たぬき、参上。3
ビャクシンの森の中心には真水が湧いて池を作り、枯れる事を知らなかった。
池の水に口をつけていた狸の耳がピク、と動く。
海風に揺れる木々の音しかしないが、狸は顔をあげた。
音を聞いたからと言って、狸に辺りを警戒する様子はない。ただ探している、それだけのようだ。
また、丸い耳がまたピクリと動く。
今度は確実に音を捉えたらしい。耳はしっかりと山に向いていた。
三つ数えるほどの間を置いて、狸は華奢な足を軽やかに踏み出した。
日は暮れかかり、空が茜色に染まろうとしていた。
「すでに帰りてぇ」
力の入らない足取りの景宗は相変わらず愚痴をこぼして尾根伝いを歩く。
いつの間にか獣道は無くなり、藪をこいで進んでいる。
景宗の右手、藪の隙間から時折駿河の海が途切れ途切れに見渡せた。
「黒潮にのって、海を進みてぇもんだ……風を受けた帆が膨らんで、何処へでも運んでくれる。やっぱ海はい――」
道がないのだから道を気にして歩く必要はない。けれど、この先がどうなっているのかも確認しようとしない景宗は、海のよさをしみじみ噛み締めていた刹那。着物の裾に妙な違和感を覚えた。引っ張られているような重さを感じたのだ。
「ぁ?」