No1
深夜12:00
とうとう始まった、映像研究会の課題。
“YouTubeで高視聴率をたたき出すには？！”
益田と百合子ちゃんと吉尾の3人は、俺の考えた企画に乗ってこの場所に同行した。
そう、俺の考えたYouTubeで高視聴率を出すコンテンツ。
それは、“心霊スポット除霊訪問！”だ！！
他の仲間たちはコーラメントスや、美容系、日常系のYouTubeをするみたいだった。
機材を運んで、車を出して…俺の企画は面倒なことが多い。
しかし、確実に視聴回数が上がると、俺は信じている。
後は、編集の吉尾が上手く編集してくれるだろう。
俺達は素材を用意して、吉尾と俺でそれを料理する。
インパクトのある同行キャラクターも用意して、俺は良い予感しか感じていない！
幼馴染の寺の息子、玄ちゃんを無理矢理引き連れて訪れた此処は、山奥の廃れたペンションだ。
「うわ～雰囲気あるな～！」
元来霊なんて信じていない俺は、雰囲気重視で撮影を進める。
別に心霊現象が捉えられなくても良い。
玄ちゃんが一緒だし、こっちの方が俺にとっては重要だ。
カメラは俺と益田。
女の子の方が絵的に良いから、百合子ちゃんは賑やかし役でカメラによく映る様にする。
俺は先頭を歩いて前方の様子を携帯カメラで撮る。その様子を1番後ろの益田が撮る構成だ。
玄ちゃんは俺の後ろ。それは初めから決めていた。
「玄ちゃん、なんか感じるの？」
俺が聞くと、うーん…と首を傾げてる。
昔から玄ちゃんはイケメンで背が高くて、優しくてかっこよかった。
オレの無理なお願いも、お宅訪問３回目で聞いてくれた。
玄ちゃんのお父さんは怒っていたけど、俺がビール１ケース上げたら許してくれた。
「玄太さん…怖い…」
百合子ちゃん、良いね。でもそう言うのはカメラが回ってるときにお願いします。
「じゃあ、ざっと説明しますよ。」
俺は今日の撮影の流れをみんなに説明した。
まず、撮影開始の導入部分で、初回の挨拶とメンバー構成を紹介する。
そして、趣旨説明として、ノーカットで撮る映像と編集済みの映像を同時公開する旨を伝える。なぜなら、心霊ファンは編集の手が入るのを嫌うからだ。
細工なしという自信を同時公開することでアピールする。
メンバーの紹介をして、玄ちゃんを見せびらかす。
そして、建物の中に入る。というイントロだ。
中に入ったら後は、アドリブで。
何も起きなくても、適当に怖がればいい。
一通りの流れを説明して、撮影の準備を始める。
おしゃべりする百合子ちゃんと玄ちゃんの２ショットは、妬けるけど絵になった。
可愛い女の子にイケメンだからな…ちぇっ
俺はプロデューサー的ポジションなので進行役で仕切っていく。
益田は飄々としているので、キャラとしては立っていると思う。
「これを俺が言うから、皆適当に挨拶してね。」
は～いとお返事いただいたので、早速撮影に入る。
「こんばんは。映研梅ちゃんの“心霊スポット除霊訪問”のお時間です。初回という事で、まず今回同行するメンバーを紹介したいと思います。紅一点、百合子ちゃんです。」
「どうも…よろしくお願いします…初めての心スポで、ホントに怖いです…」
いいね、可愛く映ってる。
「そして、カメラマンの益田。彼は一番後ろから、僕たちの様子を撮影する人です。」
「どうも～」
まぁ、言う事なんて無いよな…
「そして、今回！特別にご同行＆除霊人員として来てくれた、僕の恋人玄ちゃんです。」
「ちょっと待ってください。」
何だい、百合子ちゃん…
俺が良いって言うまで勝手にしゃべっちゃダメだよ。
「玄太さんは梅ちゃんの恋人じゃないです。念のため、ノーカットで流すんですよね？これ？ちゃんと言っておかないと、ほら、誤解されちゃうから…そう言う冗談って。」
あぁそうかい。フンだ！
「玄ちゃんはお寺の息子で、こういう事象も詳しいので、いろいろお話伺いながら見ていきたいと思います。」
益田のカメラがパンして建物を下から仰いで撮る。
うん。不気味だよ。
今更だけど、霊なんて信じてないけど、不気味なもんは不気味だ…
「玄ちゃんは俺の後ろで、次に百合子ちゃんね。」
玄ちゃんの腕を触って、ドキドキ緊張する興奮を抑える。
「梅ちゃん、怖いの？」
玄ちゃんが俺を優しい声で煽ってくる！
「怖くないよ。ただ、ちゃんと並んでほしいだけだよ。」
俺は涼しい顔してそう言うと、懐中電灯で前を照らして建物の入り口を探しながら撮影した。
「うわ、草が顔にあたる…」
「梅ちゃん、俺が先に歩こうか？」
