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キスツス  作者: 裏庭その子
4/9

No4

数日前から様子がおかしかったから、特に気にして見ていたんだ。

その筈だったのに、どこかで歯車がかみ合わなくなって、意思が通じ合わなくなっていった。

何かを隠しているのは分かっていた。

ただそれを俺に伝える気が無いのも分かっていた…

拝み屋の成瀬さんを連れて、梅之助を抱いて境内の道を通る。

「あ、本当に居るんだ…」

成瀬さんがあの人を見て驚いた声をあげる。

彼は梅之助の事が気になる様子でこちらに近づいて来る。

俺は足を止めて梅之助を見せてやる。

「眠っているだけです…」

そう言っても彼はこちらに近づいて来る。

目の前まで来て、梅之助の顔を覗く彼の顔は、死神の顔ではなく、愛しい人を心配する男の顔だった…。やりきれない気持ちのまま、彼に言う。

「最近様子がおかしかった…何かあったのですか?」

「玄太君、君も関係している事だよ…」

そう言って成瀬さんは死神に深くお辞儀をして、まるで歌舞伎の口上のように彼を誉め奉る言葉を羅列する。

「もう行きます…」

俺はそう言って梅之助を抱え直すと自宅へ向かった。

「お父さん、来てください。梅ちゃんが…。」

父は俺の中で気絶している梅之助を見て、そして背後の拝み屋を見て、ただ事ではないと察したのか本堂へと招いた。

梅之助を冷たい床に置く。

くったりと顔が横に倒れていくから、座布団を頭の下に敷いてやった。

「拝み屋さんですか?」

「はい、家系です。」

キツネの様な成瀬さんは父にそう言うと、笑って梅之助を見た。

「彼の為に人が1人死にました。」

そう告げて、俺の顔を覗いて見てくる。

「君は覚えていないのかい?あの時の事を?」

話の核心はそこなのか…

先ほどから成瀬さんが言っている、俺も関係している事象…

何の事を言っているのかさっぱり思い当たらない。

梅之助はそれを覚えていて、1人苦しんでいたというのだろうか…

「教えていただけませんか…思い出すかもしれないですし…」

俺は梅之助の頬を撫でて成瀬さんに視線をあてずに言った。

「良いですよ。私も聞いた話です。あなたたちは、某精神病院へYouTubeの撮影へ赴きました。しかし、中は狂気の渦で、あなたがまず捕らわれてしまいました。あなたを助けるために、彼も捕らわれた。そして、今度は彼を助けるためにあなたが捕らわれて…この繰り返しを、彼が1人で続けていました。気が狂う程長い間ね。あなたは彼が捕らわれた時にループから抜け出せて解放されたのです。そして、病院の外へ行き、彼の死に絶望して自決なさいました。後の同行者の二人は車まで戻って、あなたたちをずっと待っていました。」

話が理解できない…俺が自決したと言うなら、今ここに居る俺は誰なんだろう…

「難しい概念です。時間は繰り返し流れています。その中に彼は迷い込んでしまって出られなかった。そして絶望して、狂う寸前に死神に助けを求めたのです。死神は彼を助け、時間をさかのぼった…その代償として、1人の命を奪いました。これが簡単な流れでございます。」

淡々と言うには話が難解すぎて頭が混乱してくる。

「それで…あの方は亡くなったのですか?」

あの人が立っていた墓前。

死神に罪悪感などという概念があったのか…

ではなぜ子供の梅之助を躊躇なく一度、殺したのだ…?

