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キスツス  作者: 裏庭その子
5/9

No5

俺は身の危険が迫っている様なので、玄ちゃんの家に引っ越してきた。

俺が寝ているときに蠢いていた物は、それら脅威のうちの一つだったのか…

これから俺は玄ちゃんの家の子になる。

「梅之助、お香とお花を手向けなさい。」

玄ちゃんのお父さんから束になったお線香と、お花を一対受け取った。

俺は、俺のせいで亡くなった人の墓にこれらを手向ける。

1人で境内を歩く。

水を汲んで、じょうろに入れる。

それを持って、俺のせいで亡くなってしまった人の墓前に向かう。

死神が立っている。あの場所に向かう…

彼の隣に立って、お花とお香を渡す。

じょうろで花立にお水を入れる。

振り返って、お花を受け取って花立に入れる。

ろうそくを立てて、火をつける。

お線香を受け取って、ろうそくの火を線香につける。

死神の方を見ると、俺を見ているから、お線香を等分して渡した。

俺が線香を手向けると、彼も線香を手向けた…

「この人は…あの病院に捕らわれていないよね…」

「いないよ…」

安心した…

俺は静かに合掌して目を瞑った。

こんな事をしてしまってごめんなさい…全部私のせいなんです…あなたは何も悪くないのに…本当にごめんなさい。あなたにも、あなたの家族にも…将来あなたと出会うはずだった人にも、あなたの育てるはずだった子供たちにも…あなたの未来を奪ってしまって…本当にごめんなさい…

涙が落ちて手を濡らす。

「…ごめんなさい…怖かったんだ…とても、怖かった…」

隣の死神にもたれて泣く。

「梅ちゃん…ごめんね」

「ううん…俺がいけないんだ。」

死神は俺の肩を抱いて、一緒に泣いてくれた。



「俺、玄ちゃんの家の子になるんだ…」

境内を歩きながら死神に話す。

彼はいつもの様に俺の話を聞いている。

「ねぇ、俺を助けてあなたは間違いを犯した。誰かに怒られたりするの?」

立ち止まって向かい合って、顔を見ながら聞いた。

「いや、私しかいないから…」

そうなんだ…

「ねぇ、俺の…俺の魂、どんなになっていた?あの…白い奴みたいに…」

「梅ちゃんの魂はどんな風になっても美しいよ。」

究極だな…

俺は自分の手のひらを彼に差し出して言った。

「見せて?」

俺の手のひらに彼が手をかざすと、ぼんやりと黒く模様が浮き上がってくる。

お花みたいな模様が綺麗だ…

俺はその模様を見ながら、彼の胸におでこを付けた。

彼は俺の体を抱きしめて、包み込んでくれた。

いつからか、穴を掘っていると必ず声を掛けられるようになった。

「君は何て名前なの?」

「梅之助…みんな梅ちゃんって呼ぶ。」

それが初めての会話だ…

その後も梅ちゃん、梅ちゃんと、彼は俺を呼んでは遊んでくれた。

どんなに酷い事をしても、どんなに悪戯しても、怒ったり、突き放したり、居なくなったりしなかった。だから、俺は彼に言ったんだ。

「おじちゃん、僕のお父さん?」

戸惑った彼は顔を硬直させて首を横に振った…

「じゃあ…お母さん?」

口元を緩ませて彼が言った言葉はこれだ…

「どちらでも無い…お前の拠り所になりたい。」

俺は意味を理解できなかったけど、自分の何かになりたいと言ってくれた事が嬉しくて、笑顔で頷いて言ったんだ。

「なってよ。僕のヨリドコロに。」

何故…彼が俺の拠り所になりたいなんて思ったのか…それは分からない…

契約をした後も、彼は俺の拠り所であり続けてくれた。


「覚えてますか?」

俺はそう言って死神を見上げた。

「あなたは俺の…ヨリドコロだ」

俺がそう言うと、とても嬉しそうな顔をして抱きしめてくる。

人間の様な…いや、優しい人間の様な死神だ。

俺は彼の背中を抱きしめて、肉感を感じる。

どうしてかなんて…理由は要らないよ。

この人は俺を絶対に裏切らないって…知ってる。

何よりも確実で…安全なんだ。

それがあの経験で絶対的な物になった。

彼はずっと俺を待ち続けて、あんな所まで来てくれた…

魂になった俺を、救ってくれた…

俺はもうこの人を無視できないよ…大切な人だ…

拠り所なんだ…


「じゃあ、バイバイ」

俺はそう言って手を振ると、玄ちゃんの家に戻って行く。

俺の部屋も貰った。

変な黒い奴の居ない、神聖な部屋だ。

玄ちゃんのお父さんが夕方の御勤めをしている。

俺は自分の部屋じゃなくて、玄ちゃんの部屋に入ってベッドに寝転がった。

「梅ちゃん、晩御飯の支度手伝って…って、なんで俺の部屋に居るの?」

だって、良い匂いなんだもん…

俺は渋々体を起こして、玄ちゃんの為に夜ご飯の支度を手伝った。

「今日は何作るの?」

俺が聞くと、玄ちゃんが野菜炒めって言った。

冷蔵庫を確認すると、もう少しまともな物が作れそうだと気付いた。

「ねぇ、玄ちゃん。茄子と豚肉のみそ炒めとか作ってあげようか?」

俺が聞くと、玄ちゃんは目を輝かせて頷いた。

お母さんが早くに亡くなった玄ちゃんの家は男2人の、所謂、男飯家庭だ。

ご飯も料理…というより、餌みたいな感覚で済ませる。

バイトで培った料理の知識と、もともと美味しいものが好きな俺は、料理は得意な分野だった。良かった。この家で俺のやることが見つかったぞ。

奥さんだ!!

