第4話「友達」
放課後、いつもの部室。この日は、いつになく騒がしかった。廊下まで声が響いている。
「私は絶対、ここに残るんです!」
「ダメです!こんな危険な場所、すぐにやめなさい!」
少女二人が言い争っている。一人は学年一、あるいは学校一の美少女、仙道一花。もう一人はクラスのボスにして、最高最強のアイドル、白石桃奈。女子生徒頂上決戦である。
「私が、晴翔さんのことを記録するんです!そうすれば、記憶喪失も怖くないのです!」
「その前にあなたが死んじゃうでしょ!っていうか晴翔!アンタ、一花も口説いたの」
「も、ってなんだ、も、って。誰一人、口説いた覚えはないんだが」
「えぇ昨日のあれとか、違うんですか」
どうも誤解を受けているようであった。晴翔としては、思ったことを口にしているだけなのに。なぜ口説いていると言われるのか、そもそも恋心とはなにか、晴翔は理解していない。
「この私が、不覚にもどきっとしちゃったからね…………!一花を、こんな場所に置いとけるわけないよ!男はヤバいのばっかりだよ!お客さんとか!」
「誘拐犯に言われたくありません!」
「落ち着け、声がでかい。誘拐犯とかいうな」
晴翔は大きくため息をついた。
一刻も早く、この場から退散したかった。もしかすると、初めてかもしれない。家に帰りたい、と思ったことは。
「お前ら、なに騒いでんだ?痴話喧嘩か?青春なのか?」
「あ、ブラック顧問。お疲れさまです」
「おう、晴翔もお疲れだな」
よすぎるほどの勢いで開かれた扉、そこに立っていたのは若い男性————顧問だった。部活である以上、顧問は存在している。しかも、裏の仕事を認めている人物でもある。
「先生!一花を止めてください!男はみんなヤベーですって!」
「俺も男なんだが?頼む相手間違ってない?」
「じゃあ私の味方してください!」
「まず話が見えねぇよ!晴翔の取り合いでもしてんのか」
『違います!』
三人同時に叫んだ。あまりの声量に、顧問は気圧されている。思ったよりも、白熱した話だったようだ。
「一花がうちに入るかどうか、ですよ」
「え、ダメなん?」
「男だらけの部室に、美少女放り込むなんて……
許せないッ!」
「お前キャラ変わったな」
このままでは、話が終わらない。両者ともに、我が強すぎるのだ。おとなしいと思われた一花にも、ここまで強い個性が宿っているなど、誰も知らなかっただろう。
「あー、じゃあ白石さんも入ったらどうかな。ほら、監視的な意味合いで」
「私にも手を出す気なの」
「落ち着けよ!監視っつてんだろ!」
「む……確かに、電気鞭できる」
「死刑o r無罪ですか」
しかし、晴翔たちはそれを受け入れるしかない。
話が終わらない以上に、一花から報酬を受け取ることもできない。生活のためには受け入れるしかない。
「……よし!なんかあったら即死刑!先生、私と一花も入ります!」
「あぁうんもう好きにしてくれ。書類は……
いまねぇから、明日渡すわ」
大きく嘆息して、伸び。この時間だけで、どれだけ疲れたのだろう。
毎日こうなるとは思えないが、これから晴翔は耐えられるだろうか。
「えへへ、これでいっしょですね!晴翔さんのこと、全部記録しますからね!」
「怖ろしい好意を感じる……」
「私も、記録するからね…………?」
「死刑ノートやめて」
この部室に、悪意を持った人間はいない。だからこそ厄介だ。完全な善意ゆえに、否定もできない。一花は晴翔を想い、桃奈は一花を想い、顧問は部活そのものを想っている。
「アルティメットブラック顧問、あとは任せますね……」
「おう任しとけ。うまいことやってやるよ」
この大人は信用できる。こどもだからといって、頭ごなしに否定しない。そんな人が、任せろ、と言うのだ。なんとかしてくれるだろう。
