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たぬき、参上。5

景宗は狸の言葉などわからない。彼に限らずこの世で狸語がわかる人などいないだろう。でも景宗は何となく、狸がそう言ったような気がしてならなかった。

それに狸が「ら」と鳴くのも初めて見た。初めて尽くしでよく分からないが、そのわからなさ加減が景宗の心をこの上なく愉快にさせた。


どの道迷子なのだから、これ以上迷ったってどうってことはない。


気持ちを新たにして、不思議な狸の後をふらふらと追いかけていった。



慣れた足取りの狸は山を下り、山に自生する木々とは違う木が茂る森にはいった。ねじれた幹には、縦長に細かく浮き出た樹皮が鱗の様にまとわり付いている。真冬だというのに緑が茂り、針のような細長い葉の隙間から黄金色に輝く夕刻の陽が差し込んでいた。


狸が足止めたのは池のほとりだった。

石に囲われて一段高くなっている所を覗き込んで、それから景宗に首を向けた。


「何があるんだ? お宝か?」


景宗が覗くと、そこには湧水がふくふくと湧き出でていた。湧き口の砂は巻き上げられ、お椀をひっくり返した形に絶えず動いている。

その時、隣の狸は言った。


「ら」


狸と視線を合わせた景宗は思う。「飲めよ」と言っているのではないかと。


「ありがたく頂戴する」


手で掬って一口。その様子を狸はっじっと見上げている。


「美味いな、この水」


不思議と頭が冴えていく感覚があった。二口、三口と飲んで、それから水筒にも水を足し。かがめていた腰を戻すと、じっと辺りを見渡した。


「潮の香りが強くなった。波の音も。海はすぐそこ……だのに砂地に真水が湧くなんて。神の力、か……?」


西日と闇がせめぎ合う社に景宗の目は留まったまま、この一体を包み込む何らかの力を感じていた。

景色全体を目に焼き付けるように眺めていると。狸のくしゃみで現実に引き戻された。


「くしゅっ」


少しだけ景色を眺めていたと、思っていた。

けれどいつの間にか空は濃い藍色に染まって行くところで、頭上の空だけ陽の名残で白んでいた。


「今日はありがとうな、お前は命の恩狸だ。水も美味かった、お陰で酔いがさめた。これはほんの礼だ」


赤橙の襟巻きを狸の首に巻いてやった景宗は、力強い足取りでビャクシンの森を後にした。

「じゃーな!」

と、気障に手を振って。




集落へ向かって歩いていると、道端にさっきの狸が座っていて驚いた。


「おー奇遇だな、さっきの狸」


赤橙の襟巻きを巻いているから、間違いない。


「付いてきたくなっちまったか?」


腰に手を当ててにこやかに狸を見下ろしていたが、カクッと首をかしげた。


「けど、どうして俺より先に居るんだ?」


暗闇に落ちる寸前のぼんやりした中で、狸は右に首を向けた。あっちを見ろと言いたげに。


「ん?」


景宗は狸と同じほうへ首を向けて、目を丸くした。


「さっきの社じゃねぇか」


集落へ向かって歩いたはずなのに、どうしてここに?



元来方向音痴の景宗がそんな事を考えても仕方がない。と言うか最早考えなくていい事なのだが、考えずにはいられなかった。集落の灯りを目標にして歩いた、という自負があったからだ。


「お、俺はそこまで方向音痴じゃない。じゃあな、狸」


自分に言い聞かせるように、勇ましく歩き出した。

ずんずん歩いた。

ずんずんずんずん歩いた。


が、一定の距離を歩くと必ず狸の鳴き声が聞こえた。まるで何週目か教えてくれているように。

それでも景宗は脇目もふらず歩き続けた。きっと集落にたどり着けると信じて。


けれど、七回目に狸の声を聞いた景宗は、だるそうに足を止めた。


「おいおい狸、化かすのはナシだ」


冗談交じりに言い、恐る恐る目玉を動かせば。さっきの社に戻ってると知る。


「んだここ……世にも奇妙な七不思議ってか? 俺を攫っても面白くもかゆくもねぇぞ」


はっと笑い飛ばすも、胸中は屋敷に帰りたくて仕方ない。……そもそも屋敷の場所が分からないが。

すると狸が横を通り過ぎていく気配がして、前方から鳴き声が聞こえた。


「ら」

「送ってくれるのか」

「ら」

「感謝するっ、お前いいやつだな」

景宗は小走りで追いかけていった。



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