「梅ちゃん、良い匂いがするね?」

玄ちゃん…美味しいのは料理だけじゃないぜ。ふふん。

「お味噌汁に何入れる?」

俺が聞くと、玄ちゃんは油揚げ…と言った。

油揚げと玉ねぎ、サツマイモを入れた甘~い味噌汁を作った。

あとは、ニンジンのサラダでも作ろうかな~。

次々と出来上がる料理に玄ちゃんはウキウキしている。

「玄ちゃ~ん。俺が作ったんだよ?凄いだろ?ねぇ、結婚しようか?」

煽っていこう。胃袋を掴んで、ガッチリ離さない作戦だ。

「ん~、良い匂いがする」

玄ちゃんのお父さんがそう言いながら、新婚夫婦の家に乱入した。

「全部俺が作ったよ。凄いでしょ?」

「梅ちゃん心霊物じゃなくて、これでYouTubeすれば良いのに…」

玄ちゃんの一言に、確かに…と頷くお父さん。

馬鹿だな…これでは数字は伸びないよ。

「いただきます!」

俺は嬉しそうに箸を伸ばす玄ちゃんを見てる。

茄子を取って、口に入れて、ん~!と俺の方を見て笑う。

「美味しい?」

俺が聞くと、うん!と深く頷くんだ…

可愛くて、かっこよくて、玄ちゃんは最高だ。

結婚してよかった。

「梅之助、お料理上手だな。玄太の嫁だな。」

お父さん…はい、そうなんです。

赤ちゃんは産めないけど、死神と友達です。

一通り彼らを楽しんで、俺も一緒に食べ始める。

「ん、良い味になってる。良かった。」

甘いお味噌汁が疲れた体に良いんだ。

2人とも、残さず食べてくれた。

「ご馳走様~!梅ちゃん、明日は、唐揚げ作って~!」

なんだ?どうした?甘えん坊だぞ?料理ってすごいな…

あっという間に俺は玄ちゃんの胃袋を掴んだ。チョロチョロのチョロだ!


ブカブカだった玄ちゃんのパンツともおさらばだ。

俺は風呂に入って、自分の部屋から持ってきた自分のパンツを履いた。

「あ~、やっぱり自分のが一番落ち着く…」

俺はパジャマに着替えて玄ちゃんの部屋に遊びに行く。

こんなことが出来るのも一緒に住んでるおかげだ!!

「玄ちゃ~ん」

そう言って部屋に入ると、玄ちゃんは真面目に写経をしていた。

暗い部屋の中、手元だけ照らして正座している。

俺はベッドに横になって、そんな玄ちゃんを黙って眺めていた。

かっこいいな、特にこの角度が良い…

「梅ちゃんさ、明日大学に行ったら、益田君と百合子ちゃんになんて説明するの?」

写経に集中したまえ!全く!

「ん~、そうだな、疲れがたまって倒れてしまいました。は、どうですか?」

騙すのは得意じゃない。でも、あんな話、言った所で誰が信じるだろうか…

「成瀬さんの家の動画は使うの?」

玄ちゃんは中々鋭い男だ。実際俺はその動画と抱き合わせで、拝み屋特集をして出そうと考えていた所だからな…

「拝み屋はアングラな世界だから、その類のものは出さない方が良い。縁が出来ても困るだろ?」

玄ちゃんって…かっこいいな。

特にこの角度が堪らない…

「じゃあ、成瀬君の所のはボツにするよ…。お前の言う事、ちゃんと聞くよ?」

俺は聞き分け良くそう言って、百合子ちゃん達への言い訳を考えた。

「今後のYouTubeの心霊スポット特集も考えていかないといけないな…あんまり危ない所は怖い。もう、行きたくないもん…でも、今更どうやって路線を変えていけばいいのか…」

「お盆の過ごし方を紹介すれば?」

「ニッチだよ…そしてつまらない。」

お盆の過ごし方だって…マジかっ?ウケる!!

俺的には玄ちゃんが出るならアリ寄りのアリだ!

しかし、世間の風は冷たいのだよ…若者よ…

「良いの。俺が何か考えるよ…。もう怖いのは嫌だ…」

俺はそう言って自分の手のひらを眺めた。

あの人がやらないと浮き出てこない手のひらの模様を指でなぞる。

反対の手のひらには玄ちゃんのお父さんの模様が付いているはず。

2つを合わせてみたり、離してみたりして遊んでいると、玄ちゃんが言った。

「もう、集中できないよ…」

そう言うと、俺の方に近付いてきて、隣に寝転がるではないか…!!

そなた!なにをご所望か!!

「梅ちゃん…?」

「はい!?」

声が裏返った…だめだ、もっとセクシーにしないと…セクシーに…

「なぁに?げんちゃぁん?」

最悪だ…

どこから出してるか分からない声を出してしまった…

「梅ちゃんって…良い匂いするね?」

匂いですか?おかしいな…ボカァ、さっき君ん家のシャンプー使ったんですけどね?

