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キスツス  作者: 裏庭その子
8/9

No8

「梅之助~!やっとバイトに来たのか!」

オーナーの奥さんが久しぶりに俺を見て喜んでいる。

最近立て続けに行けなくなって、バイトを休みがちだったので、心配していた様だ。

玄ちゃんの家に引っ越した話をすると、驚かれた。

「あのお寺、由緒あるお寺に、ユーチューバーが住むなんて、良いの?」

どういう意味だよ…

「俺はユーチューバー人生を終わるかもしれない…編集してくれる人が居なくなってしまったの…どうしたら良いの?しくしく」

演技がかった態度を取って、奥さんの笑いを取る。

「いらっしゃいませ。」

久しぶりにお客さんに声を掛けて、少しづつ感覚が戻ってくる。

店内に夕陽が差して、窓のステンドグラスから、様々な色がキラキラと床に色を散らかしていく。この光景も見慣れたものだが、久しぶりに見ると、それはやっぱり美しかった。


「お疲れ様です~」

夜の8:00までバイトをすると、帰るころには辺りは暗くなっていた。

あの人が朝言ったように、空は晴れていて、月が遠くから俺を見下ろした。

「だんだん欠けて行く…」

この前はまん丸だった月が、今ではまるで溶けた様に形を崩した。

境内に入ると、死神が俺と同じように空を見上げていた。

俺は気付かれない様にそっと近づくと、後ろから声を掛けた。

「わっ!!」

「知っていた…」

そうなんだ…がっかりだよ。

そのまま後ろから抱きついて、抱きしめる。

「本当に言った通りだった。お月様、見えてるね。」

俺がそう言うと、彼は俺を捕まえようと体を捩った。

俺は捕まらない様に彼の腰に掴まりながら逃げた。

「もう、鈍くさいな~。もっとシュッてやらないと…」

俺が呆れて立ち止まると、俺の腰を掴んで自分に引き寄せた。

「梅ちゃん…捕まえた」

俺は彼の胸元に顔を埋めると、うん。と言って彼の腰を強く抱きしめた。

俺はこの黒い服の下を知っている…

彼の全てを知っている…

彼に抱きしめられたまま上を見上げると、彼と月が同時に見ることが出来た。

「わぁ、ここは良い眺めだ…!」

そう言って俺が笑うと、俺の方を見てにっこりと微笑む。

そのまま彼の顔が俺の方に落ちてきて、俺の唇に彼の柔らかい唇が触れる。

そのまま口を少しだけ開くと、彼の口が開いて、俺の中に彼の舌が入ってくる。

顎が上がって、彼の熱いキスを受けながら、彼の首に腕を回して抱きつく。

口を外して、おでこを付けたまま見つめ合う…

俺を見て、綺麗な黄色い目をした彼がニコッと笑う。

その笑顔が、堪らなくて…胸が熱くなって、止まらなくなる…

もっとあなたに触れていたいよ…もっと、もっと

目がうっとりとしてきて、ボーっとのぼせて目が潤む。

彼の体に沿わせた手が、いやらしく彼の体をなぞり始める…

「梅ちゃん?帰ったの?」

玄ちゃんの声がして、我に返って慌てて彼から離れる。

驚いた顔をしたのは俺だけの様で、死神はいつもの顔で俺を見ている。

「バイバイ」

顔を赤くして、短くそう言うと俺は踵を返して足早に立ち去る。

「玄ちゃ~ん!」

そう言って走って玄ちゃんの所に向かう。

やばかった…あのまま一緒に居たら、また発情してしまいそうだった…

こんな所で、あんな風になったら…あんなに乱れたら…最悪だ。

「何してたんだよ。寄り道するなよ。心配するだろ?」

俺は玄ちゃんにヘコヘコと謝りながら、玄関を閉める。

彼がこちらを見ていて。また胸が熱くなる…

ダメだ…深呼吸だ。深呼吸…。

俺が吸って吐いてしていると、玄ちゃんのお父さんが声を掛けてきた。

「梅之助、こっちにおいで」

言われるままに付いて行き、玄ちゃんの居るリビングにやって来た。

「じゃーん」

そう言って玄ちゃんのお父さんが出したのは、白い紐の付いた木札だった。

「どこかに吊るすの?」