「梅之助は…その繰り返しした悪夢にまだ捕らわれているのか…」

父がそう言って梅之助の頭を撫でる。

「死神が助けに向かった時、もう梅之助さんは異形の物になってしまっていた。彼が苦しまない様に、その手で楽にしてやり、記憶だけを持って、時間をさかのぼった。そして今の彼に、その時の記憶を植え付けた。理由は本人に聞かない限り、憶測となりますので控えます。が、これが全て事実でございます。」

「苦しめて、自分から死を願うようにしたんだ…」

俺はそう言って唇をかんだ。

辛い記憶をそのままにすることで、今が、この世界が、夢か現実かも分からない不安を抱かせて…疑心暗鬼になって弱った心に付け込んで、梅之助本人の口から言わせたいんだ…死にたい、と。願わせたいんだ…

「異形の物となった梅之助さんを消し去るとき、どのような気持ちだったかは憶測ですが…あの場所は人を捕えたら2度と、離しません。今、彼がそこに捕らわれていないのだとしたら、彼は救われた、と言っても過言ではないのです。そして、どうやら記憶が引き継がれたのは、梅之助さんだけという事のようですね。なるほど。何かの意図があっての事なんでしょう。」

成瀬さんはそう言って縁側のふすまを開けた。

向こう側にあの人が立っている…死神だ。

心配そうな顔をして、じっと梅之助の方を見て…

「自分と彼の記憶だけにしたかったのだ…彼の狂気も、恐れも、全て。あの人にとったら愛おしいのだろう…」

父がそう言って、手招いて死神を本堂にあげた。

「父さん!」

ここは仏様の居る場所なのに…

俺を制して、父はあの人を招く。彼の傍へ。

「梅ちゃん…苦しかったのか…」

そう呟いて、悲痛な面持ちで梅之助の顔を見下ろしたかと思うと、膝をついてしゃがみ、彼の顔を覆いながら泣いた。

成瀬さんは、顔を伏せて、畏れ多いと…この光景を見ない様に目をつぶっている。

俺は彼の表情を…落ちる涙をじっと見つめた。

この人は…もしかしたら、梅之助の事を本当に愛しているのかもしれない…

それで子供の彼を独占したかったのかもしれない…

だから…殺した。

しかし、今回はその逆に彼を助けた…

犠牲にした人の墓前に立って、何を思っていたのですか…

神なのに、愛する人の為にルールを破った…その犠牲者を慈しんでいたのですか?

それとも…

「記憶を消してあげましょう。彼はこの先も耐えられない…」

父はそう言って、あの人に話しかけた。

彼は梅之助の頬に幾つも涙の粒を落として、彼の頬を撫でて拭っている。

こんなに胸の痛くなる情景があるだろうか…

「ご住職。それは出来ません。もう方々にこの話は知れ渡っております。私の様な末端の拝み屋まで知っているのです。彼の周りには、私の様な不届き物が現れるでしょう。既に彼の自宅にも何名かの式神が棲んでおります。どうぞ、今記憶を消して彼を無防備にさらすことの無い様、ご判断くださいませ。」

「父さん…梅之助をここに住まわそう。」

俺は父の方に向き直り言った。

「もし父が亡くなっても、彼の権利は私が引き継ぎます。死神との共同権利です。もし、また何かあった場合は、あなたは共同所有者の私にきちんと伝えなくてはなりません。人間の分際で畏れ多いのは重々承知いたしております。しかし、今回の様な事をされてしまうと、共同所有者としての信頼関係が崩れてしまいます。」

よろしいですか?俺は彼の顔を覗き込んで聞く。

彼は梅之助の頬を撫でながら頷いた。

これが神だなんて…信じられない。

ただの男だ…ただの、人だ…弱々しく傷ついて、人間の為に涙を流すなんて…

梅ちゃん…一体…お前と、この人の間に、何があったんだよ…

どうしたら、神を絆せるの?

「では、その様にいたします。」

父がそう言って、席を立つ。

成瀬さんは父に続いて席を立つ。

俺は梅之助から離れてはいけないと思って、後ろに引いて静かに待つ。

あの人は俺が居る事も構わない様に、ひたすら眠る梅之助を愛でた。

「梅ちゃん…梅ちゃん…ごめんね。梅ちゃん…ごめんね…」

小さく呟いては涙を落とす、そんな優しい死神を見ている…

「…どうして、泣いてるの?」

か細く小さな梅之助の声が聞こえた。


月明かりが差し込んで、梅之助の手があの人の方に伸びていく様子が見える。

俺は話しかけたいのを必死に堪えて、その様子を見守る。

「なんで、泣くの?」

そう言って梅之助の手があの人の頬を撫でていく。

「お前に酷い事をした…苦しめて、痛めつけてしまった。」

そう言って彼の手を掴んでキスする様に口元に持っていく。

梅之助はハハッと笑って両手を伸ばすと、あの人の頬を掴んでつねって引っ張った…

「俺は玄ちゃんが守れればそれで良いんだ…玄ちゃんが…大好きなんだ…」

胸が痛いよ…

お前が苦しんでいたのに、気が付けなかった…

一体そこで、どんな目に遭ってきたの?

