第1話「SNS問題解決部」
いよいよヒロインの登場です
ストーカーって恐ろしいものですね。
乱雑に積みあげられた奇妙な物品。その中でもひときわ異彩を放つ、巨大な時計。魔界の門を思わせる意匠で、針は血に濡れた槍だった。
そんな血塗れ秒針のリズムに、タイピングの音が混じる。晴翔が、一人で作業をしている。仙道一花の件とは別に、顧問から頼まれている仕事だった。
「あー……こんなもん……かなぁ」
画面には、SNSの使いかたに関する資料ができあがっていた。今度、職員向けに使うらしい。中には定年間際な方もいるので、生徒向けより優しい内容だった。
「おーす、待たせたな」
「平気でーす……いま終わったところでーす……」
「あー、うん、あれか……お疲れさん」
口から魂の出そうな晴翔を見て、ミコトは察した。基本的に、対人の仕事はミコトがやっているが、デスクワークは晴翔の仕事。きっと、今回の案件は『面倒』だったのだろう。
「あ、あの……空いて、いますか…………?」
不意に、扉の向こうから、か細い声。二人が注視する。
隙間から、ちょこんと愛らしい顔。
「どうぞ。…… えと、仙道、さん?」
「はい」同じクラスでありながら、初めてじっくりとその声を聴く、姿を見る。確かに、美少女。クラスどころか、学年一、もしかすると学校一の噂も頷ける。
「はじめまして、でしょうか。私は仙道一花、今回は、よろしくお願いします」
丁寧に頭を下げる一花に、二人は驚きを隠せない。なにせいままでの客は、怪しげな部活名を見て、警戒することがほとんどだったからである。
「俺は神崎晴翔。部長だ。……肩書だけの」
「で、俺が御影ミコト。部室にあんまいないほうだ」
『いい笑顔』を向ける二人。怪しげな名前で怪しげな顔はまずい、と努力した結果である。
「そちらへどーぞ。今日は、どういったご用件で?」
晴翔が手で促した先は、かろうじて一人分が確保された座席。それ以外は、用途不明の物品で溢れかえっている。細身の一花でさえギリギリであった。
「えっと、話しにくいことなんですが……」
「大丈夫だぜ。秘密厳守、依頼者を守るのが仕事だ」
ニヤリと笑うミコトに、晴翔はツッコミを我慢。マッチポンプを提案していた男が、なにをいまさら、と。しかし、本当に守る気なのだろう。……
本人が気付かねばいいのだ。
「あぁ、わざわざ俺たちを頼るんだ。つまり……
ワケアリなんだろ?」「……はい。本来なら、警察に」
警察。その言葉を聞いて、晴翔とミコトは目を合わせた。言葉はない。それでも、確かに同じ言葉を交わしていた。『覚悟決めろ』。
「そんで、なにをしてほしいんだ?」
「……最近、ストーカーされているんです」
痺れる空気の中、一花が口を開いた。その続きを促すように、二人はなにも語らない。
「ストーカーがいることは確実だと思います。でも、警察に言ったら、きっとその犯人は、もう普通にはなれない。それは、とても悲しいことだと思うんです」
一花の話が終わる。二人は、口を開けない。なにも、語れない。別々のことを考えている。一花の、異常ともいえる優しさを、どうしてやるべきか。
「俺は乗るぜ。……晴翔、お前は」
変わらず、空気は緊張している。晴翔は腕を組み目をつむり、深く思案している。
「……最初に言っておく。これだけは忘れるな」
やっと、目を開いた。しかし、穏やかではない。視線は刺すように鋭く、言葉も重く響く。
「俺たちは、正義のヒーローじゃない。……どうにもならない悪なら、裁く」
「じゃあ…… どうなんですか」
「場合によっては、ぬるいこと言えないね。なにせ、最優先事項は『仙道一花の命』だ」
命。重すぎる一言。一花は気圧され、押し黙る。
晴翔と、一花。強い視線がぶつかる。
己の意見は曲げられない、両者そう思っている。
「受けるかどうか、決めるのはあなただ」
瞳と瞳、やはり強い視線が絡み合う。しかし、抱く感情はまったく別物であった。一花は、悩んでいる。晴翔はそれを見透かし、試している。
「……お願い、します」