なんだ、身長高いですアピールか？玄ちゃん、あざといぞ！
俺だって、１７０㎝はあるんだ。たまに１６８㎝になるけど、実質１７０㎝あるんだから。
「おお、入り口に到着しました。すごい…ボロボロですね…」
廃墟と化したペンションの入り口前に到着する。
扉なんてあってないようなもので、野生の草がワイルドに方々を荒らしまくっている。
じっとりと重たい空気に背筋が冷える感覚がする。
百合子ちゃんが怖がって震えているのが視界に入る。
俺は益田に目配せしてその様子を撮影させる。
最低だけど、撮れ高を考えると女の子の怖がる絵は必要な要素なんだ…
俺は懐中電灯を玄ちゃんに渡して、ヘッドライトを装着した。
片手に携帯カメラを持って、中に入って行く。
「ここは、ペンションのエントランスになります。階層的には1階かな。当時の物がまだ残っているのか、床にはパンフレットなど散らばっています。」
どこから入ったのか分からない水分で、床がびしょびしょに濡れていて、スニーカーを履いて来た事が正解だったと安堵した。山の中にあるせいなのか、湿度が異常に高い。俺は玄ちゃんの方を見て聞いて見た。
「玄ちゃん…濡れてるの何でなの？」
「さぁ…」
益田がカメラを向けて待ち構えていたのに、さぁ…だけ？
もう…玄ちゃんは分かってないな…
「梅ちゃん…怖いよ、もうやめよう？」
百合子ちゃんが悲鳴のように声を裏返して言う。
この子は分かってるね。その調子！頑張って！
「大丈夫だよ。まだ１階だから、ここのペンションにはいくつか噂がありまして、３階の３０１号室に女の幽霊がたびたび目撃されているという事です。今回は、その問題の部屋、３０１号室に行って、噂が本当か確かめてみたいと思います。」
「え～っ！」
いいね、百合子ちゃん。君の声は凄く良い！！
益田がエントランスの内部をカメラをパンさせて撮影している間、俺はカウンターの上に置いてある黄色い色をしたお札を見つけた。
「玄ちゃん、これ何のお札？」
指でつまんで持ち上げると、玄ちゃんが少し怒って俺に言った。
「梅ちゃん、あんまり触ったらダメ。意地悪な人が何かしている可能性もあるから、こういうのは見つけても触っちゃダメだよ？良い？」
意地悪な人？それって裏に剃刀の刃がついているとか？
俺はとりあえず元の場所にお札を戻して、玄ちゃんにテヘペロした。
エントランスを抜けて、暗闇に包まれた廊下を奥に進む。
山の霧が落りて来たのか、視界が一気に曇る感じがする。
俺の足に何かが絡まった気がして、下を見た。
「ツタかな？何か足に絡まった気がした。」
俺がそう言うと、玄ちゃんが俺の足をパッパッと手で払ってくれた。
気のせいだったのかな…随分ずっしりとしたものに足を取られた気がしたけど、床には落ち葉しかなかった。
「ここは、従業員の詰め所みたいな場所？ですかね…廊下にロッカーが置いてあって、目の前の畳の部屋には、お茶くみ用のポットと、お茶セットが置いてあります。本当に、生活感がそのまま残っている感じがします。緊急時にはここに住めそうです。」
俺がそう言うと、益田が少し吹き出した声がした。
「百合子ちゃん、大丈夫？」
空気が重くなって、ジメジメ度の上がった場所で、撮れ高女子にカメラを向ける。
「…気持ち悪い。ちょっとここの部屋、早く出たい…」
良いね！さすが、分かってるだけある！そうだよ、そういうの絶対必要だよ。
「じゃあ、百合子ちゃんは廊下に出てて良いよ。俺、中をぐるっと回るから…」
俺はそう言うと畳の部屋に土足のままであがり、部屋の中を携帯のカメラで撮影する。戸棚の中に湯飲みが残っていたり、座布団がいくつも重ねられていて、本当にここに住めそうだと思いながら撮影する。
ふと、部屋の奥、窓の上部に、何かが見えた気がして視線を上げる。
気のせいかな…バスケットボール位の塊が、シュッと隠れた様な気がしたんだけど…
もっと近づいて窓の外を確認する…何もないみたいだ。
山の方から、サルみたいな泣き声が一声、聞こえた。
気付けば１人、従業員の詰め所を撮影してる。
後ろを振り返っても誰も居なくて、急に怖くなってくる。
「玄ちゃん…玄ちゃん…？」
俺が呼んでも、顔も出さない玄ちゃんに少しイラっとする。
「玄ちゃん、なんで来てくれないの？」
俺はみんなが居るであろう部屋の外に、ドカドカと足音を立てながら行く。
「あれ…？みんなは？」
廊下に出ると、皆の姿が無く、ただじっとりとした空気が俺の足元に纏わりついて来た。
置いてけぼりにされたの？