俺を助けるために…何回絶望したの…。

涙がこぼれて嗚咽が漏れる。

「玄ちゃん!」

名前を呼ばれて、梅之助の傍に行く。

「どうして、泣いてるの?」

疲れた顔で、同じように聞いて来るから、俺は傍に座って教えてあげる。

「お前が、何度も何度も同じことを繰り返して、苦しんで、絶望していたのかと思うと…可哀想で…可哀想でならないよ…。俺を助けようとしてくれていたんだね…梅…1人で…辛かったね…梅、梅之助!」

俺は彼を抱きしめて泣いた。

声をあげて泣いた。

こんなに思われる価値のある人間なんだろうか…

分からない。

でも、そうある様に努力しよう。

彼の死に絶望し自決した自分に誓って、彼を離さない事を約束しよう…

「梅之助…俺もお前が好きだよ…」

俺がそう言うと、下で彼の嗚咽が聞こえてくる。

死神が彼を愛しているけど、俺はそれ以上にお前を思おう…

俺の背中に手を伸ばして強く抱きしめてくる彼を愛しく思う。

このまま、一緒に居よう…

ずっといよう…


布団を用意して俺の部屋で一緒に寝る。

「玄ちゃんと一緒に寝たい…」

用意した布団は使われることは無く、梅ちゃんは俺の隣で寝た。

意外と早く寝息を立てだした彼は、もしかしたらゆっくり眠る事すら出来なかったのかも知れない…。それほどまでに疲弊していたのに、普通を装って…無茶だな。

彼が無茶苦茶なのは昔から変わらない…

死神と契約をしたあの日も、助かったのにもかかわらず、腹を立てて怒る彼に驚いた。状況が理解出来ない年でも無いのに…

あれでは、まるで死にたかったみたいだった。

父は彼を特に気にかけていた。

契約したからでは無い。

それより以前から、彼と死神の関係を危惧していた…

夕方まで居る子…

幼い時の俺の梅之助への認識はそれだ…

いつごろか境内に来るようになって、夕方まで穴を掘るんだ。

ひたすら穴を掘るから、檀家さんが躓いて転んだ…

俺はいつの頃からか、彼の作った穴を埋める係になっていた。

そんなある日、彼の傍らに黒い服を着たあの人が現れた。

一緒にしゃがんでいたり、傍に立って、穴を掘る梅之助を見ていたり…

俺は不思議に思って父に尋ねた。

「お父さん、あの子の傍に居る人は、あの子のお父さんなの?」

「いや、あれは神様だ。」

父は静かに俺を見ると続けて言った。

「ここは代々伝わる菩提寺だ。死神様が訪れて、さまよう魂を連れて行ってくれる。」

父が嘘を付く訳も無いのに、あの人があまりに普通の人に見えて…戸惑った。

現に今だって、俺と同い年位の子供と戯れているじゃないか…神とはもっと神々しくて畏れるものではないのか…子供ながらにあの人の存在に、確証を得られることが出来なかった。

梅之助が穴をひたすら掘って…あの人がそれを眺めながら話しかける。その表情はとても穏やかで、話しかけられた梅之助も、笑顔で返していた…。

何の話をしていたの?