「んじゃ、俺は行くぜ。おめーらも、あんま遅くなんなよー」
「はーい、お疲れさまでしたー」
「お疲れさまでした」」
晴翔に続き、女子二人も頭を下げた。これだけ見れば、ひよこみたいでかわいいのだが。現実はわがままかつ反抗期だ。しかも、ひよこより大きい。
「そういや、白石さん。あの鞭、どこで手に入れたんだ?」
「晴翔こそ、あの剣はどうしたの?つまりそういうこと」
「わからない、と」
不可思議は、誰にも理解できないゆえに不可思議という。
なぜ能力を得たのが晴翔だったのか、なぜ剣という形をしているのか。誰にも説明できない。
「白石さんの鞭って、電撃?ですよね?晴翔さんもなにかないんですか?」
「んー……。喰うこと、それからHPが少ないほど火力UP」
「じゃあ、私のが強いね!」
「一撃必殺だもんな」
一番を認められ、つい笑顔になってしまう。昨日負けたのに、なんて晴翔は言わない。言わないことで、円滑な人間関係を築けるのだ。
「しっかし、あれどんなもんなんだ?威力とか」
「0.2mmAだよ」
「つまり200Aですね!20Aでも人間死ぬらしいです」
「あー……俺、よく無事だったなぁ……」
かすった気がするのだが、なぜ無事なのだろう。負の感情にとりつかれた連中のように、バリアがあったのだろうか。
晴翔に悪意はないはずなのだが。
「不思議だよねぇ。神もサンタもいない世界で、超能力がある、しかも、同じ部活に所属している。超能力って、そんなに安売りされてんのかな?」
「能力者はひかれ合うんだよ。割とマジで、そんな感じじゃね」
晴翔の場合、自分から首を突っ込んでいるのだが。
それとも晴翔が『人を助けたい』と思うこと自体が、能力の副作用なのだろうか。
「なるほどねー。あ、じゃあ名前でも決めてみる?能力名、みたいな」
「俺のはエモーションソードって名前があるんだけどな。……でも、いいよ」
一瞬、晴翔の顔が曇る。だが、一瞬だ。すぐに笑顔を見せる。誰も、気付いていない。
「じゃあ先に、白石さんのを決めましょう」
「それはいいけど……一花、そろそろ名前で呼んでくれない?」
「あ、それもそうですね!同じ部活に所属するんですから、友達ですからね!」
「友達以上になりたいんだけどなー」
ほほえましい光景である。昨日まで誘拐だの殺し合いだのをしていたようには見えない。
それは異常かもしれない。だが、仲良きことは美しいことである。
「晴翔も、笑ってないで。あなたも、私のこと、名前で呼ぶんだよ?」
「え、なんで」
「いいじゃないですか。私みたいに、慣れますよ」
「はぁぁぁ……
しゃーない。わかったよ、あぁ、名前で呼べばいいんだろ、チクショウ」
特定の誰かと仲良くするつもりはない。それが仕事の邪魔になると知っているからだ。
なのに彼女たちは、仲良くしようとする。ままならならものである。
「で、名前決めるんだろ?さっさと決めて帰ろうぜ。もう疲れた」
「電気マッサージいる?」
「火力調整できるならな」
強すぎる感情は、晴翔を疲弊させる。しかし、感情を抑えろ、とも言えない。我慢するしかない。だからこそ、早く帰って、自室で眠りたかった。
「桃奈さんの能力は、電撃と鞭……。と、いうことは」
「ラヴ・スクイーズ!」
「怖いから却下!」
締め付ける愛。お似合いではある。問題は、電撃部分だ。
そんなもので締め付けられれば、愛する存在も死んでしまう。
「なんで?圧殺の愛と書いてラヴ・スクイーズ」
「殺しちゃダメでしょ。絞るとか締め付けるとかならまだしも、圧殺て」
「まだ死にたくないです」
どうも白石桃奈という人物は、危険な思想を持っているようだ。心の奥底まで染みついた思想、あるいは生まれながらに持っている個性。
「じゃあ閃紫万光とかどうでしょう?」
