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狼男とロマーシカ  作者: 鈴河鳴
第一章 遠くを目指して/She doesn't know
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5話 少女は何も知らない

「んん……何、もう。やっと眠れそうだったのに」

 体を無理矢理揺さぶられる感覚に、少女は伏せた瞼を億劫そうに持ち上げる。

 揺さぶってきた存在を責めるように細めた目で見上げれば、そこに居るのは可愛らしい顔立ちをした緑髪の女性だった。見慣れたその顔を確認すると、少女はすぐに体を起こす。

 目の前の女性がわざわざ彼女を起こすときは、決まって何かが起きていることを彼女は知っていた。

「何かあったの? シルヴァ姉」

 先までの眠たげな空気はどこかへ吹き飛び、表情を引き締める少女。それを見て女性は緑の双眸を細めた。微笑みと共に小屋の出口を振り向き、手を差し出すようにして示す。

「どうやら、お仕事の依頼があったようです。隊長さんが呼んでいますよぉ」

 女のゆったりとした穏やかな口調に少女の強張った顔が緩みかけるも、話の内容を反芻してすぐに戻った。

 少女の外見はまだ見習いにもならないような幼いもので、仕事という言葉はあまりに相応しくない。だというのに彼女は慣れたように頷いてベッドから降りると、女性と共に出口へと向かって行った。

 小屋を出れば、まだ暗い外ではまだ火が焚かれていた。少女の仕事仲間の一人が、得意な風の魔法で火が絶えないようにしてくれているのだ。そして見慣れた面々が火を取り囲むようにして腰を下ろしていた。

 それぞれ丸太に座っているのが、筋骨隆々な壮年の男と金髪の若い青年の二人。火の近くでは鳥のような翼と下半身を持つ異形の女が大きな体を地面に預けている。その三人ともが、近付いた二人に気付き視線を向けた。

「ああ、来たか。起こして悪いな。シルヴァもありがとう」

「んーん、気にしないで、隊長」

 鍛え上げられた巨体の男が困ったように笑いながら言葉をかければ、二人も微笑みと共に各々の言葉で気にしていないと返す。それから少女が隊長と呼んだ男の隣に、シルヴァと呼ばれた女が青年の隣に腰かけた。

 全員が座ったのを確認すると、隊長――アンドロスは、咳払いの後に本題を切り出す。

「まず、今回の仕事は……」

 現在彼らが拠点にしているのは、国の中でも北の方に位置する山のふもとだ。そこから近い場所に町がいくつか存在している。それらの町を治める男爵が彼らの雇い主であり、今回の仕事を依頼した人物だ。

 仕事をこなせば金銭を受け取るという契約で、彼らは定期的にその男爵が治める領土で依頼を受けている。国に頼むにはあまりに些細ではあるが男爵らでは手を付けられないような仕事を紹介されてこなすことが多く、今回の仕事もそれだった。

 ほう、と青年が相槌を打つ。自身の金髪を指に絡めて弄ぶ彼をちらりと見ながら、アンドロスは話を続けた。

「仕事の詳細だが、雇い主のご息女が攫われたらしい。連れ出されるところを守衛が止めようとしたが、手も足も出ず……とのことだ」

「へえ……それじゃあ娘さんと誘拐犯を見つけて捕まえればいいってことか、隊長」

 アンドロスの語りに、青年が軽い調子で問いかけた。淡い笑みを浮かべている彼に、アンドロスは静かに頷いて肯定する。

「ああ、その通りだ。ただ守衛が倒されたということもあって、誘拐犯は戦い慣れていると推測される。つまり、戦闘になる可能性もある」

「それは誰が行くんだ、隊長。警戒されないように、数は少ない方が良いだろう?」

 次に声をあげたのは、鳥の翼と下半身を持つ異形――ハーピーの女だった。彼女が問いかけた内容は、口には出さないものの皆が気にしていたものだったらしく、ちらりと彼女を見た後、全員の視線がアンドロスに集まる。

「そうだな。それは既に決めているんだ。なあ……」

 隣に座る少女の名を呼びながら、その肩に大きな手が触れる。選ばれたのは彼女だった。

 事前に戦闘があると聞いていても彼女は特に驚いたり嫌がったりする様子は見せず、軽い調子で頷いた。

「あいつとシルヴァ姉が戦えないのは知ってるからね。けど、隊長やアネモネ姉でも良いと思うんだけど……」

 青年――フラヴィオや、緑髪の女性シルヴァがこういった仕事に選ばれないのは常だ。

 フラヴィオは能力を生かしての偵察や諜報などを担当している分、戦闘力は高くないし、シルヴァも怪我人の治癒などを専門としており戦いはからっきし。

 故に普段は、風を操るハーピーのアネモネや、物理的な力が強い巨人族のアンドロス、そして最近まともに戦闘ができるようになってきた彼女がこういった仕事を受けるようになっているのだ。

 しかし、アンドロスは少女を心配してか、出会って百年も経つというのに滅多に一人で行かせることがないことを彼女は知っていたから、少しだけ疑問にも思っていた。

「俺やアネモネじゃ警戒されて近付けないだろう。何だ、その……目標へ自然に接触するなんてのは、どっちも得意じゃないからな」

 アンドロスの語りに、納得したように皆が頷いた。

 彼もアネモネも、あまり話すのが上手ではないのだ。できないとは言わないが、勘の良い人物だと目的に気付かれることは多い。

 今までは幸運なことにその人物を何とか捕まえて解決できたが、今回は目標を倒せば終わりではない。攫われた娘も救出、保護せねばならないのだ。下手に対象を刺激して娘が怪我でもしようものなら、報酬が貰えなくなる可能性もある。

「ご息女を無事に保護するには、警戒されずに目標に近付けるお前が適任だと思ったんだ」

 勿論、途中で問題が発生すれば気にせず俺らを呼べばいい。

 そう言ってアンドロスが目元を緩めるのを見て、少女もつられて微笑む。

「それで、目標の位置は分かってるの?」

「攫われたご息女と目標は屋敷の最寄り駅で魔動機関車に乗ったようだ」

 一定の範囲内に居る者を探せる魔法がある。

 主に自身の領地に居る要注意人物を探し出す目的で、領主がたまに使う魔法だ。領主達はそれぞれの領地を覆うように簡易的な結界を張って境界を作るため、自身と対象の居る領地が違えばその魔法は使えなくなってしまうのだけれど。

 その魔法を使用することで、ご息女が列車に乗ったところを雇い主は見たらしい。

「まだそれほど離れてはいないようだが、なるべく早く追いかけた方が良いだろう」

 魔動機関車は速い。そして、まだ暗い時間だがあと数時間もすれば夜は明ける。人々が活動する時間に離れた町に紛れられれば、発見は困難になる。故に、早急に追いつかねばならない。

 それらを伝えると、アンドロスは快活に笑う。

「まぁ、捜索用の魔法具も借りてきた。お前ならやれるさ」

 頷き、つられて笑う少女の背をアンドロスは指先で優しく二度叩く。

 その後は更に詳細な話をして、出発の準備をして。全てが整えば、少女は仲間に見送られて旅だった。

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