1話 悪い夢
少女は、いつも通りに屋敷の一室――少女に与えられた部屋に居た。
大きなベッドの縁に腰かけて窓の外に広がる曇天を眺めていた少女は、背後で高く軋む音が鳴ると静かに振り返る。
音は、扉が開いたことによるものだ。扉と壁の隙間から照明の温かい光が部屋に差し込むのだけれど、その光を遮るように一つの影があった。
「……ちちさま」
「ああ、まだ起きていたのか。眠れないのか?」
声が震えるのを必死に抑えてそっと呼べば、暖色の光を遮る影――金の髪の男は、両目を細めて笑んだ。その表情と声に言いようのない嫌悪感を覚えながらも少女は極めて冷静に、表情を変えることなく答えた。
視線から逃げたいあまり、つい俯いてしまったけれど。
「ええ、少しだけ」
「そうか、それは大変だな。少しの間にはなるが、安心して眠れるよう、傍に居てあげようか」
まるで、優しい父親が幼い愛娘を気遣うような台詞と顔だ、と少女は思う。
彼女は母親のことなんて知らないし、父という存在も彼以外に知らないから、普通の親がどういった態度で子供に接するのかは分からないけれど、それでも、そう思ってしまう。
けれど、その顔や台詞に安心感を覚えることはない。
何故ならその表情は取り繕ったもので、笑顔の裏には醜く下卑た感情が渦巻いているのを彼女は知っていたからだ。その悪意に満ちた感情にずっと傷付けられていたのは、他でもない彼女自身なのだから。
「だ、大丈夫……です。一人で、眠れるから」
膝の上で重ねた両手をきゅっと握って、暫し視線を泳がせる。やがてゆるりと首を横に振って拒否を示す。
本当なら今すぐにでも逃げ出したい。嫌だ、いい加減にしてくれと叫んで、そこらにある物を手当たり次第に投げつけてしまいたいほどだった。
けれどそうしない。そうすることはできない。そういった契約を結ばれてしまっているのだ。下手に逆らえば自分は痛みを受け続けるから、相手を怒らせないのが一番賢い選択だと既に学習していた。「ああ、またか」なんて呆れに似た言葉を胸中で呟く程度は許してくれるだろう。
ただ、今回は少しだけ拒否の意思を示してみた。もしかしたら頷いて帰ってくれるかもしれないという期待を抱いて。淡い期待というのはこういうことを言うのだろう。
「そんな顔をして、大丈夫じゃないだろう。こんなときは相手の厚意を受け取っておくんだ」
少女の言葉に困ったように眉尻を下げながら、彼は後ろ手に扉を閉めると、少女の腰かけたベッドにゆっくりと歩み寄った。少女は何も返さない。
少女の元へ辿り着くと、彼は、静かに問いかけた。
「一緒に、寝てほしいんだろう? いつものように、ベッドに横になるんだ」
ゆっくりと、一言ずつ確かめるようにして男が紡ぐのを聞くたび、鉛のような空気が肺を支配するような感覚がする。何か魔法をかけられたわけでもないのに、彼の声を聞く度に息苦しさを覚えた。
けれど、それだけでは終わらない。最後に命令されれば、少女は嫌だと思っても従うしかできなかった。痛いのは嫌だった。
ベッドにのぼって、少女がそっと横になると、男も少女の隣に寝転がる。
少女が目を伏せ、十数秒。数分にも、数時間にも感じられる時間だった。時計のちくたく音が少女にはとても耳障りなものに聞こえていたけれど我慢していたのに、衣擦れの音と毛布の中に入る冷たい空気、それから更に身を寄せてくる異物に、とうとう堪えきれず薄らと目を開けた。
そこにはやはり、見慣れた父親が居る。慌てて目を伏せれば、面白がるような笑い声が聞こえた。彼女が身を強張らせるのも気にせず、男はするりと少女に手を伸ばし――ネグリジェを解いた。
そうしていつも通りに始まるのは、寝かしつけるように優しく背を叩くことでも、そっと髪を撫でることでもなく、少女に求めるには何とも行き過ぎた、何の意味もない営みだ。
発展途上な双丘を痛いくらいに揉み、既に硬くなったそれで腹を貫き抉り、掻き回される。
そんな、痛くて苦しくて気持ち悪い行為を意識しないように、きっとこれは悪い夢だと自分に言い聞かせて、ただただ少女は目を強く瞑った。夢ならば早く覚めてくれと願って。
お久しぶりです。
ロマーシカのちょっとした過去です。
言葉だけは取り繕ってるせいで、優しい台詞と行動の酷さが噛み合っていない父親。