震えていた。どうにもならない悪なら裁く、その内容を一花は知らない。だから怖かった。自分のせいで、誰かが傷付くかもしれない。それでも、一花は頼みこむ。
「誰もが傷付かないなら、きっとそれが正解です。でも……
どうしてもと言うなら、私は死ねない。私は、私の命が大事。これだけは、譲れない」
まだ、見据えている。晴翔は驚きつつも、視線を外さなかった。仙道一花という人物は底知れず、どこか狂っていた。少なくとも、晴翔の目にはそう映った。
「うん、いい目だね。乗るよ、あなたを助ける」
強硬さを秘めた瞳は一変、優しさをたたえる。幼いこどもを愛する親のように、どこまでも柔和なものへと。一花はその表情に、強い安心感を覚えた。
「ありがとうございます…………!」
「ははっ、よかったな。やっぱり、こうじゃなきゃな」
三人とも笑っている。笑みの意味は違えど、笑っている。
なんの問題もない。
これが晴翔の求めたものだ。結果、救われればいいのだから。
「それじゃ、まずは……仙道さん、現状出せる証拠ってある?」
「えぇ、あります。教室、私の机に」
「じゃ、それを見に行くぜ。証拠は多いほうがいい」
こうして、最初の行動が始まった。三人は、いつもの教室へ。クラスメイトであるはずだが、初めてであるような気もする。生きるグループが違うゆえに。
「これ、です。朝見たら、こんなものが」
一花が、自分の机を指さした。二人はなにも言えない。言葉が見当たらない。それはただのストーカーではない。執念と憎悪に満ちた、おぞましいもの。
「おいおい……。こりゃあ、ストーカーってか、イジメじゃねぇ…………?」
机に『彫られた』罵詈雑言の数々。口に出して言ったこともないような言葉のナイフが、机を抉っている。細かで精巧、そして鋭利な言葉は、机の隅一つを潰している。
「ひどい……執着か?愛……憎悪……なんだ、これ。意味わからんぞ」
晴翔が頭を抱えている。一花はなにも言えず、うろたえている。だがミコトは、神妙な面持ちで、次の言葉を待っている。
「あぁ、覚えたよ。見たことないけど……独特なのが、仇になったな」
「んじゃ、今回もいけるな?」
「もちろんだ。さぁ、部室に戻ろう。作戦会議だ」
どこか焦った様子の晴翔。一人部室へ、早足に歩き出す。
無言で、ミコトは続く。一花も、それに倣うしかなかった。空怖ろしさを感じながらも、無言で追うしかなかった。
そして、部室に着く。晴翔は定位置へと腰を下ろす。ミコトは壁に腰掛ける。重苦しい空気に、一花は呼吸すら忘れていた。
「はぁー……。仙道さん、今回はちょいと大変だよ」
静寂は破られた。不穏なものを感じた一花は、言葉を待つ。待って、ほんの少し。長い、長すぎる静寂。血塗れ長針が、なんど刻んだかもわからない。
「とりあえず、犯人を釣りたい。そのために……覚悟はあるかね」
「なにをすれば、いいですか」
覚悟、とっくに決まっていたのかもしれない。あるいは、この空気にのまれたか。どちらにせよ、やる気はある。それなら、利用しない手はない。
「ストーカーからは、愛憎を感じた。ならば、それを刺激してやればいい」
「仕方ないよなぁ。俺はゆいね一筋なんだがなぁ」
晴翔とミコト、目を合わせた。一花には感じえない、なんらかの会話を行ったのち、二人して手を差し出しだ。
「今日から友達、よろしく」
あまりにも、日常。ありきたりで平和な空間。一花は少しの驚きを見せつつも——つられ笑った。そして、握り返す。
二人同時に。
「はい、よろしくお願いします」
美しい白の手に握られ——しかし二人は動揺を見せない。
女性に、そして人に興味がないゆえに。しっかりと目を見据えて握り、しばらくして離す。
「とりあえず、友達らしいことをしよう。そんで、仙道さんはなにかあったら、俺たちに報告すること。当面は、これでいこう。いいよね?」
「はい、お願いします」
「内容自体はいいんだけどよ。……
まず晴翔は、やることあるぜ」
急に重苦しい瞳を見せる。鋭く刺すように晴翔を見つめる。晴翔としては、その意味を理解できないでいた。