はぁはぁ、ドキドキ…

「玄ちゃんも…良い匂いするよ?」

これが精いっぱいです…これが俺の今の精いっぱいです…

「梅ちゃん?何か変な事考えてない?」

俺はガバッと起き上がると、顔を赤くして玄ちゃんを見た。

俺の顔が赤いのを見て、玄ちゃんの顔も赤くなっていく…

「ん…俺、寝てくる!」

俺はそう言ってベッドから転がり落ちると、玄ちゃんの部屋を後にした。

はぁはぁ…ヤバイ…すごく意識してしまう!!

心臓が持たないよ…

自分の部屋に戻ってお布団を敷く。

そして横になって、さっきの玄ちゃんの声を思い出しては悶絶する。

良い匂いがしたのか…俺から…香っちゃったんだ…フフフ

人には見せられないフニャケタ顔をしながら、俺は隣の部屋に居る、大好きなあの人を思って眠りに付いた。

玄ちゃん…大好きだよ



「梅ちゃん、朝だよ。起きて…」

玄ちゃんに起こされて体を起こす。

「何で服脱いでるの?」

朝、早すぎて、目が開きません…

「暑かった…昨日寝てる時、暑くて脱いだ…」

俺はそう言って、布団から這い出ると、畳の上で突っ伏して寝た。

「梅ちゃん、朝ごはん作ってよ。そうだな、いつも御勤めを終えてから食べるから、8時過ぎに出来上がっていれば良いよ。お願いできる?」

玄ちゃん…玄ちゃんの為なら、頑張るよ…

俺は起き上がって、時計を見た。

「まだ5時じゃん!何でこんな早くに起こすの?」

俺は玄ちゃんに抗議して布団に再び潜りこんだ。

「梅ちゃん、二度寝したら起きれなくなるから…ほら、起きてよ!」

「やだ!やだ!まだ起きない!」

俺の布団を引っぺがそうとする玄ちゃんを足で蹴飛ばして、俺は布団の中に隠れた。

「梅ちゃん…チュウしてあげるよ?」

マジか…

俺は布団から出て姿勢を正して正座した。

この状態になって、気付いた。

俺は暑いからと言って、パジャマを全て脱いで寝ていた様だ。

つまり、今クマちゃんパンツしか履いていないんだ。

玄ちゃんとのファーストキスがこんな格好なんて…残念過ぎる。

俺は目を瞑って彼からのコンタクトを待った。

まだかな…ドキドキ

ん~まだかな?ドキドキ

もしかして、目を開けたら誰も居なかったりして…そしたら悲しいな…

薄目を開けて様子を見てみる。

玄ちゃんはまだ目の前にいた。

でも、俺の事を見るだけで何もしてこない。

「なんだよ!チュウするって言ったじゃん!嘘つき!」

俺が言うと、玄ちゃんは顔を赤くするから、俺まで顔を赤くしてしまう。

「冗談を本気にするから、困っていたんだ。」

そんな風に言って膝の上で俺のパジャマを畳むから、言ってやった。

「…冗談じゃないでしょ?」

俺は頑張って玄ちゃんの方に体を伸ばして四つん這いになる。

そして、彼がたじろいでいる間に、唇にチュッとして彼を見上げた。

感触としては…柔らかくて、しっとりしていて、ドキッとした…

こんな近くで…いや、彼の事はこんな近くでいつも見てるけど…なんだかすごくドキドキしてくる。

彼の目がまだ驚いた状態で固まっている。停止状態だ。

彼の鼻息がかかって俺の耳元の髪が揺れる。

「梅ちゃん…!」

玄ちゃんがそう言って俺を押し倒した。

何かが始まるのか…?!

俺は上に覆いかぶさる玄ちゃんの目を見てドキドキしている。こんなに長い間一緒に居たのに、俺はこんな目をする彼を初めて見たかもしれない…こんな風にトキメクなんて、やっぱり俺は玄ちゃんが好きなんだ…。

