6話 場違いな人物
「……結構近くにあったんだな」
「駅からなるべく離れないようにしていたから。人の行き来が多い場所の近くにあるのは、当然のことだと思う」
二人の目の前には、木造の建物があった。
周囲に並ぶものよりも大きく作られたその建物からは、昼間だというのに賑やかな声が漏れ出ている。
駅からほど近い場所にあるそれこそが、二人の一時的な目的地、この町の酒場だ。
案内してくれたのは偶然すれ違ったのが目に入った蜥蜴系の獣人で、酒場に辿り着くや否やそそくさと逃げるように去って行った。というのも、その獣人に声をかけたのがロマーシカではなく、ルカーだったからだ。
威嚇するような低い声で、脅迫じみた要求の仕方をされれば、怯えるのも当然だ。特に獣人達は本能で強者を見分けられる者が多いのだから。
それはさておき、少女は一歩進み出て、扉についた取っ手に指をかけた。そのままぐっと押せば、屋内の暖かな空気が二人を出迎える。
思っていた以上に体が冷えていたことに気付きながら、少女は心地よさに思わず息を吐いた。そうして一度ルカーを振り向くと告げる。
「行こう、ルカー」
「分かってるっての」
少女が呼べば彼は頷き、二人揃って中へと入っていく。
漏れ出た声から予想できた通り、酒場の中は沢山の人々で賑わっていた。
仲良く談笑している所もあれば、怪しげな雰囲気で会話する所もある。次から次へと回収が追いつかないペースでジョッキを空にしていく二人組は、大酒飲みで名高い小人のドワーフだ。行儀が悪く机上にどっかりと腰かけたその二人は酒飲み対決でもやっているのか、周囲には人だかりができていて、誰かが時折もっともっとと野次を飛ばす。
そしてもう一つ目を引いたのは、種族を問わず色んな者が、壁際に集まっている光景だった。何があるのかロマーシカ達には分からなかったけれど、必死になって群がるその姿は印象的であった。
そうやってぐるりと中を見渡して最後に目を向けたのは、向かって右奥に設けられたカウンターテーブルだ。そこを取り囲むようにして客が座っており、スタッフが呼ばれては注文を聞いていく。そうして大急ぎで、けれど慣れた所作で品物を提供していく。
そこから視線を外せば、偶然にも四人掛けのテーブルが一つ空いていて、少女はそれを指差すと再び彼を呼ぶ。
「ルカー、あっちの席が空いてる」
言うだけ言ってすたすたと歩き出す少女に一歩遅れて、呼ばれた彼もその後ろに続いた。椅子を引き、互いに向かい合うようにして腰を下ろす。椅子が高いせいで、少女の方は腰を下ろすと言うよりも、よじ登るという表現が正しい座り方をしていたが。
「んで……どうするんだよ。何を知りてぇのかは知らねぇが、聞いて回ったりしねぇのか」
テーブルの下で、地に付かない足をぷらぷらと揺らす。そうしながら忙しなく周囲を見回す少女を暫し眺め、やがてルカーはゆっくりと口を開いた。そうして問うのは、酒を飲むためではなく情報収集をする目的で来たはずなのに、座ってしまって良いのか、というもの。
「どうやって聞くべきか、誰に話しかけるか……ちょっとだけ悩んでる」
「ああ、そんなことかよ。別に誰に聞いたって良いだろ」
少女が彼に視線を向けることなく応えると、自身の後頭部へ手を運びながら彼は呆れたように返す。つまらないことで悩んでいる、なんて思いながら、グレーの頭髪をくしゃりと掴んだ。手を滑り下ろすようにして髪を一度梳くと、彼もまた酒場の中を見る。
「それもそう、ね」
自身の横顔に向けられていた視線が外れたのを感じると、少女は短く返しながら彼に視線を向けた。テーブルに頬杖をつく彼の横顔は退屈そうな表情を浮かべていて、だらしなく伸びた前髪の間から、鋭い黒目が覗いている。
「ああ。だからさっさと行けよ」
「……そうね。じゃあ、少しだけ待っていて」
頷いておきながら、なかなか動こうとしない彼女を追い払うように手を振って、ルカーは行くように促す。数拍の間を置いて、少女は再び首肯すると、そっと椅子を飛び降りた。地に足をつけ、立つ。
それから歩き出そうとして――ふと、酒場の中の明るさが変わった気がして、少女は何気なく入り口へと目を向けた。
その扉は、大きく開かれていた。
開いた人物は逆光に隠れてよく見えない。
けれど、その影が子供のように小さかったのだけは理解できた。
「やっと――……」