「仙道さん、じゃあ他人行儀だよなぁ。なぁ?一花」
「え、えぇ?まぁ……
そうかもしれませんね」
「そうだ、俺たちは友達なんだ。もっと距離を詰めろ」
もっともらしいことを言っている。だが心の奥底には、この依頼をどうしても達成したい欲が見えていた。ライブツアーがかかっているのだ、その本気度は並ではない。
「私はかまいませんよ?」
ちらと横を見れば、無邪気に微笑む一花。ここで断れば、むしろ晴翔がノリの悪いやつだと思われてしまう。依頼者との良好な関係のためにも、ここは乗るべきであった。
「あぁ、わかったよ、一花」
「はい、晴翔さん」
広く浅く付き合う晴翔は、あまり人を名前で呼ばない。しかし、今回は例外である。それとは別に、無言で頷くミコトに対して、軽い殺意は覚えた。
「よし、友達計画もイイ感じに始められるな!さっそくなんかやろうぜ!」
「なんかってなんだよ。友達って……なんだ?」
男二人、プライベートな人付き合いに関しては素人であった。
依頼をこなすばかりで、遊んだことなどほとんどない。思えば、友達らしい友達もいない。
「男の子はわかりませんけど……放課後のお散歩は定番ですね」
「散歩か……。ウィンドウショッピング、というやつか?」
「はい、ウィンドウショッピング、です」
なるほど、と晴翔は心で呟いた。思い出してみれば、制服を着た人々が、オレンジの町を歩いているような気もする。
またそれらが、楽しそうな表情であったとも。
「ウィンドウショッピングねぇ……。
悪くはない、悪くはないんだが……なぁ?」
「なんだ、不満か?」腕を組んで、渋い顔。
それは、わかりやすいほどの不満を抱えた顔だった。晴翔は知っている。
これは、理解不能な行動を強制されたときの顔だと。
「買い物だろ?じゃあ、なんで買わないんだ?なんのために行くんだ?」
「それはごもっともだ。でもな、いま俺たちは買い物に行くわけじゃないんだよ」
「あー?まるで意味がわからんぞー?」
「与えられた役割を演じることは、難しいか?」
ミコトの不満は、晴翔は言葉を介さずとも理解できる。
だから、反論も簡単にできる。いまは友達ごっこなのだから、本気で買い物に付き合う必要はない。
「あの、この依頼終わったら、友達じゃなくなるんですか?」
「え、違うのか?」
「は?いや、まて、え?マジで?」
「マジ……だけどえ、俺が間違ってんのか?」
どうも話が噛み合わない。一花とミコトは、友達として過ごすつもりでいる。だが晴翔は違う。
いままでどおり、客と業者の関係に戻る気でいる。
「一花は純粋で、優しい。こんなごみ溜めには似合わない」
「えっと、ありがとう…………?」
「お前、口説くつもりなのか」
「否、断じて否!危険付きまとう仕事で、女になにができるというのだ!」
ミコトは手を叩く。そういえばそうなのだ。いままで、暴漢と戦うだとか、ひったくり捕まえるだとか、とにかく戦ってきた。
そして、それ以外の怖ろしい連中とも。
「まぁ……どうしても友達でいたいと言うのなら……。俺が守ってやる」
どうせ今回の依頼は、守ってやらねばならない。ならば、次回以降も同じ要領でやればいい。
ミコトのことだ、本気で一花を客寄せパンダに使うこともあるだろう。
「やっぱりお前口説く気じゃ——」
「違うと言うとろうが!」
からかい笑うミコト。それを全力で否定する晴翔。そんな光景を見て、一花は思わず声を出して笑った。動きを止めた二人が、一花を見る。
「ふふ……ごめんなさい。いまのお二人が、とても仲のよい友人に見えて」
男二人、顔を合わせて首をかしげる。これが、友人との会話なのか。
「なんだ、意外と簡単だな。うん……この調子で、お散歩だ。お宝でも探そうか」
「あぁ、いいな。探そうぜ。よし、一花。ウィンドウショッピングだ」
「あの……すみません、私、用事があって……。もうすぐ、6時なので……」
「…………え?」
一花、そして時計を交互に見て、停止。本日の業務はここまで、お散歩は次の日になった。
次回は主人公の能力お披露目です。
目が虚ろになっていますが、はたして。