訝しげにそれを受け取って、眺めながら聞くと、玄ちゃんが俺の首にかけた。

「こうしておいて。引っ張られない様に。いつも身に着けて、風呂の時も。」

首から下がった木札を手に取って眺める。

玄ちゃんはそんな俺を見ている。

玄ちゃんのお父さんはそんな俺達を見て言った。

「親の目の前で、事を始めるのは止めて欲しい…」

俺と玄ちゃんは平身低頭に謝って、俺は逃げる様に部屋に戻った。

「梅ちゃん、風呂入っちゃってね。」

玄ちゃんに声を掛けられて、頷いて応える。

時刻は夜の9:30

いつもなら8:30には家に着く距離なのに…随分、死神と過ごしていた様だ…

俺は風呂の支度をして浴室に向かった。

服を脱いで、裸の自分を見る。

今朝は玄ちゃんとして、午後はあの人とした…

すごいビッチだな…

神様だから…ノーカンかな…

抑えられなかった。

まさか自分があんなに乱れて死神を求めるとは思わなかった…

ある意味ショックだ。

シャワーを浴びながら、濡れて色を変える木札を触る。

死神と一緒になりたい気持ちと、玄ちゃんと一緒に居たい気持ちが、同じくらいある場合。何を決め手に心を決めればいいの…。

死んでしまいたいのに、まだ生きていたい…

体を洗って湯船につかる。

「ん、あったかい…」

ホカホカしてあったまる。

引っ張られると玄ちゃんのお父さんは行っているけど、どちらかと言うと、死神は俺を死なせたくないようだ。

あんなに泣いて俺が死ぬことを怖がるなんて…。

「素敵だったな…」

彼の体を、手つきを、舌の感触を思い出して、ポツリと呟いた。

もっと、俺に触ってほしい…

ぼんやりしながら自分の体を手で撫でる。

こんな感じじゃなかった…もっと、全身が痺れるような…気持ちよさ。

また、やりたいな…

そう思いながら俺は風呂を出た。


パジャマに着替えて玄ちゃんの部屋に向かう。

「玄ちゃん?入って良い?」

そう言いながら入ると、玄ちゃんは写経をしていた。

俺はそれを見ながら彼のベッドに上ると、玄ちゃんの一番かっこいい角度を探して、寝転がった。

「今日の事、後悔してる?」

玄ちゃんが俺に声を掛けてくる。

いつも思うんだ。玄ちゃんは写経中に集中力が低下しすぎだ。

「そんな訳ないじゃん…玄ちゃんは?」

俺は彼の顔を見ながら返事を待った。

「そんな訳ないじゃん…」

玄ちゃんは俺の真似をしてにっこり笑うと、俺の隣に座ってキスしてくれた。

あぁ…玄ちゃん…

玄ちゃんに吉尾の事は言わない…吉尾の事を言ったら、死神の事を言わなくてはいけないから…玄ちゃんを失望させたくなかった…

欲に負けてしまった自分を知られたくなかった…

俺は玄ちゃんの腰に抱きついて、百合子ちゃんと益田の話をした。

玄ちゃんは驚いていたけど、唐揚げを美味しそうに食べている益田を見る、百合子ちゃんの目は恋している目だったと言っていた。

「そんなところ見てるんだ。玄ちゃんは意外と、そう言うの見てるんだ!」

大笑いしながら玄ちゃんの足をペシペシ叩くと、玄ちゃんが笑いながら言った。

「俺は意外と見ているよ。お前の事だって見ている。」

その言葉と、視線に胸がキュンとして、俺は玄ちゃんに近付いて聞いた。

「ほんと?俺の事、意外と見てるの?」

オレの頬に手を置いて、優しく撫でながら玄ちゃんが言う。

「見てるよ…意外と見てる。」

また俺の真似をして笑うから、俺はクスクス笑って彼に言った。

「玄ちゃんは真似っこばかりするね。じゃあ、これは?」

俺はそう言って、とっておきの変顔をした。

玄ちゃんは後ろに倒れるくらい爆笑して、俺の背中をバンバン叩いた。

「玄ちゃん、早く真似してよ!」

俺は玄ちゃんの方に体を向けて言った。

「梅ちゃん、おいでよ…」

玄ちゃんの声が甘くなる。

俺はそっと彼に近付いて、上からキスする。

なんて気持ちいの…玄ちゃんは俺の大好きな人だから…

そのまま…またしてしまった。


「梅ちゃん…このベッド狭い?」

「狭くない。」