最低だ…
玄ちゃんまで居なくなるなんて…
俺は苛ついた気持ちをかみしめながら、廊下の突き当りの部屋を撮影しようと、さらに奥へ進んだ。
グッと腕を掴まれて引き戻される。
「梅ちゃん！」
急に頭の上から玄ちゃんの声がして、驚くと同時に、百合子ちゃんの耳をつんざく悲鳴が聞こえて焦る。
「何？え、何？」
玄ちゃんに引き寄せられて、自分が向かおうとしていた方向を見る。
廊下は奥まで続いているのに、朽ちた床が抜け落ちていて、危うく下に落ちてしまうところだった…。
「こわっ…」
玄ちゃんに抱きついて、恐怖を和らげる。
「なんで、さっき一人ぼっちにしたんだよ？こういうところに来たら、個人行動は死亡フラグなのに、なんで置いてけぼりにしたんだよ！」
泣いている百合子ちゃん以外の男どもに抗議する！
１人になって、焦ったから足元をよく見れなかったんだ。
「居たよ？ずっとここに居た。それなのに、お前はひとりで歩き始めて…」
あの冷静沈着、飄々男の益田が、顔をこわばらせて話すから、俺はもっと怒って言った。
「んな訳ないよ！部屋にいた時、玄ちゃんの名前を呼んだのに、来てくれなかった。だから、俺は置いてけぼりにされたと思って、１人で、こっちの方を探検しに行こうと思ったんだよ。そうしたら、玄ちゃんの声が聞こえて、今に至る。」
泣いてる百合子ちゃんが撮れ高の高そうな切実な顔で言う。
「私たち、ずっとここに居たよ。梅ちゃんに声を掛けてるのに、まるで見えてないみたいに視線が合わなくて、怖かった…」
「梅之助、危ない。お前は狙われている。」
何に？え、何に？
「じゃあ、玄ちゃんが守ってよ。」
俺はそう言って、来た道を引き返すと階段のある廊下へ歩みを進めた。
「梅、マジでやばいかも…俺さっきのちょっと怖かった。」
益田がマイクをオンにしたまま話してくるから、俺は無視して先に進んだ。
先ほど、俺が落ちそうになった廊下の方からガチャン！と物が落ちる音がする。
「キャーーー！」
百合子ちゃんが叫んで身を縮める。
彼女が叫ぶ姿が面白くて、口元がニヤけてしまう…
「梅、一旦外に出よう…」
玄ちゃんが俺の手を掴んで引き留めるから、俺はその手を払おうと振って抵抗した。
「離して！上に行きたいの！」
俺は玄ちゃんを睨んで威嚇する様に強い声で唸る。
「何で上に行きたいの…？」
そんな俺にいつもの様な優しい口調で話しかけてくる。
「だって、会いに行きたいの！」
玄ちゃんの優しい声も、優しい目もムカムカするくらい、嫌いで、手を離してくれない苛つきが沸々と湧き上がって、塊になって、簡単に怒りの感情で満たされた。
俺に視線を合わせながら、俺じゃない人に尋ねる様に玄ちゃんが聞いて来る。
「誰に？」
そんなの決まってる…俺は迷う事なく言った。
「お姉さんに…」
ん？
お姉さんって誰だ？
そう思った瞬間、畜生…という抑揚のない女の声が頭の中でして、戸惑う。
あれっ？あれ？と戸惑う俺に周りのみんなも動揺し始める。
「お姉さんにもう一度会って、ちゃんと話がしたかった…」
俺の口が勝手に動いて、そう言うと、腕を掴む玄ちゃんの腕に、ニュッと女の細い腕が蛇みたいに絡みついた。
その瞬間、パっと玄ちゃんの手が離れて、俺はその隙に走って階段を上る。
この上に、お姉さんが居る…。私に会いに来てくれた。
私の事…忘れていなかったんだ…
そんな嬉しい気持ちと切ない気持ちを抱きながら、そのお姉さんが誰なのかも分からないのに、階段を３階まで登りきる。
自分の意志とは別に、誰かの感情が乗り移った様な不思議な感覚だ。
…どうやら俺はお姉さんに会いたい誰かに、憑りつかれているみたいだ。
後ろから玄ちゃんの声がしているけど、話している内容より、彼の口からでる音が頭を痛く締め付けてくるから止めてほしかった。
「お姉さん！来たよ！私、来たよ！」
そう言って、３０１号室に入ると、中はとても綺麗で廃墟とは思えないくらい普通だった…
営業しているホテルの様な綺麗さに驚きながら、奥へ進む。
「お姉さん？お姉さん？私、会いに来たよ？」
部屋に姿が見えなくて、聞こえてくるシャワーの音にお姉さんが今シャワーを浴びている事を理解して、浴室の前で立って待っていた。
全然止まないシャワーの音に、急に不安になって中に入る。
浴室の曇りガラスに、お姉さんのシルエットが見えて安心する。
浴槽に入っている状態なのか、黒い髪の毛が見えた。
「お姉さん？私来たよ…ねぇ、声を聞かせてよ…」