あの時の様子を今一度思い返す。

手を繋いで墓地を歩いたり、境内の鐘を鳴らしたり、草や花をめでたり、穴を掘ったり…。夕方になると、梅之助は施設に帰っていく。その姿を境内で見送って、後に消えて行く。

「なぜ、死神が子供と遊ぶの?」

夕方の御勤めを済ませた父に尋ねる。

どうしても気になったんだ…あの子の存在も、あの子に付きまとう死神も…

「ん…何故だろうな…分からんのだ」

「死神と仲良くしたら、殺されちゃうかもしれないよ?それに神様は畏敬の念を持って接しろと教わっているけど、あの子はさっき、あの人に土をかけていたよ?そんな事したら、怒りだして…殺されちゃうかもしれない。」

俺は信じられなかったのかな…死神をまるで大人の遊び相手の様にして思いきり甘えて遊ぶ、梅之助の存在が…信じられなかったんだ。

あの子以外の人間に触れることも無ければ接触することも無いのに…なぜ、梅之助だけにこだわっているのか…理由が知りたかったんだ…

そんなある日、俺は梅之助に声を掛けた。

「お前が開けた穴を、俺が埋めているんだぞ。全く!」

それは彼が契約をする前の話だ。

俺が怒って腕を組みながら梅之助を見下ろすと、彼は言った。

「…ごめん。だって…穴掘るの好きなんだ…」

俯いて俺の足元を見る彼のまつ毛が長くて驚いた。

「穴掘ったら、埋めて行けよ!」

俺が強く言うと、彼の後ろに現れたんだ…

あの人が…

「梅ちゃん…どうしたの?」

まるで保護者の様に近づくと、梅之助の手に自分の手を差し入れて繋いだ。

「穴…掘ったら、埋めてって…お兄ちゃんに言われた…」

俺が体格が良かったからか、彼は俺を年上だと思ったようだ。

死神が俺の顔を覗き込む。

目の奥を金色に光らせて、脅すようにくぐもった声で言う。

「この子は穴掘りが好きで…君も仕事が増えて良いじゃないか…」

酷くないか…俺だって子供なのに、脅されたんだ…しかも死神に…

「玄太!どうした?」

すぐに父が駆けつけて、父は息子の無礼を神に詫びていた。

「穴を掘ったら、埋めるのは当然だ!それが出来ないのなら、掘るな!」

俺は腑に落ちなくて、梅之助に向かってそう言ったんだ…

そうしたら、彼は嬉しそうに笑って、頷きながら言ったんだ。

「俺、穴…埋める。自分で、穴…埋める。」

それから梅之助は俺を“玄ちゃん”と呼ぶようになって、俺は彼を“梅ちゃん”と呼ぶようになった。

「玄ちゃん、遊ぼ?」

「まだ忙しいから無理」

俺が父の仕事を手伝っている間、梅ちゃんはあの人と居る。

梅ちゃんはあの人に頭を撫でられ、抱きしめられ、頬ずりされる。

それはまるで、恋人にするような態度に見えた。

しかし、相手は神だ…常識の範疇には収まらなのかもしれない…

しかし明らかに過度な愛情表現だ。父でさえ、そんな事を俺にはしない…

「父さん、梅之助は…死神の何なのかな…」

俺の直球の質問に、父は首を傾げながら言った。

「子供の様な…慈しむ存在かな…」

あの人は彼を自分の子供だと思っている?

父の答えを聞いても、俺には、やっぱり理解できなかった…

俺にとって、梅之助は謎で、彼に執着する死神もまた謎な存在だった。


目の前で眠る彼の顔を見る。

長いまつ毛はそのままで、少しだけ大人びた彼の顔。

「梅ちゃん?」

俺が名前を呼ぶと、うっすらと目を開けてこちらを見る。

「梅ちゃんにとって、あの人は何?」

俺の質問にうっすら開けた目が微笑んで笑う。

「父であり、母であり、拠り所…」

随分素直にそう答えると、梅ちゃんはまた眠ってしまった。

その答えに一番しっくり来て、俺も静かに目を閉じた。



久しぶりにこんなにぐっすり眠れた。

俺はスッキリした気持ちで目を覚ます。

目の前に眠るこの人は誰だろう…?

ん?

んん?

