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狼男とロマーシカ  作者: 鈴河鳴
第二章 初めての町/Chaser is looming
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2話 夢見の悪い枕の正体

 がたりごとりと軽快な音を響かせて、列車は駆ける。

 軽く揺さぶられる心地に意識が浮上してしまえば、少女は思わず呻きを漏らした。

 長い睫毛を震わせて、ゆっくりと瞼を持ち上げる。

「ここ、は……」

 瞬きを繰り返すうちに鮮明になる視界には、見慣れない光景が映っていた。記憶を探ってみれば、いつか見た機関車の中の光景に似ている気がして――。

 そこで少女はハッとする。そうだ、確か屋敷を飛び出て、今は魔動機関車に乗っていたはずだ。あのルカー・ニキートヴィチもついて来ていたと思うのだけれど、なんて考えながらふと頬に当たる硬い何かに気付いて、少女はゆっくりとそちらを見た。そして、小さく声を漏らす。

 寝心地の悪い枕だと思っていた。しかしそれは枕などではなく、太い腕だった。見上げた先にある顔は、今しがた思い浮かべたルカー・ニキートヴィチのものだ。

「やっと起きたか。あんなタイミングで寝やがってよぉ。しかも(うな)されて呻いて、うるせぇし」

 少女……ロマーシカが起きたことに気付いたのか、ルカーが不機嫌そうな表情と声で彼女を見下ろす。けれど彼女の方は、その表情にすら何故か安堵を覚えていた。屋敷を出てきてすぐに嫌な夢を見てしまったせいだろうか。夢の中の父に向けられたような、下卑た悪意が向かないだけで安心してしまう。決して安心して良い相手ではないはずなのに。

「おはよう、ルカー・ニキート……んん。ごめんなさい、腕を借りてしまって」

「ああ。全くだ」

 少女が欠伸を漏らしてから短く謝る。そんな少女にルカーは機嫌を直すこともなくロマーシカを咎める。それに嫌な表情をするでもなく、少女は窓の外を見た。

 どれくらい眠ってしまったのか、空は濃い群青が広がり、夜が明け始めたことを示していた。夕方でないと彼女が判断した理由は、車内に人が居ないせいだ。

 空の下では雪に囲まれた街道が少し向こうに見えて、それと同じルートを辿るように機関車は駆け続けている。流れていく景色を見ていると、雪が積もっている町の外で、どうして列車を走らせることができるのか……前に調べたことがあったのを思い出す。

 国やそれに属する領主の指示で作られた道は、安全に移動ができるよう、色々な魔法がかけられている。雪を溶かすための微かな熱魔法もその一種だ。機関車や一部の街道は国が管理しているし、それ以外の大きな街道は領主の管轄だ。おかげでよく使われる道は障害となる雪がない。

 そんなことを思い出しているロマーシカには、会話がないために退屈しているルカーなど目に入らない。しかし、やがて車内に響く音に違和感を覚えれば、意識が現実に戻って来た。

 聞こえる音は列車が走れば当然鳴るものだが、その違和感がどういったものか彼女はすぐに気付いた。僅かにズレて、音が二重になっている。まるで、こことは違う場所の音が同時に聞こえているみたいだ。いや、確かにその表現で正しい。

 彼女がそう理解するのとほぼ同時、どこからか車内に声が響く。

 隣に腰かけるルカーが、びくりと肩を震わせるのが視界の隅に映った。

「う、お。何だよ、またか。びっくりさせやがって」

 その台詞から、当然ではあるもののロマーシカが眠っている間にも何度か同じように声が聞こえたらしいことを知って、少女は今どこを走っているのか知るために、その声――車内放送へと耳を傾けた。

 声は男のもので、あと数分で次の駅に着くことを告げていた。告げられる駅の名は、少女には聞き覚えがあるものだった。彼女の父親――アイラト・ボリーソヴィチ・シュリギーナが治める町の一つがそんな名前だ。しかも、彼の領地の中では南端に位置している。

「なあ、さっきから何度か聞こえたあの声は何なんだよ」

 ルカーの声がかけられたせいで、少女の頭の中に広がっていた地図が突然に霧散する。

 少女は彼を一瞥すると、静かに頷いた。彼は百年前の人物なのだから、常識を持ち合わせていないことなど彼女にも理解できていた。

「あの声は車内放送。次はどこに向かうとか、もうすぐ着くとか、そういったことを知らせてくれるの。魔法で保存した声を届けている」

 この魔動機関車そのものが魔力を使って動く魔法具の集合体だ。どんな魔法具が入っているのか詳しく知る者はほとんど居ないけれど、大半の利用者が知るものの一つに、この車内放送用の魔法具が存在する。

 空気の振動、つまり音を保存し、魔力を送られることで、保存した音を増幅して発する魔法具だ。状況に応じてそれらが作動し、このように声が放送されるという。

 ――そんな少女の説明を、質問した本人であるルカーはどうでも良さそうに聞き流し、次の問いをかけたのだけれど。

「それよりも、いつになったら降りるんだ。正直ずぅーっと座ってんのも、退屈で仕方がねぇ」

 問いながら、ぎゅっと眉を寄せて不機嫌を露わにする。夜行性である彼はあんな時間に眠気が来るはずもなく、彼女が眠ってから今に至るまでずっと起きたまま、座りっぱなしだった。いい加減ちょっとくらい動きたいし、列車からも降りてしまいたいという彼の気持ちが伝わってか、少女は「そうね」と短く相槌を打つと、再び首を縦に振った。

「じゃあ、さっき放送された駅に着いたら降りよう。ちょっと早いけど、朝ごはんも食べたい」

 本当なら彼女は父親の領地など出てしまいたかったのだけれど、別の領地まで行くには少し時間がかかってしまう。これ以上彼を()らすのも酷だろうと考えた少女が答えると、ルカーはあからさまに安心した顔をする。それほどに、彼にとって暇な時間は苦痛だった。

 再び、今度は間もなく着くことを告げる車内放送が鳴り響いて、それから少しずつ列車が減速していく。やがてすぐそこに駅が見えた頃には、ブレーキによる甲高い音が鳴り響いていた。防音が施されているおかげでそこまで耳障りには感じないけれど、やはり気持ちの良いものではない。

 列車が止まると同時に、少女はそっと座席を飛び下りる。

 そうしてルカーに手招きをして、彼が立ち上がったのを確認すると出口へ歩いて行った。扉が開けば少女が先に降りる。続くルカーが恐る恐るといった体で足を踏み出すのを眺め、彼が二本の足で地面に立てば、少女は頷いて再び歩き出す。

 背後で甲高い汽笛が鳴り、列車が動きだすのを背に感じながら二人は乗り場を出て、改札を目指した。

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