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たぬき、参上。
遠い昔。
大地が揺れ、海の中から小さな島が現れた。
海の恩恵を授かって暮らしていた民は、その島を『神が曳いてきた』と考えた。海の守り神、引手力命―ヒキテチカラノミコト―をお祀りしたのは必然の流れであった。
時は流れ、戦国の世。
神が曳いてきた島は砂州の形成と共に陸と繋がり、ビャクシンが茂る小さな岬となっていた。
いつの頃からか、岬には一匹のはぐれ狸が住み着いた。
この狸、見た目はごく普通なのだが。
少し変わった噂の持ち主だった。
長閑な漁村の民は言った。
狸が岬から海を眺めている日は大漁だ。
時化が収まる。
はたまた、
尻を向けている時は不漁だ。
海が荒れる前兆だ。
嘘か誠か、噂は噂を呼び、今では幸運をもたらす狸として見守られていた。