えないように、私が戦うの。それが、罪滅ぼし。食べる回数を減らせば、記憶は消えないでしょ?」
なにも言わずまた、背を向け歩き出す。それが照れ隠しであることは、ミコトでなくとも理解できた。
「……ありがとう」
小さく、それでもしっかりと、桃奈の耳に届いた。素直な感謝に、桃奈の顔も緩む。仲間、異性というのも悪くない。交わるはずのなかった友情が、確たるものとなった瞬間だった。
「えんだああああああ?」
「ちょ、ミコト?どこから……」
「いい話ですねー」
「一花!?本命はあなたなんだからね!?」
廊下の角から、いつもの仲間は現れる。すべて見ていたようである。なにせ、両者の手には携帯電話。録画していたのだろう。
「仲間っていい言葉だよなぁ」
「えぇ、まったくです」
うんうんと、二人して頷いている。どうしてくれようか、桃奈が答えを出す前に、晴翔は叫ぶ。記憶ごと抹消するつもりで。
「心の奥底に眠る憎悪よ、いまこそ解き放て!|赦《ふりー》された空へ」
「やっべ、逃げるぞ!」
「は、はいぃっ!」