手を伸ばして、彼の頬に触れて、体を起こして、またキスした。

「玄太~梅之助起きたか~?」

玄ちゃんのお父さんの声がして、玄ちゃんがハッと我に返る。

いつもの目に戻った玄ちゃんは俺に謝ってそそくさと部屋を出て行った。

「謝らなくても…良いのに…」

俺は初めて玄ちゃんとキスをした。

彼の目がいつもと違くて…思い出すだけでドキドキする…

めちゃくちゃかっこよかった…

そう、めちゃくちゃかっこよかったんだ…

俺は綺麗に畳まれたパジャマをしまって、黒パンを履いて、Tシャツをかぶった。

「旦那さんと、その親の為に、朝ごはん作ろ~。」

俺は張り切って布団を畳むと、窓を開けて喚起した。

台所へ行くと、玄ちゃんのお父さんが居て、俺の登場に沸いている。

「梅ちゃん。朝は何作るの?」

「あんまり重くないやつかな~。胃がもたれちゃうから。」

玄ちゃんのお父さんが卵を手に取ってスタンバイしているので、俺は頷いて受け取った。卵が食べたいんだな…。

味噌汁を作って、ボールに卵を3つ割る。

お湯を沸かしてほうれん草を茹でる。

フライパンを温めつつ、ほうれん草を水でしめる。

軽く絞ってキッチンペーパーに置いて、卵を溶く。

フライパンがあったまったら、卵を入れて菜箸でちょっとだけ混ぜる。

玄ちゃんは子供の舌なので、チーズを少し入れて塩コショウを掛ける。

そのままじっくり火を通して、フライパンを返して裏面も妬く。

「梅ちゃん…!!今の技は!?」

玄ちゃんのお父さんがいちいち驚く。

何てことない、返しだ…。

料理の出来ない人から羨望のまなざしを受けて、俺は適当な料理を作る。

ゴマを下ろしてほうれん草と和える。

ごま油と中華ダシを少し入れてナムル風にする。

「ご飯出来たよ。」

俺はダイニングテーブルにトントンと料理を置いていく。

ほうれん草のナムル風お浸しと、味噌汁。あとは大きな卵焼きと、冷蔵庫に入っていたウインナーを数本焼いた。子供舌の奴が食べるだろう。

「梅ちゃん…凄い…朝ご飯だねぇ。」

玄ちゃんのお父さんがウルウルした瞳で朝ご飯を見つめている…

一体今まで何を食べて来たのか、玄ちゃんの事が心配になるよ…

玄ちゃんのお父さんは、お米をよそって箸を構えている。

遅れて玄ちゃんがやってきて、奥さんの作った朝ご飯に驚愕する。

「わぁ…梅ちゃん、本当に上手だね、とっても美味しそうだよ。」

玄ちゃんの胃袋は俺の物だな。

「いただきます。」

50歳~55歳くらいの玄ちゃんのお父さんは、我先にウインナーを取って食べている。卵じゃねえのかよ…とちょっと思ったけど、言わなかった…

「梅ちゃん、卵焼きチーズの味がして美味しいよ。」

うん。入れたもん~。

「玄ちゃん、美味しい?」

「うん!」

あぁ、幸せだ…

こんな可愛い玄ちゃんの顔を見て過ごせるなんて…なんて幸せなんだ…

結婚してよかった…

「梅ちゃん、明日は魚を焼いてくれ。」

「ハイハイ、鮭が良い?サバが良い?」

俺が聞くと、梅ちゃんのお父さんはサバ!と言った。

子供みたいだな…

いつも1人で食べていたから、なんだか楽しいよ。


ごちそうさまをして食器を洗う。

「梅ちゃん、とっても美味しかったよ~」

褒めてもらえて俺もうれしいよ。ウインウインの関係ってやつだな。

「玄ちゃん、美味しかったら、梅ちゃんにチュウして?」

冗談で言ったんだ。ほんの冗談で。

玄ちゃんは俺の後ろに立って、顔を寄せてチュッとして、逃げる様に居なくなった。

一瞬、何が起きたか分からなくて…止まった。

その後、顔から火が出るくらい熱くなって真っ赤になった…

玄ちゃん…とうとう…

嬉しいのか何なのか…シクシク涙が出てきて困る。


片づけをして、大学へ行く準備をする。

時間になって、家を出ると玄ちゃんが境内を掃除している。

「玄ちゃん、大学に行ってきます。」

俺は玄ちゃんにそう言って、いってらっしゃい。をもらう。

そのまま境内の道を進んで、あの人を探す。

さすがに朝早いから居ないのかな…

「梅ちゃん…おはよう」

声を掛けられて振り返る。

「おはよう、これから大学に行ってくるよ。」

俺がそう言うと、彼は嬉しそうに微笑んで手を繋いでくれた。

「一緒に行きましょうか?」

おどけたような表情で、そんな事を言ってくるから、俺も同じよなノリで返した。

「じゃあ、途中まで…」

俺はそう言って微笑むと、手をブンブン振って歩いた。

「あはは」

笑うんだ…意外だった。

でも、昔は、もっと笑っていた気がした。

境内の出口までお見送りしてもらって、手を振って別れた。



大学に着くと、吉尾が俺に声を掛けてきた。

「梅ちゃん、倒れたんだって?みんな心配してたぞ、大丈夫か?」

フワフワの頭がいつもよりフワフワで空気の乾燥を教えてくれた。

「大丈夫だよ。疲労だって。それより、あの動画見た?」

「まだだよ。今日一緒に観る?」

俺は吉尾の問いに頷くと、あの2人の事を聞いた。

「益田は、お休みで…、百合子ちゃんはどうかな?」

益田、来てないんだ…珍しいな。

俺は吉尾と別れて百合子ちゃんを探した。

「梅ちゃん!」

突然後ろから名前を呼ばれて、驚きながら振り返ると、百合子ちゃんが居た。

しかし百合子ちゃんはいつもと様子が違った…つやつやだった髪の毛は寝起きの様なラフな感じになっていて、化粧も施されていない顔は、もしかすると俺の方が可愛いかもしれないと思う代物だった。

「百合子ちゃん、それ公に出して良いものなの?」

俺が冗談ぽく言うと、彼女は血相を変えて俺に掴みかかってきた。

「助けて…梅ちゃん、助けてよ…」

よく見ると目の下にクマを作って、血色も悪く、やつれた感じにさえ見える。

俺は彼女の手をほどいて落ち着かせるように背中を撫でると、顔を覗き込んで聞いた。

「なにがあったの?」

俺は講義をサボって百合子ちゃんと学食へ向かった。

終始落ち着きのない彼女の様子は、少し常軌を逸してる人にも見える。

物音に反応し、人影におびえる様から、何かに怯えている事は分かった。

彼女を椅子に座らせて、缶コーヒーを目の前に置く。彼女の方を向いて隣に座ると、背中を撫でながら、また聞いた。

「百合子ちゃん、なにがあったの?」

彼女は堰を切ったように涙を落として話始めた。

まばらにしか人の居ない学食で、時折、声を荒げたり、泣き崩れたりする彼女を支えながら、話を聞いていく…よっぽど眠れていないのか…話を終わるころには彼女はウトウトし始めて、俺の肩に倒れる様に眠り始めた。