「玄ちゃん…」

俺がそう言うと、玄ちゃんはうっすらと目を開けた。

「なんで、玄ちゃんが寝てるの?」

俺が動揺してそう言うと、玄ちゃんは笑って言った。

「俺だって寝るよ…人だからね」

何?このシチュエーション…ドキドキする。

「昨日、梅ちゃんが一緒に寝たいって言ったの、忘れたの?」

そうだっけ?そんな事言ったっけ?大胆だな、俺…

馬鹿みたいだけど、服を着てるか布団の中の自分を確認した。

「何考えてるの…?」

神妙な顔で玄ちゃんが言うから、俺は誤魔化して言った。

「おねしょしてないか確認したんだい。」


目覚めてからしばらくすると、だんだんと昨日の事を思い出してきた。

玄ちゃんが朝の御勤めの支度をする中、俺は彼の布団で幸せを感じていた。

「玄ちゃんの布団、玄ちゃんの匂いがするね!」

俺がそう言うと、彼はガン無視して服を着替え始めた。

これって、なんかエッチな感じだ…

だって、俺は彼の布団の中で朝を迎えたわけで…そして、朝の支度をする彼を布団の中から見るなんて…まるで、一夜を共にしたみたいじゃないか!!

「玄ちゃん、なんかエッチした後みたいだね!」

興奮して抑えきれなくて、口に出して彼に連絡すると、玄ちゃんはこっちを見て言った。

「何もしてないよ…」

分かってる!分かってるんだよ…!

ただ、この状況がそんな感じだね?って言っただけなんだよ。

まぁ、俺は玄ちゃんのそういう所、大好きだよ…

「いつ戻るの?」

部屋を出て行く玄ちゃんに聞く。

「戻らない、梅ちゃんも起きて一緒にやるの。」

俺は聞こえないふりをして玄ちゃんの布団をかぶった。

幸せだ…

暖かいし…良い匂いだし…なにより、この布団が玄ちゃんの布団だっていう所がポイントだな…。

そういえば、昨日、成瀬君の家で俺が倒れた後、百合子ちゃんと益田は大丈夫だったのかな…?

それにしても、凄い狙われてたな…俺。

あれも全部、成瀬君がやっていたのかな…どスケベなんだな。しかもゲイだ。

拝み屋って…何なんだろうな…幽霊を言う事聞かせられるなんて…初耳だ。

これをネタに一本動画取れるかな…

あの映像と繋げて…30分の動画…作れるかな…

俺はそんな事を次々と考えながら玄ちゃんのお布団を堪能した。

「梅之助?起きてるか?」

玄ちゃんのお父さんの声がした。

俺は布団から出て、ドアを開けて言った。

「おはようございます。俺、お世話になったみたいで、テヘペロ」

俺がテヘペロすると、玄ちゃんのお父さんはいつもの笑顔で言った。

「お前に会わせたい人がいる。風呂に入って着替えたら本堂に来なさい。」

まだ朝の6:00だよ?

「おじちゃん、俺、着替えないよ?」

俺が言うと、玄ちゃんの服を着ろと言った。

何それ…!!胸アツじゃん!!

俺は急いで勝手知ったる玄ちゃん家のシャワーを浴びると、玄ちゃんのパンツを履いた。

「あ、あ、ああ……!!」

悶絶してベットに転がって叫ぶ。

「玄ちゃーーーーん!!」

俺の歓喜の声が聞こえたのか、玄ちゃんが部屋に飛んできた。

「どうした?梅ちゃん!…あ、あっ!何してんだよ!」

「おじちゃんが玄ちゃんの服を着ろって言ったんだい!」

俺は玄ちゃんの少し大きなパンツを見せびらかした。

「良いでしょ?これ、玄ちゃんのパンツだよ?ねぇ、良いでしょ?」

顔を赤くして玄ちゃんは部屋を出て行ってしまった…

破廉恥だったかな…

俺は興奮を抑えて、今度は叫ばない様に、玄ちゃんの服を物色した。

見た事のあるズボンを手に取って悶絶する。

見た事のあるシャツを見てまたまた悶絶する。

「…ダメだ、決められない…どれを着たら良いのか…決められないよ…」

パンツはすぐに決まったのに…

どれも玄ちゃんが着ているのを見たことのある服ばかりで…

興奮して着られない。変態だな、俺。

「お客さん待たせてるよ。梅ちゃん、早く着替えてよ…」

玄ちゃんがまた部屋に戻ってきた。

戻らないって言ったのに…もう2回も戻って来てるじゃないか!!

