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人魚は悪魔に恋をする  作者: 秋月雅哉
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迎えの使者

結婚が決まってから、リーゼロッテは近い未来夫となるベリル公爵に記念品としてタリスマンを作っていくことに決めた。

人魚のつくるお守り、つまりアミュレットや護符であるタリスマンは旅の無事を願うと同時に、とくに船旅では強い加護の力を与えるといわれている。

リーゼロッテが住まうのは南の大海で、アステロイド家の城、通称悪魔城は北方の領土になる。

船で一週間、陸路で三日かかる旅路だ。

(里帰りは、きっとできないわね……)

十七年自分を揺籃のように抱いてくれた温かな海から離れ、リーゼロッテは夜と氷の国へと嫁いでいく覚悟を決めている。何があっても悪魔公爵の妻として、海を加護する人魚の姫として、毅然と面を上げて生きていこうと小さな誓いを芽吹かせて。

タリスマンに選んだのは海でしか取れない蒼琥珀だ。

一説では海水が長い時を経て変質したとも、人魚の涙が長い時を海に抱かれて宝石となったのだともいわれる、とても貴重な宝石だった。

裕福ではないリーゼロッテの家では購入することができなかったため、蒼琥珀が取れると噂される領海へとリーゼロッテ自ら出向いて一週間探し続けて見つけたものだった。

(どうかベリル様の行く末に、そして願わくば私たちの未来に海と夜の加護がありますように……病める時も健やかなるときも、夫婦で力を合わせて嵐の夜を乗り切れるだけの絆が生まれますように)

琥珀は時の石。ゆるりゆるりと時間をかけて時を閉じ込めた意志だ。

蒼琥珀のお守りに連ねる玉飾りには南の海のような綺麗な青緑のエメラルドを選んだ。故郷の海。リーゼロッテの暮らした世界をいつか、ともに語らえるように。

そしてベリルとはエメラルドを含む緑柱石の総称であり、人魚であるリーゼロッテと悪魔公爵ベリルの縁つなぎとして、海の象徴とエメラルドはいい組み合わせではないか、と長らく考えて思い至った結論だった。

「気に入ってくださるといいけれど……」

蒼琥珀を見つけるまでに一週間を費やした。そろそろ婚礼の承諾の返事が、悪魔城へと届いていることだろう。

婚礼の儀に両親が立ち会えないのは残念なことだが、子はいつか巣立つもの。

せめて手紙をたくさん書ければ、と思うがインク代や郵送費も馬鹿にはならない。

水鏡や伝心鏡という魔法具があれば遠くにいる相手とリアルタイムで話すこともできるが総じて高価で貴重なものだ。

この景色を覚えておこう。

リーゼロッテは毎晩寝る前にそっと城の中を歩いた。

この潮の匂いを覚えておこう。

リーゼロッテは日中は城下町へ降りて結婚の決まりを祝われながら人魚の民と語らった。

この空の色を、覚えておこう。

ある時は海底から浮上し、岩に腰掛けて陽の光や月の光を当てながらタリスマンの力を強め、潮騒を聞いて故郷の空を眺めた。

そして結婚の申し込みから約半月後、とうとう悪魔城から迎えの使者が南の海の領地へ入ったと知らせがあった。

人魚の加護を受けたアミュレット、水泡の雫と呼ばれる魔法具を持つものは身に着けることで水にぬれることなく水中を行きかい、呼吸や会話をすることができるようになる。

そうしてやってきたのは魔族の一行。

ベリルの弟、ノーチェを名代にやってきた一行はあわせて八人。末広がりで縁起がいいとされるこの数字は、エトワールでは慶賀の使節に好んで用いられる。

「ご機嫌うるわしゅう、レディ・リーゼロッテ。兄の名代として、御身を悪魔城へお連れします」

「初めまして、ノーチェ様。遠路はるばる、お疲れ様でございます」

「いえ……お別れは、お済でしょうか?今しばらく、郷里との別れの時間を設けますか?」

「……いいえ。別れを偲べばきりがなく名残惜しくなるばかり。皆様が休息され、両親への挨拶がすんだら、私は悪魔城へと嫁いでいくことに異論在りません」

「さようでございますか……兄は、貴方を待っていることでしょう」

「文化の違いが多く、最初のうちはお互い困惑することも多いでしょうが……両家にとって善き縁談であったと思っていただけるよう、私も精いっぱい北の風習、魔族の文化へなじんでいきたいと思います。ノーチェ様もどうかご助力願いますね?」

「勿論です。妹のスピカとは年も近く、あれもきっとリーゼロッテ様のために心を尽くすでしょう」

そして別れの宴と、ノーチェを仮婿としてリーゼロッテの両親が参加するための仮の婚儀が盛大に執り行われ、一行が到着して三日後に南の海に愛された人魚姫ははるか遠く北の魔族領へと嫁いでいったのだった。

「元気でね、リーゼロッテ」

「気負いすぎず、無理をせず、身体を大事にするんだよ」

「はい、お母様、お父様。リーゼロッテはお二人に育てていただいて、幸せでした。お父様もお母様もお体を大事に、幸せに暮らしてください」

銀色の髪が海流になびく。蒼い目から真珠のような涙がこぼれて、流れていった。

(今私が流した泪も、いつか蒼琥珀へと変わっていくのかしら?)

目指すは北、氷に閉ざされた極寒の、夜の貴族が住まう世界。

なじみのない場所へ嫁いでいく心細さにぶるりと身を震わせながらも、リーゼロッテはこれから陸で暮らしていく上で必要になる二本の足で、そっと自分を連れていく船の甲板へと上がったのだった。

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