浴槽の扉の前で、しゃがみ込むと、黒い影に向かって話す。
「本当に寂しかった…お姉さんと離れてから、何もする気がしなくなって…悲しかった。でも、私に会いに来てくれたんだね…嬉しい…嬉しいよ…」
「梅ちゃん！」
玄ちゃんの声が頭の上からして、声の強さに驚いて見上げると、彼は厳しい顔をしながらお経をあげていた。
周りの景色が一気に暗くなり、さっきの綺麗な部屋ではなく、汚れてカビだらけの部屋の壁に驚いた。
「どうしたの…？怖い顔して…」
俺が玄ちゃんに尋ねても、視線を合わせないでお経をあげ続けている。
玄ちゃんの視線の先…俺がさっきまでお姉さんと呼んでいたモノが居る方向…
あの、黒い塊…
ギィィィギィィィィ…浴室の内側から扉を擦る音がする。
それはまるで、爪を立てて扉を掻いている様な音…
俺のすぐそばに…この扉を隔てた所に…何か、居る。
すると、突然浴室の扉が開いて、何かに腕をガシッと掴まれ、浴室の中へ引きずり込まれた。
真っ暗な浴室に引きずり込まれる瞬間…
玄ちゃんの怒った顔と、百合子ちゃんの叫ぶ顔がスローモーションで見えて、
撮れ高の心配をすることを止めた。
浴室の壁に背中を打って、悶絶し、視線を玄ちゃんに戻すと、バタン！とすごい勢いで目の前の扉が閉まった。
向こう側で、玄ちゃんがお経を唱えながら扉を開けようとしているのが見える。
静かな浴室の中…右側にある浴槽で何かが蠢くのが見える。
真っ黒な浴槽の中…ウネウネと蠢いていたかと思ったら、浴槽の淵に黒くて細い指が滑って伸びてくるのが見えた。
携帯カメラじゃなくて…ＧＯプロにしておけばよかった…
息をひそめて、蠢く物とその指先の動きを注視する。
黒い指はクネクネと指先を動かしながら、浴槽の淵を滑る様に行ったり来たりしている。
怖い…玄ちゃん…助けて
俺は浴室の扉の側まで四つん這いになっていくと、玄ちゃんの手が見える所に手を当てて叫んだ。
「玄ちゃん！怖い！何かいる！助けて！玄ちゃん、玄ちゃん！」
ふと、頭の上に誰かの手を感じて、目を瞑った。
あいつかもしれない…あいつが浴槽から出てきて、俺の真後ろに今、立っているのかもしれない…
何も見ない様に目を瞑って、玄ちゃんの名前を呼び続ける。
「玄ちゃん…触られた…怖い、どうしよう…玄ちゃん…」
「さっちゃん…来てくれたの？」
突然浴槽から女の人の綺麗な声が聞こえて、目を開けて顔を向けてしまった。
俺の顔の数㎝先に、黒い塊の顔らしきものがあった…
肩を張って、前のめりになるような姿で俺を見下ろしている…
ＧＯプロに…しておけばよかった…
顔面らしき場所に２つそれぞれ、動きの違う目が、ギョロギョロとまるで誰かを探しているみたいに、目玉を忙しなく動かしている。
恐怖に襲われて、口からだらしなく息が漏れる。
「…ああ…はぁはぁ…」
俺の息が白くなってそれにかかる。
ギロッとそいつの目が動いて俺を見る。
両方の目で、俺を見て言う。
「さっちゃん…じゃない…」
さっきの声とは違う。幾つものくぐもった声に恐怖が込み上げて悲鳴を上げる。
「んっ！…玄ちゃーんっ！！」
怖くて動けないって本当なんだ…
俺はただ泣きわめくしかできなかった。
それが俺の体を持ち上げて浴槽の中に入れる。
まるで井戸の中みたいに、浴槽の底に足がつかない。
「玄ちゃん！玄ちゃん！連れてかれちゃう！」
俺は浴槽の淵に必死に掴まって、そこに引きずり込もうとする力に抵抗した。
幾つもの手が俺の足、腰、腹に纏わりついて下に引っ張るから…俺は耐えられず下に落ちていった。
誰の記憶かも分からない視点で目ざめる。
褪せた色の視界…
俺は忙しなく働く、このペンションの従業員の様だ…
手元を見ると、あかぎれてしまったのか手の先が痛い…
窓の外を見ると粉雪が降っている。外は寒そうだ。
向こうの一本道から１台の車がやって来た。
「お客さんだ…」
そう言った自分の声は自分の物じゃなくて…幼さの残る女の子の声だった。
「いらっしゃいませ。」
慌ててお出迎えに向かうと、目の前に現れた女性に胸が痛くなって倒れそうになる。
その人は俺を見て、恋しそうな…苦しそうな目をした。
「お姉さん…」
俺がそう言うと、その女性は俺に視線を送りながら客室へと案内されていった…
胸が痛くて、悲しくて、怖くて…嬉しかった…
どんな顔をして会えばいいのか分からなくて、お姉さんの所に行く事をためらっていた。従業員用の詰め所で、気持ちを整えていた。
私に会いに来てくれた…お姉さんが、会いに来てくれた…