「玄ちゃんが選んで?俺、選べない…」

そう言ってベッドにうつ伏せになって微睡んだ。

「ねぇ、お客さんって誰?」

「成瀬さんだよ。」

玄ちゃんはそう言うと、俺にズボンとシャツを投げてよこした。

へぇ…これが玄ちゃんコーデか…萌える。

俺は早速玄ちゃんコーデを着ると彼に見せびらかした。

「どう?どう?」

「少し大きい。ベルトした方が良いよ。」

ズボンの腰にベルトを通してくれて、キュッと絞ると留めてくれた。

「わ~い!玄ちゃんコーデだ!」

俺はそう言って玄ちゃんにお礼を言うと、おじさんの待つ本堂に向かった。

「遅い!」

怒られた~~!!

「だって、服が…服がどれも大きかったんだもん…」

俺はそう言い訳しておじさんと成瀬君の所に向かった。

朝も早くから、縁側で、お茶してる…

「梅ちゃん、おはよう。昨日は眠れた?」

成瀬君が笑顔で言うから、俺も笑顔で頷いた。

「成瀬君、拝み屋って何だい?」

俺の突然の問いにおじさんも成瀬君も吹き出して笑った。

「それよりも、ちゃんとしておきたい事があるから、お前はまず座って話を聞きなさい。」

おじちゃんの隣をポンポンされたので、そこに座る。

ここからはお墓が少し見えるんだな…もしかしたら、あの人の事も、家に居ながら観察できるかもしれないな…。記録して見るか?

「梅ちゃん、昨日の事、どこまで覚えている?」

成瀬君に聞かれて、俺は覚えている範囲を話した。

「君の家で、拝み屋って聞いた後、倒れて、気が付いたらここに寝ていた。あの人が…泣いていたから、驚いて…その後、玄ちゃんも泣いていたから…心配した。その後、玄ちゃんが俺に告白して、結婚の約束をした…。後は知らない。」

成瀬君は、そう…と呟くと俺に言った。

「拝み屋というのはね、所謂シャーマン、いたこ、口寄せ、ユタ、そこら辺と同じだよ。うちは家系でそういうの継いでいるんだ。先代は母だった。今は俺だ。妹もそういう能力がある。そんな感じだ。」

