第14話「三人」
晴翔とミコトは、あの公園へ向かっていた。なにも言う必要がなかった。
三人でよく遊んだ、といえば、あそこしかない。
「そういやさ、俺が送ったメール見たか?」
「あー、すまん。ずっと寝ていてな」
「最近お疲れだもんな、しゃーない」
「今日帰ったら見とくよ」
「そうしてくれ。きっと、度肝抜かれるぜ」
えらく自信満々である。ちなみに、送った内容をミコトは確認していない。
それでこの自信であるのだから、たいしたものだ。
「そんで、急になんだよ。もう一人の幼馴染がどうしたってんだよ」
「あいつは、同い年の少女でな。よく言っていたんだ、魔法があるといいな、って」
晴翔はなにも言えない。約束とは、その少女としたものなのだろうか。
わからない。わからないからなにも言えない。
話を聞くしかない。
「飴が降ってくる魔法、みんなが仲良くする魔法、そして——」
不意に。影が落ちる。悲しい?苦しい?違う。わからない。
だが、顔には深い影が。
「悪意を喰らう魔法」
歩く晴翔の足が止まる。悪意を喰らう魔法。
それは、エモーションソードのことではないか。
晴翔が持つ能力のことではないか。
「俺の、力は……その子が……?」
「関係しているだろう。お前は、あいつの夢をかなえたんだ。そして代償に、あいつに関する記憶を失った。
俺は覚えている。誰も救われない結末を」
ミコトから、負の感情が溢れていた。悲しい、苦しい、合っている。当時を思い出しているのか。
なにがあったか、いつの話かもわからない当時を。
「なにが、あった」
震える声で、問うた。ミコトの足も止まり、こちらを振り向く。
「お前は記憶を失った。あいつはそれを自分のせいだとして、どこかへと行ってしまった。俺は……なにも、できなかった……!」
悔いている。あのとき自分が、なんとかできれば。
もう少しマシな行動をとっていれば。
「どこへ、行ったんだ」
「わからん。遠くへ引っ越した、とだけ。連絡一つ、手紙さえなかった。
あの日を境に、一度も会ったことはない」
もう会えない少女、どこにいるかもわからない少女。
だが不思議である。
なぜ、いまさら、こんな話を。黙っていれば、傷が開くこともなかっただろうに。
「なぁ、晴翔。正直に答えてくれ。記憶が消えるっていうけどさ、本当は、かすかに残っているんじゃないか?
あいつに関すること、覚えているんじゃないか?」
泣きそうな声だった。そんな親友の期待にこたえたかったが、現実は非情である。
残ってなどいない。残ってなどはいないが、しかし——。
「記憶は、消えた。だが最近……異常が起きている」
「詳しく教えてくれ」
ふ、と息を吐く。いま起きていること——殺人事件に関するものではない——を整理する。
「記憶が、戻ってきているんだ。一度は消える。
だが、それが戻る。理由はわからない。
だから、あの子に関することも、少しは」
「どれだけ思い出した?」
「仲のいい少女がいた……。そして、そいつと別れた日。
そうだ、あの日に見せた、悲しい笑顔は、覚えている。
それが、幼馴染かどうかまでは、わからないのだが」
「それだけじゃ、特定は難しいな。仲のいい少女なんて、少なくないからな」
もし、あの笑顔が幼馴染のものであるなら。あの影は、幼馴染ということになる。それはつらい現実だが、そうなってしまったら……喰らうしかない。
「魔法を使いたいという記憶。そして、魔法を見つける約束。
いまさら、なぜ出てきたのか。俺はそれが、影のせいだと思うんだ。もしかすると、あいつなのかもな、って」
「確かに、不思議だ。俺は、影に懐かしさを感じている。だから、もしかして、本当に幼馴染なのかもな」
影は、晴翔を好いている。それは、晴翔も知っている。
だが、なぜ?いつそうなった?恋だと感じたのは、知っていたのは、いったいなぜ?