そう思うと、ポタリポタリと大粒の涙が床に落ちて、腹の底から止まらない感情が込み上げてくる。
「お姉さん…！」
居てもたってもいられなくなって、お姉さんの部屋に走っていく。
子供っぽくしない様に…、お姉さんをまた責めたりしない様に…
ただ、会えたことが…幸せだったって…伝えられるように…
お姉さんの部屋のドアをノックする。
応答が無くて、ドアノブに手を掛ける。
お姉さんの部屋の鍵は開いていた…
「お姉さん、お姉さん！私、来たよ！」
部屋に入って呼びかけるけど、応答がない…
「お姉さん？私、来たよ！」
浴室からシャワーの音が聞こえて、お姉さんが今シャワーを浴びている事に気が付いた。
居てもたってもいられなくなった私は浴室の前まで行って座って待った。
曇りガラスの向こうに、お姉さんが居る…私に会いに来てくれた…
指で曇りガラスを触る。
あの人にまた触れられるのかな…
愛する…私の愛するお姉さんに…触れても良いのかな…
いつまでたってもシャワーが止まらない様子に段々と不安になってくる。
ゆっくり立ち上がって浴室の扉を開ける。
目の前の浴槽の中に、彼女は居た…
真っ赤な色のお湯につかって。
シャワーを止めて、お姉さんに話しかける。
「お姉さん…私、来たよ…」
彼女の手を取って、彼女の頬に触れて、彼女の虚ろに開いた目を覗く。
反応のないお姉さん…
白い肌はもっと白くなって、赤い浴槽の中の色と美しいコントラストを描いている。
まるで人形の様に色の無くなった唇にキスする。
あの時したように…愛を込めて、キスする。
お姉さんの部屋を出て、そのまま来た道を戻った。
従業員用の詰め所に戻って、箪笥の奥にある大きな裁断ばさみを手に取る。
重くて片手だけでは持てない鋏を開いて、
自分の首にあてがった。
もっと違う形で出会っていたら、こんなことにならなかったのかな…
ただ、大好きで、愛していただけなのに…なぜ許されなかったのだろう…
苦しんで、死んでしまった、愛する人に今会いに行きます。
もう誰にも邪魔されないところに2人で行きます。
「お姉さん…今から行くからね…」
「梅ちゃん！」
俺の体を誰かが締め付けて振り回される感覚に我に返る。
「はぁっ！何？何なの？」
目を開けると、俺は従業員用の詰め所に戻っていて、手にはサビた重たいはさみが握られていた…
さっき見た映像と同じ…
ゾッとして鋏を手から離すと、ゴトンと重たい音を立てて床に落ちた。
「玄ちゃん…俺、浴槽から落ちたんだよ…そしたら女の子になってて…」
俺を抱きしめる玄ちゃんを見上げて状況を説明する。
周りには顔面蒼白の益田と、もう泣いていない百合子ちゃんが心配そうに俺を見ている。
「梅ちゃん、もうダメだ。終わった方が良い。」
俺は玄ちゃんの言葉に静かに頷いて彼の体を抱いた。
さっきまで味わった他人の感情が胸に残って離れない…
何で…死ななきゃいけなったの？
可哀想だ…
「梅ちゃん！引っ張られないで…！もう…！」
俺を見て怒る玄ちゃんが見える。
彼の頬に手を当てて撫でる。
やっぱりイケメンだ…
そのまま視界の端から黒く曇っていく。
もう、良いよ。
誰にも邪魔されない場所で、２人一緒になれたじゃないか…
何を怒ることがあるんだろう…
それとも、離れて暮らした方が…良かったのかな…
誰かの意識と自分の意識が混濁する中、耳元に玄ちゃんの声が響く。
まるで、鼓膜を震わせるような低くて響く音に、心地よくなって聴き入る。
「お姉さんと一緒になれたんだから…もう誰も呪わないで…」
俺はそう呟いて、玄ちゃんの声に身を委ねた。
体が震えて、足に力が入らない。
倒れる様に崩れる体を百合子ちゃんが支えてくれる。
おっぱいが当たって…ラッキーと思うのは…俺が男だからなの？
目の前に居る昔から大好きな人が、俺を両手で支えてくれてるのに…
しばらくすると、体から誰かの感情が消えていくのを感じた。
それはまるで共感した事が悪い事の様な、そんな負い目を感じさせる程の悲しみ。
そっと、目を開ける。
もう、あの慟哭するような感情は俺の中には無かった…
心が筋肉痛を起こしたみたいに鈍く痛むけど、もう平気だと直感で分かった。
それでも、まだ玄ちゃんのあったかさを感じていたくて、彼に抱きついたまま静かにしている。俺が動いたら、離れてしまうから…このまま動かないで静かに彼に抱きしめられた。
「もう！そういうのはお前じゃなくて、百合子ちゃんの担当だろ？なんで、お化けに憑りつかれて、死にそうになるなんて、初回から飛ばしすぎなんだよ。」