俺の質問に答えてくれて、ちょっと嬉しかった。

彼は表情を変えて、俺に近付くと、もっと大事な話があると言った。

「梅ちゃんは覚えているよね、あの病院での出来事。あれは全部本当だよ。」

そう言われた瞬間に体の毛がすべて逆立って、笑顔が一瞬で消えた…

震えてくる体を支える様に、俺は自分の腕を抱いて堪えた。

「で、でも…そしたら…辻褄が合わない…おかしいじゃないか…」

やっと出た言葉を彼に伝えて項垂れる。

「君はあの時死んでるんだ。そして、君の死を見た玄太君も自死した。」

何を言ってるのか…分からないよ…

「何回もループしたよね?繰り返し、繰り返し…何度も同じことをしたよね?」

俺はただ成瀬君の質問に答える為だけに頭を使う事にした。

そうしないと、考えが頭の中を支配して、おかしくなりそうだったから…

項垂れたまま頷いて、彼の次の質問を待った。

「それはね、君が魂の状態で行っていたんだよ。つまり、幽霊だ。そして、あそこの病院にいる人たちはみんなそれをずっと続けている。狂った魂で続けているんだ。」

あの白い体を思い出し、恐怖が蘇る。

目を両手で覆ってうずくまると、勝手に口から漏れる呻き声を堪える様に、歯を食いしばる。

「玄太、来てくれ…梅の所に…」

玄ちゃんのお父さんが玄ちゃんを呼ぶ…

玄ちゃん…玄ちゃん…

「梅ちゃん…大丈夫。俺はここに居るよ…」

俺の背中を覆う様に、温かい玄ちゃんが守ってくれる。

それでも、怖い…

怖いんだ…

「そして、君の魂も…10年以上あそこにいたんだよ。」

「そんな訳ない!!そんな訳ない!!」

「さっき言っただろ、拝み屋っていうのはイタコや口寄せ、シャーマン、ユタと同じだって…それらの権威ある人がみな口を揃えて言った。君はそこに15年いた。15年間、ずっと玄太君を助けようと、同じことを繰り返していたんだよ。」

俺は傍らに座る玄ちゃんの膝に抱きついた。

「うわぁぁんっ!げんちゃぁん!怖かったんだ…怖かった!もう嫌だ!あそこには戻りたくない!!嫌だっ嫌だぁ!!」

取り乱して玄ちゃんの膝で泣き叫ぶ俺を、玄ちゃんは優しく背中を撫でて、落ち着かせようとしてくれる。

15年?15年も続けていたというの?

我ながら凄い根性だ…いや、執着だ…玄ちゃんを15年も諦められなかったんだ…

「死神は君が死んだことを知らなかった…あそこは禁忌の地。危険を冒して、自ら調べようとしない限り、外には何も漏れないから…。そして、百合子さんと益田君の通報によって玄太君の遺体が発見されて、ここで葬式が行われた。君の遺体は何処からも出なかった…消えてしまったんだ。」

俺はあの時、壁に吸い込まれたんだ…その時、死んだのかな…

そして白い…白い部屋に行った…魂の状態で?

「げんちゃん…ごめんね、俺が誘ったんだ…無理言って俺が誘ったんだ…玄ちゃんは嫌だって言ったのに…おじちゃん、ごめんなさい。ごめんなさい…!!」

俺は居てもたってもいられなくて、玄ちゃんのお父さんに頭を付けて土下座した。

玄ちゃんのお父さんは、俺の背中を撫でて、温めてくれる。

俺のせいだ…俺のせいで…玄ちゃんが…

頭がクラクラして倒れそうになる。

「15年後、とうとう君の魂は狂い始めて…死神に助けを求めたんだ…そして、その時初めて死神は君の死を知った…君の魂の元に行って、君の記憶を抜いて、君の魂を楽にした。そして、時間をさかのぼって、15年前の今、その時の記憶を君に植え付けたんだ。理由は分からない。聞かないと分からない…君は、君なら、聞けるんじゃないかな…」

俺はあの時見たあの人の光景が事実だと分かって、素直に嬉しかった…

「それが…俺の為になるって思ったんだ…。馬鹿をやると…死ぬぞって…怖い目に遭うぞって…教えたんだ…」

何でか分からないけど、そう思ったんだ…それ以外無いってくらい。

だから、あの日…俺が玄ちゃんを連れだした時…

しつこく話しかけてきたのかな…こうなる事が分かっているみたいに…

「どこまでが真実で、どこまでが事実かは分からない。ただ、お前の状況を鑑みると、あながちありえない状況でも無いんだ。お前も心に留めておいてくれ。」

玄ちゃんのお父さんはそう言うと、俺の頭をポンと叩いて、席を立った。


「壮絶な経験だからね…君の糧に出来れば良いね。」

しばらくの沈黙の後、成瀬君はそう言うと、俺にお辞儀をして帰って行った…

縁側で彼の後姿を見送りながら、俺は玄ちゃんに言った。

「どうして、同い年の俺に、あんなに丁寧なお辞儀したのかな…」

「あの人は拝み屋だよ?梅ちゃんにってより、死神が怖いんだよ。」

玄ちゃんはそう言って俺の腹に手を置いた。

玄ちゃん…

俺は彼の手を握ってまた腹の上に手を置き直した。

心が筋肉痛みたく鈍く痛むから、俺は玄ちゃんの体にもたれながら縁側に座ってしばらく放心した。

それでも、もう終わったんだって…分かったから…少し、ホッとした。



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