第12話「受信」
保健室で寝ていたあいだ、不穏な夢は見なかった。おかげで、体力も気力も回復している。
「お前、ついに学校まで来たのか」
「いまは先生がいない。だから、問題ない」
影が、ベッドに腰掛けていた。まだ明るいというのに、そこだけ夜よりも暗い。相変わらず表情はよく見えないが、感情を察することはできた。
「それで、なんの用だ」
「二つ、報告がある」
黙って目を閉じる。これを影は肯定ととった。話したいことがあるなら、勝手に話せ、そう言っていると。
「一つ、ミコトの怪我は私が原因だ。斬りかかられたものでね」
「どの程度怪我させたんだ」
「軽くひねっただけだよ。すぐに治る」
「ならいい」
晴翔はミコトを信頼している。簡単に倒れるような男ではないと。
それから、不思議なことに、影のことも信用できた。きっと、大きな怪我はさせていない。
「二つ、君は悪霊にとりつかれている」
「ジョークか?」
「いいや、本当のことさ」
信じられない。だが、嘘はついていない。心の底からそう思っている。悪いことがある、というより、悪霊にとりつかれている。
「さすがに、犯人はわからないけどね」
「そいつは、生きた人間なのか?」
「そうだね、人間だ。人間から生まれた、悪意ある霊的存在だ」
正確には悪霊ではなく、生霊のようである。それが、晴翔にとりついている。もしかすると、最近の悪夢はそれが原因かもしれない。
「だから、気を付けてと言ったんだ。いや、私も不親切だったかもしれないが」
「俺を利用しようとしているやつがいる、だったか」
「対処法もなにも教えなかった。……すまない」
影は、悲しんでいた、苦しんでいた。自身の無力を呪っていた。対処法を教えなかった、のでははなく、教えられなかったのだ。信じることしかできなかったのだ。
「私自身、どうすればいいかわからない。
私は悪意で、君は人間だ。やりかたが違う」
「ならば、どうすべきかな。俺一人でなんとかするのが最善だが」
「いまは協力しよう、と言いたいのだけどね」
影にとって、晴翔は重要な人物だ。失うわけにはいかない。なんとしてでも、この状況を打破しなければならない。
「俺は、敵に頭を下げるわけにはいかん」
「じゃあ、私は好きにしよう。それでいいね?」
「あぁ、好きにしろ」
互いに笑みを浮かべた。これは協力関係ではない。だが、同じ敵を倒すために行動する。
「ここでは行動がしにくい。晴翔、学校が終わったら公園に来てほしい」
「そうか、ならばいますぐ行こう。善は急げ、だ」
「しかし、学校は?」
「俺、こうみえても成績上位なんだぜ」
「なら安心だ」
気配を感じて、影が散る。先に待っているのだろう。すぐに準備して、行かなければ。病人らしく、でも急いで行かなければ。
「神崎さん、起きているかしら」
「あぁ、先生、なんでしょう」
いいタイミングで、養護教諭が現れる。足音から察するに、一人ではない。一花だろうか。
「体調はどうかしら」
「頭がくらくらして、どうにもなりません。重力が狂っているような」
「晴翔さん、よくならないですか……」
「一花、悪いな。ただ、休息が足りないだけだとは思うんだが」
実際、休みは足りていない。うまく眠れないのだから、当然である。意図せずして、睡眠障害の怖ろしさを知った。
「うーん、今日は帰って、寝たほうがいいかしらねぇ」
「できればそうしたいところですな。……寝ているだけでつらい」
「そうね、うん、今日は帰りましょうか。顔色もよくないもの。私の車に乗ってね」
「晴翔さん、支えますよ」
「すまない、感謝する」
一花の手を借り、ベッドから立ち上がる。仮病のつもりが、思ったより力が入らない。これは、まずい状況である。本気で過労なのだ。
(これから調査なんだけどな……)
一花に支えられながら、駐車場を目指す。いまは授業中のようで、人はいない。晴翔にとっては好都合だ。一花に触れている、見つかったらあとが大変だ。
「さ、車に乗って。仙道さんもありがとうね」
「どういたいしまして。晴翔さん、ゆっくり休んでくださいね」
「ありがとう、そうするよ。……また明日、みんなで会おうな」
「はい!待っています!」
心配そうな一花を残して、車は行ってしまう。弱っている晴翔を見たのは初めてだったゆえに、しばらく動けなかった。
「神崎さんはいい経験したわねぇ。学校の美少女に支えられるなんて」
「見られなくてよかったですよ」