俺はしばらく考えた後、吉尾に電話した。

「吉尾、カメラを持って益田の家に行くから、一緒に来てよ。」

電話の向こうの彼はごねていたけど、事の次第を教えると了解してくれた。

さて…どうしたものか…

俺の肩で眠る百合子ちゃんを見る。

恐怖が人をどれほど傷つけるか、俺は知ってる…

それは目には見えないけど、確実にその人を蝕んでいくんだ…

「かわいそうだ…」

そう呟いて、百合子ちゃんの頭を撫でた。


彼女は、あの日、成瀬君の自宅で俺が倒れてから起きた出来事を教えてくれた。

成瀬君と玄ちゃんが、俺を連れてタクシーに乗るのを見送った。

電話で、急遽撮影が終わったことを伝えて、成瀬君の家族が戻るまで、怯えながら機材を片付けていた。

たまに響く2階からの足音が階段を下りてきて、自分の横を通る…そんな恐怖に耐えながら、彼女と益田は成瀬君の家族の帰りを待っていた。

玄関が開いて、妹ちゃんが帰ってきた。

百合子ちゃんを見るなり、キャハハ!と言いながら、引っ叩いて来たそうだ。

理由は本人にも分からないらしいが、その時、すごい形相で言われたんだ。

「お前を呪ってやる!」

百合子ちゃんは怖くなって、益田と一緒に成瀬君の家を出た。

自宅に戻って、いつもの様に風呂に入って、寝ようとした時、異変に気が付いた。

玄関に、誰か立っている。

2LDKの百合子ちゃんの部屋。

玄関と、ダイニング、寝室が直線的に繋がっている構造の部屋。

ベッドに入って電気を消すと、玄関に黒い人影が立っていた。

体を起こしてベッドの上に座り、慌てて電気をつけると、そこには誰も居ない…

あんな事があった後なので、気が立っているのだと言い聞かせて、再び電気を消した…。

すると、先ほど玄関に居た人影が、今度はダイニングに立っているではないか。

こっちに近づいて来ている…

彼女は直感的にそう思って、再び電気を付けようとした。

何度ボタンを押しても、電気が反応しなくなり、慌てた彼女が電気のリモコンを間違って手から落とすと、コトン、と落ちた音に反応するみたいに、影がユラユラと揺れ始めた。

息をひそめて静かにしていると、影はユラユラと揺れながら、彼女の居る寝室に入ってきた。彼女はベッドの上で目をつむって、それが通り過ぎるのを待っていた…

ふと手元に動く何かを感じて、視線を下ろしてみると、布団の中から赤ちゃんよりも小さな手が、沢山伸びて来て、まるで何かを探すようにベッドの上を掻いていた。恐怖で驚いて、小さくキャッ!と言ったその後に、ベッドの隣を通り過ぎている黒い影が、ヌッと体を直角に曲げて、百合子ちゃんの顔を覗き込んできた。その目が、成瀬君の家に居た、扉の上に付いていた奴にそっくりで、連れて来てしまった…と思ったらしい。

カーテン越しにベランダにも誰かが立っているのが見えて、彼女は恐怖から一度、失神した。

気が付いて体を起こすと、黒い影は無くなっていたが、真っ暗の部屋の中、床をはいずる塊に気が付いた。まるで肉の塊のようなそれは、ズッズッと引きずる音を立てながら、蠢いて、腐った肉の匂いがした。そして、それが一つではない事に気付いて、彼女は絶望した。ダイニングに2つ、寝室に1つ、そして玄関には先ほどの影よりも大きな…胴の異様に長い女が、長い髪を垂らして立っていた。

その女は小さな声で何かをブツブツと言いながら、体を屈めたり、派手に転んだりしながら彼女の方に近付いて来る。

またもや恐怖で彼女は失神してしまった。

気が付くと朝になっていて、急いで部屋を出ようとベッドから降りると、足を掴まれて転んだ。ベッドの下に玄関に居たであろう女が居て、ベッドが派手に揺れる。手を伸ばして彼女の足首を掴んで、引きずり込もうと引っ張ってくる。

泣きながら必死に抵抗して、彼女は家を飛び出たそうだ。

そして、友達の家に逃げ込んで、今日、大学に来たらしい…

携帯電話は部屋に置き忘れた様で、俺に連絡出来なかったと言っていた…


益田の状況が気になる…

俺は益田に電話を掛けてみた。

意外とすぐに電話に出て、声もしっかりしていて驚いた。

「もしもし?益田、梅之助だけど…今日お休みしたの、どうした?」

俺の問いに、電話の向こうで、誰かが話しているのが聞こえる。

スピーカーにしてんのかな…?