「かんじ、やだ、むずかしい」
「なんて面倒な女だ」
一花の言うことならなんでもいい、というわけではなさそうだ。
いくら惚れていても、そこはしっかりしている。
しっかりしていないほうが、晴翔的には嬉しかったが。
「我、輝きを誓う、フルゴル・ユーラーレ、とかどうだ」
「厨二病の極み」
「おめーが言い出したんだろ!」
厨二病ではないネーミングなど、あるのだろうか。
それも、能力につけるものだ。アニメや漫画のようなことをリアルでやれば、どうしたってこうなろう。
「でも晴翔さん、楽しそうですね」
「ねー、言葉はきっついけど、その割に笑顔」
「そう、か?うーん……昔、同じような経験があるから、かな」
本人は笑顔の自覚がない。だけど、刻まれている。確実に、忘れないように。
詳細は思い出せずとも『楽しかった』ということは消えない。
「幼いころ、同じようなことがあったんだ。この力を魔法だとして、詠唱とか、剣の名前とか、決めたんだよ。
とても楽しかった。……
もう、詳細は残っていないんだけど」
「残っていないって……。そんな楽しいことなのに?」
「晴翔さんは、負の感情を食べることができるんです。……
でも、代償として記憶を失う」
「え、記憶じゃあ、戦いのたびに、記憶は……ごめん」
昨日のことを思い出して、素直に謝った。その姿は、いつもの白石桃奈ではなかった。
「くっくくく……。謝るなよ、そんな顔は似合わんぞ?」
「あ、あんたねぇ!せっかくこっちが謝ってに…………!」
「だから、いいって。過ぎたことさ。記憶は、新しく作ればいいんだ。だから、桃奈たちが笑って過ごしてくれればいいんだよ。
楽しい記憶を、どんどん作ればいいんだ」
しおらしさは似合わない。明るく、笑ってくれればいい。
それは、晴翔のエゴだ。しかし、優しさでもある。
過去がどうであれ、これからを見てくれるのだから。
「私、晴翔さんが人気の理由わかったかもしれません」
「あぁ、やっと?女子に囲まれると、嫌でもわかるよ」
「なんだよ、お前ら。茶化すなよ。こっちは真面目だー?」
真面目がいけないのだろうか、考え込む。それとも、思ったことを言うのがけないのだろうか。
男にとって女とは、永遠のミステリーである。
「ま、なんでもいいぜ。稼げるなら、なんでも」
「あぁー、そういえば稼ぐんだね。これから私も悪役かー……」
「でも楽しそうですよ?悪いことって、楽しいんです」
「君らねぇ……部活を犯罪みたいに……」
実際、犯罪ではない。犯罪ではないのだが、大きく言うことはできない。頭の固い大人から見れば、よくないことだ。髪を染めた不良のように、犯罪ではないが怒られる。
「俺たちの生活は、この部活にかかっている。とくに俺は、死活問題だ」
「苦労、しているんですね……」
「……大変だね」
本気で同情された。とくに桃奈からは、多大な哀れみを感じる。
ただ金がないだけで、ここまで憐れむのだ。晴翔は自身の境遇を話さぬよう、心に決めた。
「だから、稼ぐんだよ。なにも問題はない。これまでも、これからも」
高校生でいられるあいだ、稼げるだけ稼ぐ。自分が楽をするために。一刻も早く、あの親から離れるために。
「さ、そろそろお開きだ。明日から、活動するからな」
「はい、頑張ります!」
「私に任せろーばりばりー」
「お前年いくつだよ。ってか使いどころ違うぞ」
ばりばりー、は効果音である。マジックテープ式の財布を開けるときの。これがでてきたのはかなり昔である。そんな昔から、掲示板を利用していたようだ。
「そういえば、ミコトさんはどこにいるんですか?」
「検査入院。明日には帰るって」
「すみませんでした」
勢いよく頭を下げる桃奈。この一日だけで、随分と丸くなったものである。