「男子全員に恨まれちゃうものね」
おかしそうに笑った。実際にそうなったら、冗談ではすまないのだが。同じ部活に所属しているというだけで、現状かなり恨みを買っているというのに。
「泣かせちゃ駄目よ?」
「そんな趣味ないです」
泣くのは駄目なのだ。笑っていなければ。それが晴翔の願ったことだから。晴翔が人助けを続けている理由なのだから。
「さて、もうすぐおうちね。しっかり休むのよ」
「えぇ、休みますよ」
実際、休んだほうがいいのだろう。だが、影と約束している。行かねばならない。
まさかこんなにつらいとは、立ち上がるまでわからなかった。
「さ、ついたわよ」
「ありがとうございます」
「しっかり休むのよ。明日、待っているから」
「はい。……また明日」
晴翔は手を振る。それに軽くこたえ、車は走っていく。これで、自由だ。なんでもできる。
「まずは、準備だな」
音も立てず、家に入る。階段をのぼって、自室へ。用意はしっかりする必要がある。
「あれ、パソコンついてんのか……」
昨日は悪夢のせいで気が付かなかったが、パソコンの電源がついている。消さなければ、とスリープを解除する。そこには、一通のメール。
「ミコト……いや、ちびロボから?」
アドレスはミコトのものだが、件名はちびロボのものであると思えた。『敵ノ解析結果』とだけ書かれている。
「これを見てから行くか……」
メールを開こうと、パソコンを操作する。だが、どうにも時間がかかる。容量の大きな添付物があるらしい。
(いや、あとでいいか。いまは、約束を優先しよう)
パソコンをつけたままに、カバンを手に取り部屋を出る。音を立ててはいけない。父親にばれてはいけない。静かに、家を出る。
家から公園まで、十五分程度かかる。こんなとき、連絡ができたら楽なのだが。そもそも影が携帯電話を持つとは思えない。持っていたとして、連絡先は教えない。
(平日昼間に学校の外なんて……変な感じ……)
歩いている人々は、お年寄りが多数だ。あとはスーツ姿の大人が、忙しそうに歩いている。昼より前の時間帯、自身と同じような年齢の姿など見かけない。
(そのくせして、電車はそこまですかないか)
私服姿の若者は多い。だが、同年代ではないだろう。大学生か、それより少し上か。自身だけが浮いたような感覚、落ち着かない。
電車を降りて、少し歩く。目的の公園まで、もうすぐだ。この時間ならば、人は少ないだろう。いたとしても、散歩中のお年寄りくらいだ。
「やぁ、思ったより早かったね」
「人を待たせるな、と教わったからな」
「いい心がけだ」
影は、木の上にいた。さきほどより、影が薄くなっていた。表情が読み取れる程度には、薄くなっていた。
「お前、調子でも悪いのか?」
「実は、戦ったばかりでね。私もあいつも、かなり削られちゃった」
「勝手に死んでくれるなよ」
「はいはい、利用され終わるまで、死なないよ」
近くで、表情を見る。すると、気が付く。こんなにも表情豊かで、愛らしい少女だったのかと。これなら、最初から普通に会っていれば、あるいは。
「お前、思ったより可愛いな。もっとクールかと思ったぞ」
「あーごめんね、二人きりだと嬉しくて」
影は腕で顔を隠してしまう。その仕草もまた愛らしい。表情が見えるだけで、印象は大きく変わるものだな、と実感する。
「……最初から、普通に、とはいかなかったのかね」
「うん。……私には、どうしてもやらなきゃいけないことがある」
自身の思いを犠牲にしても、なさねばならないこと。晴翔には、理解できなかった。その重みを、深さを。
「私のことはいい。まずは、君を助けないとね」
「頼む……というのも、おかしな話だな」
「いまだけは、仲間でいさせてくれよ」
影は冗談めかして笑った。それは普通の少女に見えたが、悲しさが潜んでいることを、晴翔は見逃さなかった。簡単にはあきらめきれないのだろう。
「それで、俺についた悪霊とはなんだ?」
「誰かを殺したやつがいる。そいつは、君を犯人に仕立てあげようとしている」
「意味わからんな。そんな魔法があるのかよ」
「君は、受信してしまったんだよ。悪意を、殺した瞬間を、犯人の記憶を」
晴翔は、人の心を感じることができる。そこにつけこまれた結果、こんなことになっている。強すぎる心を、むりやり晴翔に与えたのだ。
「だから、俺に流れてきたのか。面倒なやつもいたもんだ」
「君がどうにかなってしまう前に、犯人を見つけなくてはならない」