「ねぇ、誰かいるの?」

俺が重ねて聞くと、益田は誰も居ないと言った。

でも、やっぱり、あいつの声の後ろから、少なくても3人の声が聞こえるんだ…

「後で…いや、これからお前の家に行っても良い?」

俺がそう言うと、益田は快諾してくれた。

電話を切ると、百合子ちゃんが目を開けて周りをキョロキョロしている。

「百合子ちゃん、大丈夫だよ。」

彼女の背中に腕を回して抱きしめてあげる。

こんなに怯えて…可哀想だ…

どうしよう…玄ちゃんに相談した方が良いのかな…それとも、成瀬君に話した方が良いのかな…。

成瀬君には相談したくないな…だって、彼はそれを狙っていると思うんだ…

俺の背後の存在に、自分の存在をアピールする様に、コソコソ動く…ネズミみたいな人…玄ちゃんの言葉を思い出す。

俺よりも死神を意識している…という言葉。

俺もそう思うよ…玄ちゃん。

俺は玄ちゃんに電話して、百合子ちゃんを安全な所で預かってもらう事にした。

タクシーに乗って百合子ちゃんを玄ちゃんのお寺に連れていく。

境内に入ると、死神が驚いた顔で近づいて来る。

「大学は早いんだな。女と帰るとは…そういう年なのか?」

「違う…この子困ってるんだ…だから、玄ちゃんに預かってもらう。」

俺は百合子ちゃんの手を引いてあの人と境内を進む。

「何があった?」

彼女の憔悴ぶりを見て察したのか、彼が聞いて来るから、教えてあげた。

「拝み屋があなたを利用しようと俺にカマかけてる。だから、何もしないでね、嫌なんだ。そんな事に利用されてはならない…」

そう言って彼の体に寄り添うと、見上げて念を押した。

「絶対何もしてはいけない。俺が解決できるから。信じてくれ。」

俺の方を見下ろして、心配そうに眉毛が下がるこの人は…本当に死神なんだろうか…コクリと頷いて、俺の頭を撫でる。その手が気持ちよくて目をつむった。

「梅ちゃん」

玄ちゃんが玄関まで出てきてくれた。

俺は百合子ちゃんの手を玄ちゃんに渡した。

「どうするの?俺も行けるよ?」

一緒に来て欲しい…でも、彼の顔を見て固まってしまう。

…怖いんだ。玄ちゃんを巻き込むことが怖い…

「彼は一緒に行った方が良いと思う…」

死神はそう言うと、俺の手を取って、自分の方に持ち上げた。

されるがままにして見ていると、胸ポケットから真っ黒の数珠を出して俺の腕に通した。

「私は行かない。これは付けて行け。彼を連れて。」

そう言って俺の頬を撫でると笑った。

しばらく彼の笑顔に見とれて、俺は玄ちゃんに言った。

「玄ちゃんを巻き込むの…怖いんだ。とても、怖い…。だから、もし危なかったら一緒に逃げよう…?ね?誰が犠牲になっても嫌だけど、玄ちゃんだけは…絶対にいやだ…」

玄ちゃんは百合子ちゃんをお父さんに預けると、上着を着て出てきた。

「死神ってあんなこと言うんだな…」

玄ちゃんが俺の隣を歩きながら、不思議そうに小さな声で呟くから、俺は死神を見て笑うと玄ちゃんに言った。

「彼はもっと面白い事を言う。」

「例えば?」

「ねぇ、あの悲しい時の、教えたやつ、言ってみて?」

俺はそう言って死神の手を引いて玄ちゃんに近付けると、ワクワクしながら待った。

注目されて恥ずかしいのか…顔色も変えず、全然言わない…

「どうして言ってくれないの?」

しびれを切らした俺が、死神の腕を掴んで揺らすと、やっと、ひと言言った。

「お前にだけ言う。」

…そうなんだ。ぴえん。

境内の出口で彼とお別れして、玄ちゃんとタクシーに乗る。

「百合子ちゃん、寝れてないみたいなんだ…成瀬君の妹がやってるのかな?」

「分からない…」

玄ちゃんは、分からない事は分からないと言う。

決してあいまいな事を言わない…そういう所が好きだ。


益田の家の前、吉尾が既に到着して待っていてくれた。

「おぉ!本物の玄ちゃんだ…思っていたより大きいんだね。吉尾です。」

よろしく。と言って、手をあげて挨拶してくる吉尾に丁寧にあいさつする玄ちゃんが好きだ。

「編集してくれてる吉尾だよ。会った事ないもんね。これが、俺の彼氏の玄ちゃんだよ?今は旦那さんになったんだ。いいだろ?」

別に…と言って、吉尾は俺にカメラを渡した。

「梅ちゃん?!」

玄ちゃんの諫める声が聞こえる…分かってる、分かってるけど、このチャンス、逃がせないよ。

これには2つの意味がある。1つは、あの時の映像と抱き合わせで使う材料を撮る事と、もう1つは、成瀬君への贈り物だ。

「俺は以前よりも用心深いよ。やばかったら益田を置いて逃げるつもりだから、その時は人でなしと呼んでくれ…」

冗談の様な事を真顔で言うから、吉尾は俺の顔を見て固まっていた。

さぁ、行きますか…


俺はカメラを回して、先を行く吉尾の後姿を撮った。

コンコン

「益田~来たよ~」

良いね。さすが吉尾だ!

ガチャリと鍵が開いて、益田が出てくる。

「なぁんでカメラ回してんだよ?!玄ちゃんまで来て、何だよ?」

予想外の元気な様子に少し拍子抜けした。

俺は気を取り直して、まぁまぁ…と言いながら益田の部屋に上がった。

「益田…お前ん家、何も無いな…」

元々淡白な奴だとは思っていたけど、これって何て言うの?ミニマリスト?

