たぬき、参上。12
普請の手伝いともなれば飯や報酬が出る。それ故、管理台帳に名前を書く必要があるのだが。話すことが難しい狸……否、少年だ、名前が言えるのか少し気になった。
「俺は景宗。仲間には頭って呼ばれている。それでお前、名前は」
飛んだり跳ねたりして喜んでいる少年に問うと、少年はピタっと動きを止めた。
「……………………」
直立不動で口を噤み、目をぱちくり。
狸の名前は一体……?
緊張のその時を迎えようとしている期待感に、景宗の耳から波の音が遠ざかる。
ゴクリと唾を飲んで、少年と視線を絡めていると。
彼は突然口を開いた。
「ら。」
―だよな!
期待通りというか、期待はずれというか。「ら」しか言わない少年は無邪気に笑うだけだ。
「そっか。そっかそっか。なら、俺が名前を考えてやる……えと、何がいいか……」
ら、しか言えないから、それにちなんだ名前にしようと考えを巡らせる。
が。
朝日に輝く駿河湾のたおやかな波に視線を漂わせているうち、ぱっと閃いた。
「スルガだ。お前の名は駿河」
「ららら!」
駿河は喜びいっぱい、軽い身のこなしで前転飛びに側転、後転飛びをする。
―狸って身のこなしが軽いんだな……曲芸で一儲けもアリだな
駿河が蹴り上げた湿っぽい浜の砂が、逆光に輝いていた。