車に戻ると、益田が急によくしゃべる様になって、憑りつかれたんじゃないかと心配になった。あんな経験したから、怖かったみたいだ…
百合子ちゃんは大分表情が柔らかくなって、いつもの彼女に戻っていたけど、弱いメンズに囲まれてしまったせいか…彼女は強くて、頼りがいのある女の子になってしまっていた。
俺があんなになったせいか、心配そうにして気遣ってくれる…優しい女の子であることは間違いない。
玄ちゃんは俺に除霊の術をしたみたいだけど、完全にあの場所からあの人たちを除霊するのは無理だと言った。
「思いが強すぎると、がんじがらめになっちゃうのかな…」
俺が呟くと、玄ちゃんが頭をナデナデしてくれた。
このまま結婚したいな…
初回からこんな風になるなんて…この先が不安になった。
後日、撮影した映像を吉尾に渡す。
「どれどれ～。合計で3時間か、そんなに長くないね。一度見て見るよ。」
彼がそう言って視聴し始める中、俺はソファに寝転がってぼんやりと彼の後ろ姿を眺めている。ふわふわの髪の毛は癖っ毛なのかな…天使みたいだ。
吉尾は映像研究会屈指の凄腕編集者だ。俺と気が合ってこのYouTube企画に快く乗ってくれた。現地には行かないことを条件に編集の一手を担ってくれている。見た目はアメリカのドラマに出てきそうな天然の茶髪に丸眼鏡、本でも読んでそうな草食系男子だ。
益田は典型的な若年寄で、飄々とした口調から結構女子に人気があるのだが、前述した通り、年寄みたいで元気がない。デートに時間を使うくらいなら寝るのを選択するような男だ。モテても彼女の居ない理由だな。
百合子ちゃんは今どきの女子だ。。今どきのファッションと今どきのメイクをして、かわいらしく笑う姿が好印象だ。しかし、この前の廃ペンションでの精神のリカバリー力を考えると、意外と芯のしっかりした強い子なのかもしれないと、印象が変わった。
玄ちゃんは言うまでもなく、俺の好きな人だ。
子供の頃から優しい玄ちゃんが大好きだった。
サラサラの髪の毛と、端正な眉毛…ちょっとうっとりしたような目が可愛くて好きなんだ。イケメンだよ？もちろんさ。
俺は奥二重のイケメンだ。彼女は出来た試しがない、２０歳だ。
吉尾ほどボンバーじゃないが、うねる癖っ毛の持ち主で、ツーブロックにしないと襟足が暴れるから、子供の頃から変わらない髪型をしている。
天井を見ながらぼんやり手のひらを見つめる。自分の目のフォーカスを天井と手と合わせて遊ぶ。バイトで疲れたのかな…それとも、憑りつかれると疲れるのかな…
眠たい…
「梅ちゃん、コレ…結構やばい目に遭ってるね…」
気が付いたら眠っていた様で、俺は吉尾に起こされて体を起こした。
「何が？何がやばいの？」
そう聞くと、俺を手招きして隣に座らせる。
「これは益田が撮影した分の映像だよ。」
吉尾はそう言うと、タイムラインでチェックした所に映像を飛ばして再生させた。
俺が何かに足を躓いた時だ。
俺の足に誰かの手が絡みついているのがハッキリ見えた。
腕の先はない…
白くて細い腕だけ、絡みついている。
そして、玄ちゃんがそこをパッパッと手で払っている所まで映っている。
「これ、どうする？」
吉尾が俺の顔を伺いながら聞いて来るから、俺は画面を見たまま答えた。
「このまま使う。こんな面白いもの撮れるなら、悪くない。」
他には？俺がそう聞くと、吉尾はまたタイムラインを移動させて再生した。
俺が３０１号室に入った時の映像。
俺の手に持っていたカメラが撮影モードになったまま当時の事を記録していた。
「お姉さん…会いに来たよ…」
そう力なく呟く俺の声は、自分の声ながら不気味に聞こえる。
「見てて、一瞬映るから…」
そう言って吉尾がスロー再生させると、俺の手が振れるタイミング、部屋の奥が一瞬映る所。そこには、天井に頭を付けて少し首を傾げた大きな女が映っていた…
髪の毛で顔は見えない。しかし、明らかに背の大きさ、スケールがおかしい女がゆっくりと俺の方に体を動かす様が映っていた。
「きも…何これ、きもいわ…」
次は？俺が聞くと、次のポイントに移動して再生させる。
俺が浴室に閉じ込められた所だ。
浴室の壁に体を打ち付けて顔を持ち上げる自分が映っている。
「これは何処が怖いの？」
俺が聞くと、吉尾は映像の明るさを変えて、もう一度再生した。
浴槽の中で、俺をじっと見る女がいる事に気付いた。
お湯も水も何も張っていなかったはずの浴槽に顔の上だけ覗かせて、俺を見てニタニタする表情までしっかりと収まっていた。
