たぬき、参上。8
それは……赤橙の襟巻きをした狸だった。
もふもふの冬毛をなびかせる狸は、熊に向かって踏ん張るように立った。尻尾はピンと立っていて全身に力が入っているのが景宗にもわかった。
ピリつく空気の中、互いに睨み合う。
と、その時。狸が動いた。
十分に力を貯めた前足が地面から離れたではないか。しかも両方だ。狸はじりじりと、確実に起き上がっていく。そして熊がしていたのと同じように後ろ足だけで立ち上がったのだ。
「らっ」
勇ましく鳴いて格好が決まった!
だが景宗は見てしまった。自重を支えるのが必死でプルプル震える、華奢な後ろ足を。
けれど背中には熊にも負けない強い精神力が宿っている……ように見える。
だが。
めちゃちっさ!
そう、熊に比べて狸はあまりにも小さすぎるのだ。
「足プルプルだぞ、無理すんな、狸!」
「……らっ」
狸の返事は、大丈夫だ、心配要らない。と言っているように聞こえなくもない。
にらみ合いは粛々と続く。
自分より小さな狸が熊に挑む静かな力比べを目の当たりにして景宗は思う。計り知れない勇気と根性を。
普通、狸が熊に挑みかかることはない。まして同じ土俵で睨み合うこともだ。なのに狸は俺を守ろうとして……
「狸、負けんな……!」
「らっ」
固唾を呑んで見守ること数分。先に殺気を解いたのは、熊だった。
ぐぅ、
と弱々しく呻った熊は藪へ戻って行く。その背中は景宗の目に寂しげに映った。
熊の退散を見届けた狸は前足を地面につけ、
「ら」
誇らしげな声音が響く。
そして今の今まで熊と睨み合っていたとは思えないほど呑気な顔で、景宗を見上げていた。
命がけのタイマンを張って熊を追い払ってくれた狸に、景宗は膝を折り、桶を横において。
「ありがとう。今日も助けてくれて。お前、俺の守り神だな」
それを聞いた狸は心ここにあらずといったような面持ちで、つぶらな濃茶の瞳を一際キラキラさせて景宗をぼうっと見つめている。
景宗の大きな手がぽんと頭に乗って。よしよしと撫ぜられると今度は目を細めてうっとりと。景宗の気が済むまで大人しく撫ぜられていた。
「そうだ、昨日の礼をしに行こうと思ってたんだ。これ、一緒に食おうぜ」
手持ち桶に入っている青魚を見せると、狸は桶を覗き込んで。
「ら」
鼻の穴を広げて返事をしたから、どうやらやる気が出たらしい。
くるっと向きを変え、大きな尻尾をヒュン、と一回し。勇ましげに歩き出す横には、楽しげに見下ろす景宗がいた。