「この公園も、よく遊んだ場所だな。なにをしたか、ってのは覚えていないんだけどさ」
「あぁ、そうだぜ。ここで遊んだ。日が暮れるまで、三人で」
いま、そのうちの一人はいない。どこのいるのか、生死さえわからない。
そんな人間に会えたとして、いまさら仲良くできるかすら。
「そういえば……はじめて影と会ったのも、この公園だった」
「いよいよ、信憑性増してきたな」
「そうあってほしくはないのだが」
敵は喰らう。だが、やりづらい相手、というのも存在する。できれば、影と幼馴染は別人であってほしい。それが、晴翔の願いだ。
「なぁ晴翔、影って呼んだら来ないかな」
「いや……難しい、とは思うが……。やってみるか?」
「物は試し、呼んでみようぜ」
「変な感じがするけど……まぁいいか」
呼ぶ方法は簡単だ。まず、大きく息を吸い込む。そして、とりあえず叫んでみる。
「出てこーい!」
普段絶対に出さない声量で叫んだ。どこまで響いたのだろう。
公園の下を通る、少し大きめの道路まで響いただろうか。時間が経つにつれ、恥ずかしくなってくる。
「……君たちは、馬鹿なのかい」
「お、まさか本当に来るとはな」
「たまたま通りかかったら……。なんて大声だ、驚いて見に来ちゃったよ」
「へへ、作戦成功だぜ」
影である。心底あきれた様子だ。
呼ぶほうもまともとは言いがたいが、来るほうも来るほうである。
「それで、私を呼んだのかな」
「呼んだぜ。質問に答えてもらいたくてな」
「一応、敵同士なんだけど」
「細かいことは気にすんな」
ミコトは快活に笑った。一度痛い目にあったというのに、能天気なものである。しかもその本心は、次は負けない、という心で満ちている。
「俺たち、幼馴染がいたんだ。それは、お前じゃないのか?」
「申し訳ないけど、私にはわからないな」
「わからない?じゃあなんで、晴翔を狙うんだ?」
「その力が最善だからだよ。あと、個人的に好きだから」
「晴翔、お前影も口説いたのか?」
「そんなわけあるか!」
会ったときから敵同士である。口説いた覚えはない。なんなら、いままでの人生、一度も誰かを口説いた覚えはない。つねに自然体だ。
「私はね、力を得たよ。でも、その代償に、幼いころの記憶を失っているんだ」
「それじゃあ、お前も俺と同じなのか?」
「かもしれないね。理由は違えど、記憶を代償になにかを得た」
「でも、晴翔が好きなんだろ?」
「そのとおりだ」
「いつ惚れたんだよ」
「わからないね。……っていうか、その恥ずかしい質問、女の子に聞かないでほしいな」
まったくである。敵だからなのか、それとも顔が見えないからなのか。今日のミコトにデリカシーというものは、微塵も存在していない。
「私自身、不思議なんだ。好きな人がいたのは覚えている。だがそれが誰かはわからない。わからなかったけど……晴翔を見て確信したんだ。彼こそ、私が片想いしている相手だと」
「俺も、影から好かれていることは知っていた。それはなぜか、わからない……」
不思議な話である。好いている相手と、未来で出会う。まるで恋愛漫画のような奇妙さだ。
「この話はやめにしたいね。とても恥ずかしい」
「告白したようなものだもんな」
「…………」
「あっぶな!無言で攻撃すんな!」
なにも言わず、影は先端を伸ばして突き刺してくる。ミコトはギリギリで回避しているものの、本気で命の危機だ。初めて本気の影を見た。
「そのくらいにしてやれ」
「でも……告白は、もっといい雰囲気でしたかったの。それを……それを!」
「悪かったって!幼馴染かどうか、気になっただけなんだよ!」
「まったく……。晴翔、今日のことは忘れてくれ。本番まで忘れてくれ」
「あ、あぁ……善処する」
敵を喰らうことで、都合よく消えてはくれないものか。消えたら消えたで、幼馴染関連の話をまたせねばならず、完璧に都合がいいわけではないのだが。
「そういや、お前はなにしてたんだ?」
「私には敵が多いんだ。潰さないとね」
「怖ろしいやつだぜ」
その敵とは、晴翔を利用せんとするなにものかである。それをミコトに教えるわけにはいかない。晴翔はそれを察している。
「お前も、大変だな」
「晴翔がいてくれたら、楽なだけどね」
「残念だが、いまは敵なんだ」
晴翔の言うとおり『いま』は敵である。ミコトがいなくなれば、一時的にとはいえ、味方となる。それも、頼れる能力者だ。
「さて、私は行くよ。まだまだ、仕事が残っているんでね」
「あまり、俺たちの手を煩わせないでほしいぜ」
「さぁ、どうだろうね」
黄昏の闇に溶け込むよう、影は消えていく。日陰となる場所はすでに、夜闇が飲んでいる。
「俺たちはどうする?」
「仕事だ」
「おいおい、まじかよ」
「問題ない。あれは、雑魚だ」
晴翔たちを、見ていたものがいる。薄い黒の人型。——やつらだ。なにものかの手先だ。
「趣味の悪い……やるぞ、ミコト!」
「俺でも斬れたらいいんだがなッ!」
詠唱もなく、剣を手にする。遅れないように、ミコトもカバンから模造刀を取りだす。そして、駆けた。人型どもが撤退を始める。
「背を向けるなんて、愚かだな!」
「なめられたもんだぜ!」
逃げようとする人型を、一つ、二つと斬り裂いてゆく。エモーションソードだけではない。ただの模造刀でさえ簡単に斬れる。
「あんたら、なにもん?言わなきゃ消すぜ」
最後のひとり、首元に切っ先を突きつけ問う。顔がない以上、感情は読めない。晴翔の能力をもってしても、なにひとつ読めない。
「無駄か。じゃあ斬るぜ」
のどに刺す、斬りあげる。人型を構成するなにかが、飛沫状に飛ぶ。一片のかけらも残さず、その場で霧散した。
「なんなんだ、こいつら?俺でも斬れるのに、なんでこんなに弱いんだ?」
「さぁ……それは、本人に聞くべきじゃないか、な!」
「ギャアアアアアアッ!」
木の上、なにかがいた。それを目聡く見つけた晴翔が、エモーションソードを投げて落とす。悲鳴の次に聞こえた落下音。急いで正体を確認する。
「お前、なにもんだ!」
「……っ!」
ミコトが手を伸ばす。だが、すんでのところで逃げられた。そのまま、顔を覆うようにして、走ってゆく。二人は追うことをせず、その背を見送った。
「明日だ、明日わかる。怪我したやつがいりゃ、そいつが犯人だ」
「晴翔はやっぱりモテるな。あんなストーカーまでいるなんて」
「俺を狙っこと、後悔させてやるさ」
あれが、晴翔を利用しようとしていた犯人。出会う日は、戦う日は、もうすぐである。