半分重なりながらシングルベッドに2人で寝る。

ギュウギュウだけど…それが良いんだ…

木札はもう乾いたみたいだ…

玄ちゃんの胸に顔を乗せて彼の息を感じて笑う。

「玄ちゃん…?さっきはどうだった?…俺の目…」

俺が言いかけた事を察した様に、玄ちゃんは俺の顔を驚いた顔で見る。

「気付いていたの?」

「うん…玄ちゃんの目に映っていたから…分かっちゃったの…」

俺の目が、興奮すると死神の様に黄色い美しい目に変わる事…玄ちゃんは俺に言うつもりが無かったようだ…。きっと、優しさからだと思う…だから、この木札をくれたんだ…。俺がまるで変身していくみたいに、変わって行くから…

「玄ちゃん、コレ大事にするね…」

彼の優しさの木札を手に取って両手で包む。

玄ちゃんのそばで、彼を感じて目を瞑る。

「ここで寝ても良い?」

俺がそう聞くと、玄ちゃんは、良いよ。と言って俺の髪にキスした。

幸せなはずなのに、心から楽しめないのは俺のせいだ…

自分の心とは別の衝動に体を支配される。

それに抗うことをしない俺は聞き分けが良いのか、それを望んでいるのか…

自分でもよくわからなかった…


次の日の朝、いつも通りに玄ちゃんは起きて、俺を起こしてくれる。

「梅ちゃん…おはよう。ん、可愛い…」

すっかり新婚夫婦になった俺たちは朝からベタベタといちゃついた。

「玄ちゃん、玄ちゃん、もう一回チュッてしてよ~」

甘ったるい声でおねだりすると、玄ちゃんは優しくキスをくれる…

夢でも見ている気分で、いつか冷めてしまうんじゃないかと怖くなる。

前の俺なら、こんな風になった未来…鼻血を出して喜ぶはずなのに…

いまいち、他人事の様に、実感が湧いてこないんだ…

自分の部屋に戻って、着替えを済ますと、俺は台所に向かった。

お鍋に水を入れて、火にかける。昆布と煮干しを入れて、出汁を取る。

「今日は何の具にしようかな…」

冷蔵庫の中身を眺めて待つ…もうすぐ、あの人が来そうな気がする…

体がじんわり熱くなって、死神が来たことが分かった…

会いたい…

俺はコンロの火を止めて、玄関をでると、靴も履かずに彼の元に走った。

「梅ちゃん!」

裸足で外に飛び出す俺に気付いて、境内を掃除していた玄ちゃんが大きく声を掛けるけど、俺は居てもたってもいられなくて、彼を一瞥すると死神の所に走って向かった。


「梅之助…」

呼ばれた気がして振り返ると、大きな御神木の下に死神が居た。

俺は笑顔になって、彼に走り寄ると、彼の体に抱きついて、すぐに泣いた。

「いやだ、もう離れないでよ。いやだ…一緒に居て…俺の傍にずっといてよ…」

死神の体に顔を擦り付けて、ごねる様に甘える。

「梅ちゃん…俺と一緒じゃ嫌なの?」

後ろから、玄ちゃんの声が聞こえる。

「玄太…梅之助は、抗えないんだ…許してくれ…すまない。私のせいだ…」

死神が玄ちゃんの名前を呼んだ。

そのことに激しく嫉妬して、玄ちゃんを睨むと俺は出したこともない声で唸った。

「いやだ!あいつの名前なんて呼ぶな。俺だけ愛してよ。俺だけ…」

死神の首に腕を伸ばしてしがみ付くと、彼の背中を寄せて屈ませ、キスする。

誰にも渡したくない。

誰も見せたくない。

自分にだけ、自分にだけ視線をくれて、愛をくれればいいんだ…

「梅ちゃん…どうしちゃったんだよ…」

玄ちゃんの戸惑う声が聞こえる。

分かってる…分かってるけど

自分じゃないみたいに、死神に激しく惹かれて彼を独占したくなる。

「梅之助、ごめんね…」

死神はそう言うと、しがみ付く俺の額に手のひらをあてて、沈める様に下に押してきた。

「あ…あぁ…」

頭の中が一気に真っ白になって、興奮して抑えられなかった気分が静まってくる。

俺の腰を片手で抱いて、もう片方の手で俺の頭を沈める様に押さえる。

気が遠くなって、体を仰け反らせて、俺はそのまま気絶した。


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