「これ、無修正で出すの、やばいんじゃない？」
「なにが？」
「呪いのビデオとか、言われるよ？」
「知らねぇよ…自己責任でお願いしようぜ。これ、絶対伸びる。」
俺はすっかり上機嫌になった。
この手の物は何だかんだと興味を持って見てしまうんだよ。特に怖いものに関しては…プラス、イケメンの要素、可愛い子の要素、本当の心霊現象…この3点セットは絶対伸びるに違いない…！俺はこの時点で自分の企画の成功を確信した。
「３０分に編集して、今夜の７：００に無修正と抱き合わせで同時公開しよう。心霊フリークの反応を次に生かしたい。」
あと、最後にさ…と吉尾が言って俺に映像を見せる。
玄ちゃんが俺を抱きしめて除霊しているシーン。
なんだ、結構絵になってるじゃん…ちょっとドキドキしながら見る。
「玄ちゃん、かっこいいだろ？俺の彼氏なんだ…」
吉尾にそう言ってふざけていると、彼はパソコンの画面を指さして俺に見せた。
俺を抱きしめて除霊している玄ちゃんの目が、明らかに赤く変色していく様子が収められていた。
「これは…？これはどうする？」
吉尾の問いに俺は即答する。
「そこは編集しろ、ズームして玄ちゃんが映らない様にしろ。」
そしてそのままソファに横になると、携帯電話を取り出してみんなにメールする。
“心霊映像、沢山撮れていたよ！次は何処に行きたい？”
不思議と玄ちゃんの目の事を深く追求しようと思わなかった。
ただ、彼の俺を抱きしめている手と、苦しそうな目が痛くて、それ以上見ることが出来なかった。
「すごい反響だよ？」
ＹｏｕＴｕｂｅに公開した直後からコメントの嵐で目が追い付かない。
俺は玄ちゃんの家に報告にやって来ている。
彼の家のリビングでノートパソコンを開くと、我が物顔でソファにうつ伏せに寝転がって、玄ちゃんの膝にノートパソコンを当てて言った。
「ん～、もうやめた方が良い。梅ちゃんは、狙われやすい。」
「そんな事ない。そして、その時はまた玄ちゃんが助けてくれたら良いじゃん？」
YouTubeの俺のチャンネルに移動して、３０分に編集された動画を再生する。
「おじちゃんも見て！俺が作ったんだよ？」
玄ちゃんのお父さんが、どれどれ～と俺のノートパソコンを奪って、ソファに座ると俺の背中にノートパソコンを置いた。
「なんだ、梅之助はこうやって見るといい男に見えるぞ？」
どういう事だよ…それ
俺はうつ伏せになりながら、玄ちゃんの服の裾を弄って待つ。
「ん～、ホントだ。梅之助にゾロゾロ付いて来るな…」
「何が？何が？」
頭を後ろに向けるけど、体が硬くて後ろを振り向けない…
仕方ないので玄ちゃんの膝を指でこしょぐって遊ぶ。
「あぁ、梅之助。悪い事は言わない…もうこういう所に行くのは止めなさい。」
「え～～～！」
俺は飛び起きて玄ちゃんのお父さんを見た。
手にノートパソコンを持って、パタンと閉じると俺を見て厳しい目をして言った。
「お前は後ろにゾロゾロ大行列が出来るくらいの、幽霊ホイホイだ…。いつか大変な目に遭うから、そうなる前に、自分を守るために、こういう所に行くのはやめなさい。」
いきなり言われた企画中止の勧告…
せっかくこんなに視聴回数が伸びているのに…？
俺の読みが当たって、これからって時に…？
「分かったよ、おじちゃん。もう行かない。」
俺は聞き分け良くそう言うと、梅ちゃんの方を見た。
俺が本気でそう言ってないって分かってるみたいに、呆れた顔をして見ていた。
だって、おじちゃんは怖いんだ…ハイって言うまで怒られるのなんて嫌だ。
俺はソファに仰向けに寝転がって、玄ちゃんに膝枕してもらった。
「何でかな～？何でそんなに付いて来るのかな～」
俺を見下ろすと、玄ちゃんがため息をつきながら言う。
「今に始まった事じゃない。」
あぁ、そうかい。
でも俺は諦めてないよ。
夜出かけるとおじちゃんにばれてしまうから、お昼でも行ける心スポを探そう。
そして、この頑固者を説得して、また連れて行くんだ。
「さてと、バイトに行こう～。玄ちゃん、またね。」
俺は彼の膝枕から退くと、ノートパソコンをリュックにしまって背負った。
「おう、気を付けてな～。梅之助、また来いよ～。」
頑固者達に手を振って俺は玄ちゃんの家。寺を後にする。
左手にお墓が見える。幾つかのお墓から線香の細い煙が天に向かって伸びていくのが見える。
「梅ちゃん、今日はどうしたの？」
突然俺の名前を呼んで話しかけてくる、この声の主を俺は知っている。
