たぬき、参上。11
―「ら」言ったー!
にかっと開いた少年の口元に、人より鋭い犬歯がちらりと見えた。それを見てしまった景宗は八割方、目の前の少年は狸説に傾かざるを得なかった。
残された二割の疑問はこれだ。何故、狸は人の姿になって、岬から出てきたのだろう。ということ。
千歩譲って狸の妖術が実在したとして。その術を駆使して郷に出てきた理由はなんだ?
俺を化かしにきた?
変化が嬉しくて見せに来た?
んー……目的はなんだ?
考えても、実のところ良くわからない。相手は野生の狸なのだから。
―分からない時は手っ取り早く聞くに限るか
景宗は少年に優しく問う。
「俺に用事か?」
すると少年は、
「らっ」
と言って造船のために浜に積まれていた木材を指して。
「らっ、らっ、ら、」
鋸で木を切る真似をするから、景宗はそれが製材をしている真似だとすぐに分かった。
「もしかして、造船の手伝いに来てくれたのか?」
「らっっっ」
人よりも濃い瞳をぎらぎらさせて、やる気満々といった様子で拳を握った。
―なるほどな
昨日、岬で狸と語らったとき景宗は言った。
『今日から戦で使う船を造船するって話だったが、早々に人が集まるわけ――』
だから狸は手伝おうと考えて、人に化けて岬から出てきたのだろう。
―余計なこといっちまったかな
猫の手も借りたい状況で現れたのは、岬の狸。
―猫の手は確かに必要な状況だ。だが狸にできるのか……? 狸だぞ? んゃ、猫のほうがお役に立たない気も……?
やる気が滾っている眼に見つめられていた景宗は、あれこれ考えるのを突然やめた。そして肩の力が抜いて、ふっと笑う。
「助かるぜ。普請の手伝い、よろしくな」
「ら」
朝陽を背にして無邪気に喜ぶ様子は、景宗の目に眩しかった。