このまま不動産屋さんに引き渡しても良い位の物のなさ…

「俺、しょっちゅう引っ越すから、これくらいが身軽で良いんだ。」

ふぅん…

俺は玄ちゃんの家に引っ越す時、家具をリサイクルショップに売ったり、粗大ごみに出したりと…結構面倒だった。

こういうのもありなのかな…

しかし…何も起きないな…

「なぁ、なんでカメラ持ってるの?」

カメラのレンズを覗いて、益田が俺に話しかけてくる。

「ん~、百合子ちゃんが怖い目に遭ったから。お前もかな~と思って…」

ひでぇ~!と益田が言って、体を激しく動かして、ずっとフレームの中で暴れてる。

俺はさり気なく玄ちゃんの傍に行って、その様子をずっとカメラに収める。

「なぁ…なんで、玄ちゃんが居るの~?」

俺の方を向いて、抑揚のない声でいつもの様な口調で話す。

雰囲気がおかしい。

こいつは益田じゃないみたいだ…

カメラのフレームに収まったまま、益田が俺に突進してくる。

俺の目の前に玄ちゃんが立ちはだかって、益田を止める。

俺はすぐ移動して、益田と玄ちゃんを横から捉える。

「梅之助…逃げんなよ。お前に用があるんだから…」

口からよだれを垂らして、益田がハァハァと口で息をする。

玄ちゃんは益田の体に触れてお経を唱え始める。

嫌がる様に肩を回して、玄ちゃんを威嚇する益田は、まるで犬みたいだった…

吉尾が突っ立ってるから彼に伝えた。

「玄ちゃんのそばに居て」

その時、俺の足元に手が伸びて来て、引っ張られるようにしてお尻から転んだ。

玄ちゃんが俺を横目で気にしている…

カメラを目から外して、周囲を確認する。

どこから沸いたのか、それともずっとそこに居たのか…

益田の部屋の隅に背中を向けて立ち尽くす男と、押し入れの中からこちら覗く女。

台所には、異様に興奮したおっさん…そして、俺の足元に不気味な幼女が居た。

目にカメラをあててそれらを全て収めていく。

玄ちゃんに掴まった益田がぐったりと項垂れている。

カメラを持って近づいて、髪の毛を掴んで顔をあげる。

「梅之助…欲しい、欲しい…」

なんだ、変態の犬なんだな…

俺を見たまま、よだれを垂らしてハァハァ言っている益田を捉えた。

後で見て笑おう…

吉尾に頼んで益田を縛ってもらう。

変態プレイみたいで、おかしかった…

「全部撮った。後は玄ちゃんの家で撮影する。」

俺はそう言ってカメラを顔から退けると、益田の部屋の鍵を持って玄ちゃんと吉尾に外に出る様に指示した。

「梅之助ーー!!」

後ろから誰かに呼ばれて、驚いて振り返ると、さっき縛ったはずの益田が俺に飛び掛かってきた。

高いカメラを落としそうになって、必死に支えながら倒れる。

馬鹿野郎!幾らすると思ってるんだ!!

そのまま足を掴まれて部屋の奥に引きずられる。

俺はカメラを再度回して、益田を映した。

俺に覆いかぶさって、自分のズボンを下げている。

これ、絶対後で見せてやる…

そう思いながら俺は、益田の腹に足を置くと、思いきり後ろに蹴飛ばした。

周りで様子見をしていた霊が突然動き始めて、逃げ場の無い様に俺を取り囲む。

…これを全部、霊が自分の意志でやれるとは思えないよ。

玄ちゃんもそう思うだろ?

こいつらは幽霊なんだ…こんな連係プレイ…出来っこないよ。


玄ちゃんは吉尾の方を向くと、両手を合わせて早口でお経を唱え始めた。

体を起こした益田が俺をまだロックオンしている。

何で…何で…こいつらはしきりに俺の操を奪おうとするんだよ!!

不気味な幼女がくぐもった声で笑う。

俺はカメラを覗いたまま、益田を見てる。

後ろで吉尾の唸り声が聞こえて、さっきまで連係プレイをしていた霊たちがバラバラになる。

益田は変わらず俺を捕まえると、ベッドに押し倒した。

俺のベルトを外そうとガチャガチャやっている。

俺は外されない様に、カメラを益田に向けたまま降ろすと、両手で抵抗した。

「益田!しっかりしろ!お前だって、俺としたくないだろ?このままだと、俺とする事になるぞ?良いの?しっかりしろ!」

ベルトが外されて、ズボンのチャックの開く音がする。

何でやりたがるんだよ…!