玄ちゃんは絶対しゃべっちゃダメだって言ってる。
「梅ちゃん…一緒においで？」
俺はその声を無視して、聞こえないふりをして、玄ちゃんのお寺を出る。
俺のバイト先は、小さな個人経営の喫茶店だ。
俺はここで高校1年生の頃からバイトをしている。
今は大学3年生だから、かれこれ、６年も居る事になる。
週3のシフトで月7万。悪くないだろ？
窓にステンドグラスが施された店内は、夕暮れ時になると店の床に綺麗な色を落とす。この彩られた床が好きだ。
「梅、大学もあと1年だね。その後、どうするか考えてるの？」
オーナーの奥さんが俺の進路に興味津々なのは高校生の頃からだ…
「まだ何も考えてないよ。それよりさ、俺YouTube開設したんだよ。」
俺の発言に奥さんはうわ～！と大声を出して言う。
「ユーチューバーになるなんて言い出さないで！昔から、変わった子だったけど…。ダメだよ？ユーチューバーだけにはなっちゃダメだよ？」
話を最後まで聞かないのも、高校生の頃からだ…
俺の両親は俺が幼い頃に亡くなっている。
車の接触事故で、両親は即死だったそうだ。
赤ん坊の俺も大けがを負ったが、奇跡的に回復しその後は、施設に入って同年代の子供たちと過ごした。
大学の授業料は特待生なので免除されている。
今はひとり暮らしして、家賃や生活費をバイトで稼いで暮らしてる。
「将来の夢とか、聞いておきたいわ…」
だからだ、だから、オーナーの奥さんは俺の事を息子の様に可愛がって、干渉してくる。嫌いじゃない。お母さんが居たら、きっとこんな風に心配するのだろうから…
「将来の夢…考えた事ないけど、見つかったらおばちゃんに教えるね。」
俺がそう言って笑うと、奥さんも嬉しそうに微笑んで頷いた。
この店は古くからやっているせいか常連さんの癖が強い。
今、俺の目の前で担当者と揉めている人もその内の1人。大文字先生だ。
この大文字先生は、所謂心霊研究家で、たまにテレビの心霊特番に呼ばれて出演しているのを見かける。
この前行った心スポの場所は彼から聞いた。
もしかしたら、俺の求める心霊情報を持っているかもしれない…俺はそう思って1人になった彼に声を掛けた。
「大文字先生、昼間も行ける心スポってあるのかな？」
俺の問いに少し視線を外してから俺の目を見る。
この2段階視線…いつも興味のあることを言う相手を見る時にする、先生の癖だ。
「あるよ。あるけど、梅ちゃん行くの？この前の所じゃ足りなかったの？」
「そんな事ないよ。すごかったよ。俺のYouTube、教えるから後で見て見てよ！凄かったよ？おかげで怖いの沢山撮れたもん。」
俺の話に眼鏡の奥がキラリと光った。
「絶対見るよ」
大文字先生はそう言って手帳を出した。
俺は自分のチャンネルのタイトルをそこに書いてあげた。
先生は老眼だから、今掛けてる眼鏡だと字が読めないんだ…
ペラペラと紙をめくって破れたページで止まる。
「ここにアナトミーって書いてある？」
俺は差し出されたページに目を落とす。
「書いてあるよ。精神病院なのに…解剖するの？」
そのページには乱暴な覚書で、精神病院、アナトミー、地下、独房…
など、マイナスワードが羅列して書かれている。
プラス不気味な絵が付いていて、かなりハードな雰囲気が手帳からも伝わってきた。
「ここは、むかし精神病院だったんだけど、当時精神疾患が今ほど理解を得られていなかった時代の病院なんだ。だから、患者は年がら年中拘束されたり、薬漬けにされたり、決して良い環境でケアを受けていた訳では無いんだよ。でね、当時海外の医師が精神病には脳の中のある部分が関係するって提唱し始めてね…。」
大文字先生はそう言うと、俺の方に向き直って人差し指を自分の鼻にあてて言った。
「ここから長い針を、こうやって奥に差し込むんだ…そして脳幹をね…こうグリグリとかき混ぜて…」
「グロい！」
聞いてるだけで気持ち悪くなってきて、俺は大文字先生の詳しい話を止めた。
「ここなら昼間でも十分怖いよ…。病院の中は迷路みたいだし、窓には鉄格子がはめられてるし、隔離施設だから、周りに何もないし…。どうする？行ってみたいなら話を付けてあげるよ？」
一応誰かの所有物なので、中に入るには許可が要る…
俺は大文字先生を見ながら頷くと、先生の手帳を写真に撮って保存した。
「梅ちゃん、ここはマジで気を付けて。」
良い情報を得た！
俺はは～い。と返事して裏に戻ると、出来たばかりのナポリタンを先生の目の前に置いた。
さぁ、忙しくなるぞ！