「いまのままじゃ、怪しい人物だもんな」
記憶がなく、なおかつ凶器について知っていた人物。どう考えても、怪しい人物である。だが、晴翔は犯人ではない。少なくとも、影はそう言っている。
「犯人は君の近くにいる」
近く、つまりは学校の。知り合いを疑いたくはないが、いまは疑わざるを得ない。自分以外のすべてを疑う覚悟で、探さねばならない。
「部活メンバーは違うと信じたいが」
「そうだね、彼らは除外しよう。でももし、彼らが怪しいとなれば」
「そのときは……仕方ない。疑ってかかるしかないだろう」
最悪の事態は、考えておくべきだ。どんな現実も受け入れる、覚悟をするべきだ。でなければ、自分が潰れてしまう。生きるためには、仕方ないのだ。
「その覚悟ができているだけで、じゅうぶんさ」
考えたくもないが、現実は直視しなければならない。声は楽観的だが、内容は楽観できるものではない。
「それで、手がかり的なものはあるのか?」
「そうだねぇ……。独特の空気があるはずさ。なにか、人間離れしたような」
「うーん、わかりやすいような、そうでもないような……?」
特異な空気をまとった人間、探すだけで一苦労である。なにせ、そういった人間は気配を隠しているものである。ただ会話をしただけではわからない。
「いままで話した連中は、とくに怪しくない」
「どうかな?注視してみれば、なにか気付くかもよ」
「そう言われると、不安になるな……」
確証など、あるわけがない。だから不安になる。学校の人間であることは確実なのだ、どう転んでも不安になる。
「とにかくいま、思い出してみなよ。本当に、怪しい人はいなかったかい?」
言われて、思案する。晴翔を心配していた一花、いつもどおりの桃奈。影にやられて休みのミコトに、プリントに情報を加えた顧問。仇を誓った大柄な男子生徒に、寝ている晴翔を心配した男子生徒。最後に、養護教諭。
「とくに、思い当たらないな。もう一度話すしかないだろう」
「私もついていければいいんだけど」
「思念だけの姿にはなれないのか?」
「守ってもらうわけにはいかないよ」
「俺は別に構わんが……仕方ないな」
情報をもって、影と密会せねばならない。
堂々と会えればいいのだが、それはかなわない。部活メンバーにさえ、黙っておくべきだろう。
「……晴翔、敵だ」
「平日昼間から元気なことだ」
背後、集う黒がある。強い悪意を感じる。明らかに、狙っている。晴翔と影の二人を。
「全力でいくぞ!心の奥底に眠る憎悪よ、いまこそ解き放て!赦された空へ!」
紅い目、青い剣。体調もよくないので、最初から飛ばして終わらせる。やられる前にやれ、である。二人なら余裕であろう。
「まずは……一つ!」
駆けた。そして、一閃。人型の影が、霧散する。次に狙いを定める。右に一つ、左に二つ。
「二つ、三つ!」
流れるような動作で、左の敵を斬滅する。弱い、弱すぎる。
これだけ強い悪意を備えておきながら、ありえないほど弱い。
「こっちはお任せだよ!」
影の足が伸びる。それは地を伝い、敵の足元で実体化する。そのまま鋭利な先端で、撃つ。
「手ごたえがなさすぎるぞ。なんだ、これは」
「なにものかが使役している。これは、そいつの残滓だね」
使役されている敵、残滓。つまり、本体からこぼれ落ちたもの。
それが己の意志で生み出されたかは定かでないが、強敵であることは確実だろう。
「こいつらをたどれば、犯人につくかもしれない」
「しかし、わざわざ俺たちにばらすか?引っ込んでいればいいものを」
「こうして探されては、迷惑なのだろう。だから、動けないようにする」
「それしても弱い。こんな程度で、やれると思われたとはな」
戦力を見誤ったのか、ただの小手調べか。なんにせよ、これで終わりとは思えない。
「気配はするね」
「だが、襲ってくる感じではないな」
来るなら討伐すべきだ。だが来ないなら、様子見でいい。泳がせられるなら、あとを追うこともできる。むやみに討伐すべきではない。
「さて、影よ。どうすべきかな」
「あいつらを監視しておく。わかったら、また呼ぶよ」
「あぁ、頼んだ」
影が散った。それを見て、敵は撤退を開始する。気配ごと、薄れていく。いま、脅威にはならない。
(駄目だな……。あいつを頼るようじゃ、まだまだ)
懐かしい少女。名前も思い出せない少女。どんなに仲良くしようと————いつか喰らう。絶対に、悪意は逃すわけにはいかないのだ。