俺は体を起こして益田の頭を押さえた。

その時、死神のくれた数珠が益田に触れた。

ジュッと音を立てて、益田の皮膚から煙が上がる。

益田が痛がって俺から離れた隙に、俺は先ほど彼を縛ったロープを取りに行く。

そして、益田をぐるぐる巻きにすると、数珠を体の上に置いた。

ギャオギャオ言いながら体を捩らせて暴れる益田を上から呆然と見る。

「あっ!」

気が付いて俺はカメラを取りに行くとすぐに回して撮影した。

玄ちゃんにお経をあげられていた吉尾は、ぐったり床で放心している。

玄ちゃんに近付いて聞く。

「玄ちゃん、益田…このまま数珠を置いておいたら、除霊みたいな感じにならないかな?」

玄ちゃんはう~ん…と唸って言った。

「弱らせるには良いかもしれないけど、決定打にはならなさそうだ…」

そうか…少し物騒だが、この暴れん坊を連れてタクシーに乗るしかないな…

吉尾の顔を覗いて話しかける。

「一緒に来てもらう…」

吉尾は額に汗を沢山垂らして、血走った目で俺を見て項垂れた。

まさかだよ…お前が成瀬君と仲間だったなんて…知らなかったよ…

何だか、悲しいよ…

「お前のフワフワな髪が好きだったのに…」

俺はそう言って、ロープで吉尾を縛ると、益田の上に置いた数珠を回収して腕にはめ直した。


タクシーの運転手に変な顔をされたから、こういう変態プレイですって言った。

寺の前に停めてもらって、お縄にした奴らを晒して歩く。

死神が近づいて来るから、俺は首を振って、こないで。と伝えた。

ダメなんだ。こいつらの狙いはあなただから…

あなたの弱みを握りたがっているから…

人間ってかくも醜い生き物なのかな…


俺は玄ちゃんと一緒に吉尾と益田を本堂に連れて行った。

そこには玄ちゃんのお父さんが待っていて、こちらを見ると、2人を座らせた。

「こっちは拝み屋で、こっちは憑りつかれちゃってる人…」

俺がそう言うと、玄ちゃんのお父さんは頷いて、聞いたことの無いお経を唱え始めた。

玄ちゃんが益田の体を支えて、一緒にお経を唱える。

いつも聞いてるのとは違う、抑揚のない、淡々とした、低くて静かな音だった…

益田の体が一瞬跳ねて、ダラリと力が抜ける様に項垂れる。

それが何度も続いて、だんだんと跳ねる感覚が短くなっていく。

玄ちゃんのお父さんも、玄ちゃんも顔色変えずに淡々とお経をあげて、益田の除霊を行っている。

突然、益田の隣に座っていた吉尾が俺に駆け寄って来て、俺の肩を蹴飛ばして後ろに倒した。

そのまま馬乗りになると、俺の服を脱がせ始める。

「何なんだよ!一体!何で!何でこんな事するんだよ!!」

俺が暴れて抵抗すると、吉尾は俺の頭を床に打ち付けた。

鼻の奥がツーンと痛くなって、喉の奥で血の匂いがする。

クラクラして、頭がボーっとする。

「梅ちゃん!」

「玄太!」

玄ちゃんのお父さんの激が聞こえる。除霊の途中だから、彼は動けないんだ…。

俺は頑張って手を動かして、吉尾を拒絶する。

吉尾は俺のズボンを脱がせると、自分のズボンを脱いで俺の上に覆いかぶさってくる。普段は人と触れない部分の肌が、誰かと触れてゾッとする…!!

「ハァハァ…死神の…」

吉尾はそう言いながら、興奮した目で俺の体を弄り始める。

俺は吉尾の肩を押して抵抗しながら、体をあいつの下から逃がすように、足で床を何度も蹴った。

「げんちゃん…!」

それでも吉尾は、俺の腰を掴んで自分に引き寄せると、まるで動物がそうする様に、俺の首元に顔を埋めて首筋をガブリと噛んだ。

いよいよ危険な状況になってきた。玄ちゃん、危険です!!

そう思った瞬間、吉尾の体が横に吹っ飛んでいくのが見えて、それと同時にあいつが噛んでいた俺の首の皮がバリッと音を立ててめくれた。

玄ちゃんが吉尾を横から蹴飛ばした。

「玄太!」

「てめぇ!ぶっ殺すぞ!!」

玄ちゃんのお父さんが怒鳴る声と、僧侶とは思えない暴言を玄ちゃんが口にしたのが聞こえた。

自由になった俺は、首の傷を抑えながら、体を起こした。

下半身が丸見えの俺と、吉尾を殴り続ける玄ちゃんと、それを止める玄ちゃんのお父さん、そして、向こうには元に戻ったであろう、益田が泣きわめいていた。

俺はパンツとズボンを履いて、益田の元に行くと、彼の所在を確認する。

「益田?益田なの?」

「梅ちゃ~ん、こわかった…こわかったよ…」

俺は首から血を流しながら彼を抱きしめてあげた。

「もう大丈夫だよ。後で面白いもの見せてあげるからね?」

俺の腹にしがみ付いて泣く益田の頭を片手で撫でると、玄ちゃんの所に向かった。

ターボのかかった玄ちゃんは止められないんだ…。玄ちゃんのお父さんが彼の体を掴んでも、吉尾から離れないでぶん殴り続けている…。

良かった…まだ吉尾から血は出ていない。

俺は玄ちゃんの視界に行って、首のけがを見せた。

「玄ちゃん、痛いよ…これ、絆創膏貼って?」

俺がそう言うと、玄ちゃんは俺の手を掴んで、吉尾から離れた…

台所に連れていかれて、椅子に座ると、まだ鼻息を荒くしたまま水で濡らしたタオルで傷口を拭いてくれた。

幸い傷は血管まで届いておらず、ただ皮膚が削れただけだった。

それでも、痛いから絆創膏を2枚貼ってもらった。

そして彼を抱きしめて言った。

「玄ちゃん…大好きだ」

彼は俺の背中を撫でると、包み込むように抱きしめて、俺にキスしてくれた。

俺はそれに応える様に、彼の口に舌を入れて絡めた。

口を離して、玄ちゃんに聞く。

「どうして、俺を抱きたがるんだと思う?」

「死神の…って言っていたから、あの人が関係するのかもしれない…」

玄ちゃんはそう言うと、俺の頭を撫でてまた強く抱きしめてくれた。


吉尾をお札まみれの檻に入れる。

明日、改めて話を聞こう、と玄ちゃんのお父さんが言った。

俺は益田を百合子ちゃんの隣に寝かせてあげる。

二人は表情も穏やかに落ち着いて、やっと安心出来た様子だった。


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