たぬき、参上。6
屋敷で働く者達、新しい家臣、それと景宗が連れてきた船乗りたちが集落を探し回った。忽然と姿を消した御館様――景宗――はいずこやと。
昼間、西浦庄の浜に降り立った景宗の登場は派手だった。
本人にそのつもりは全くないのだが、紀伊国から商船を操って参上し、しかも巨大な安宅舟まで曳いてきたのだから長閑な漁村の民は腰を抜かして驚いた。しかも颯爽と降り立ったのは少々歌舞いた若者だったから、民はにわかにざわついた。
紀伊国に住む腕のいい海賊が後北条の殿様に懇願されて伊豆水軍の船大将に着任する、と噂になっていたから、海賊と言えば恰幅が良くて髭を生やし、商売上手で守銭奴のかほりがぷんぷんする胡散臭い中年男だろうと民は勝手に想像していたのだ。
それがどうだ、黒潮を背に降り立った小麦色の若人は精悍な面立ちで、人の上に立つ才を滲ませているではないか。心を良くした民の歓迎に感謝をする景宗が屈託無く笑えば、村の若い女子から黄色い声が上がるといった具合だった。
大きな船に、若い船大将。想像と違いすぎたせいか、民は景宗を歓迎し、浜は一時大騒ぎとなったのだった。
騒ぎが収まった頃、民は気付いた。景宗の姿が忽然と消えていることに。
それに気付いたのは半刻も経った頃で、新しい屋敷に仕えることになっていた者達と、景宗と一緒にやってきた船乗りたちはそれからずっと探し回っていたのだった。
狸に別れを告げて集落に入った景宗は捜索隊に発見され、屋敷に向かう道すがら。新しい家臣の男は言った。
「御館様、今までどちらへ」
「あー、すまない。屋敷を探していたら道に迷ったんだ。そしたら狸が道案内してくれてな、ようやく帰ってこれた」
その会話を後ろで聞いている船乗りらは、頭は方向音痴だからなと軽く笑い飛ばしているが、真面目な家臣には聞こえておらず、景宗と話を続けていた。
「ほぉ、狸ですか」
「狸を知っているのか」
「いえ、私も着任したばかりですので」
「お前も俺と同じか。お前の名は」
「笠原 照重と申します」
「照重、そのお堅い話し方、もうちょっとどうにかなるといいな。今日からお前達は海賊みたいなもんだからな」
「は、はぁ……」
「海賊はいいぞ、風任せだからな。なんつーか自由気ままな女を相手にするような胸の高鳴りって言うのか? ま、そんなわくわくが毎日が待ってるってこと」
「お言葉ではありますが、御館様には船の造船を仕切っていただかなくてはなりません、完成まで海を風任せに進むわけには参りません」
「御館様ってぇのは慣れねぇな。……海に出る出ないは俺の自由。だが船は作る。殿様と約束したからな。とはいっても、人手が集まればだが」
小さな集落しかない長閑な漁村だ、造船に必要な男衆がすぐに集められるのか、景宗は漠然と無理そうな気もしていた。
話している間に新築の屋敷にたどり着いた。
「今日からここが御館様のお屋敷です」
照重に続いてぞろぞろと。全員が屋敷の門をくぐったところで景宗は捜索隊へ振り返った。
「心配かけてすまなかった。この通り、怪我も無く戻った。俺は梶原景宗。御館様はどうも性に合わねぇ、頭と呼んでくれ。今日から世話になる。よろしくな」