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狼男とロマーシカ  作者: 鈴河鳴
第二章 初めての町/Chaser is looming
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5話 次の目的地へ

 食事も終えた二人は、あれから町を歩いていた。

 ロマーシカは、本当ならすぐにでも父……アイラトの領地を抜けてしまいたかったのだけれど、またすぐに列車に乗るのは退屈だとルカーが言い出したこと、彼女自身も折角なら町を見て回りたいと思ったことから、こうして歩くことになっていた。

 石畳の上を並んで歩く彼女らに、時折、不躾な視線が投げられる。正確には二人ではなくて、ルカーに向けられたものだろう。

「あぁ、もう。さっきから何なんだよ、あいつら。ジロジロ見やがって」

 露骨に不機嫌を露わにして、彼が悪態を吐き周囲を睨み付ける。彼の鋭い目つきに、彼を見ていた人物らは揃って怯えを露わにして顔を逸らす。その様子を見かねた少女は溜息を吐いて、静かに告げた。

「ルカーは有名だから、仕方ない。恨むなら過去の自分を恨んで」

「……ああ、そういうことか。けど、そんなすっげぇ昔のことを、よく覚えてるよな」

 過去の自分、という言葉で理解したのか、ルカーもまた深く息を漏らし頷いた。しかしその次には『とても昔』のことだと言うのを、ロマーシカは少しだけ不思議に思ってしまった。

「エルフやドワーフ、巨人族とか、他にも長命種は沢山居るから、覚えていても普通だと思うけど。そう言うルカーだって、千年は生きる人狼族でしょう。百年前なんて、昔ってほどでもないんじゃ……」

 語られる内容を聞いて、ルカーは「は?」なんて素っ頓狂な声をあげた。驚いたように目を真ん丸く見開いて、彼は少女を見下ろし、問いかける。

「百年……? あれからもう、百年が経つのか」

「そうだけど。言っていなかった?」

 肯定された途端、彼はぎゅっと眉間に皺を刻み込んで、歩いている最中だというのに俯いてしまった。前を見ずに歩く彼だったが、その容姿を見てぶつかろうとするような者は存在せず、人々は二人を避けていく。

 一方で少女は、ルカーが突然俯いたことが気になって、彼の横顔を覗き込むように見上げた。

 何やらぶつぶつと呟くように口が小さく動くのが見えて、少女はつい問いかける。

「ねえ、ルカー。何か問題でもあったの」

「ああ、大問題だよ。随分と長ぇ時間、あの場に居たとは思ったけどよぉ……退屈過ぎてそう感じるのかと考えてたら……まさか、な」

 険しい顔をそのままに首を縦に振り、言葉を紡ぐと、やがてルカーはぐっと顔を上げた。その視線の先にあるのは町並みなどではなく、もっと……どこか遠くの場所だった。

「まさか……何?」

 ルカーの視線を追いかけるように彼女も遠くを一瞥して、しかし特に変わったものが視界に入らないことを確認すると、町の方に視線を戻しながら問いを重ねた。

 彼が紡いだ「まさか」という言葉の続きは一体何なのか。

 問いが耳に届くと、彼はゆっくりと一度、目を伏せた。暗闇のような黒い瞳が隠れたところで、ルカーは深く溜息を吐く。

「うざってぇ拘束のおかげで動けずにいたら、生まれてから閉じ込められるまでの期間の方が、閉じ込められてからの期間よりも短い……とかいうことになってるわけだ」

 溜息と共に、絞り出すようにして吐き出した。苛立ったような、けれど疲れが覗く声音で語られた彼の言葉を聞いて、少女は納得する。

 寿命の一割に過ぎない時間であったとしても、年齢の半分以上を占めているならば十分に長い期間だと感じられるだろう。

 けれど、そこでふと彼女は疑問を抱く。

「そういえばルカーって……閉じ込められる前は、何歳だったの?」

 今の話を聞いた限りでは、地下に投獄される前の時点では百を越えていないことになる。

 人狼族としては若い方なのだろうと思っていたけれど、詳しい年齢までは、ロマーシカは知らなかった。

 問いを受け、ルカーは瞼をゆっくりと持ち上げて、暗闇のような黒の瞳で再び少女を見る。

「なんでそんなこと聞くのか知らねぇけど……んなもん、数えるのも面倒だったから、覚えてねぇよ。正直そんなの、どうでもいいし」

 彼からしてみれば、生まれた日を祝う文化などどうでもよかった。

 長命種であるが故に何年目だと数えるのも馬鹿らしく感じていたし、産み、育ててくれた親はとうの昔に若くして亡くなった。つまり、年齢を数える意味が全くないのだ。

 どこか気怠げにそう言うと、少女が視線を向けてくるよりも先に目を逸らした。

 全てを見透かすような、それでいてこちらには何の感情も感じさせない彼女の瞳と、視線がぶつかるより前に。

「でも、大体……そうだな、五十……いや、六十年は生きてたんじゃねぇの」

 ポケットに突っ込んでいた手を出すと頭の後ろで組む。そうして呟くような声量で適当に答えた。数えていたわけではないから覚えていないことに変わりはないのだけれど。

「それじゃあ、今は百六十と少しってことになるのね」

「おそらくはな」

 ルカーが頷けば、少女は「そう」なんて相槌を打った後に顔を俯かせ、何やら呟き出す。

 その姿を彼が胡乱な目で見ること少し。痺れを切らした彼が「何をしているのだ」と問うよりも先に、少女は顔を上げて彼を見た。

「……つまりルカーは、人間の年齢に換算すれば、わたしと同年代」

「はぁ? 何言ってんだよ」

 やや唐突に告げられた彼女の台詞を聞いて、ルカーは困惑の表情を浮かべる。耳で彼女の声を拾ってから脳が言葉として理解するまでに、いつも以上のタイムラグが発生していた。

 数秒の後、やがてルカーは、わざとらしい溜息を吐いて静かに告げた。

「どうあがいても、俺とお前が同年代のはずがねぇだろ」

「わたしは十歳で、ルカーは百六十くらい。人間の寿命は約七十五年だったはずだから、人狼族が千二百年を生きるとしたら……ほら、同年代になるでしょう?」

 それには首を横に振って、ロマーシカは淡々とした口調で反論した。どんな計算をしたか語りもせずに当然のように言ってのけると、確認するように問う。

 少女の言葉を聞けば、彼は「ほう」と小さく漏らした。視線を持ち上げ、考え込むこと暫し。やがて再び少女を見下ろす。その眉は、不機嫌のために寄せられていた。

「……数字だけ見ればそうかもしれねぇな。けど、違う生き物なんだから成長の仕方も違ぇし、そんな簡単な式で成り立つわけがねぇだろ」

「確かに、それもそうね」 

 珍しく真面目に考え込んで告げた彼に対し、少女は特に考え込むことなく、あっさりと相手の言い分を認めた。ちらりと一瞥するだけで、歩みを止めることも表情を変えることもしない。

 もう少し、何かしらの反応があることを無意識に期待していた彼はついつい拍子抜けしてしまって、ただ呆けた表情で「あぁ」と短く漏らす以外、何も言葉を紡ぐことができなかった。

 そんな彼の間抜けた顔に視線を向けることなく少女は足を動かしていたが、ふと何かを思い付いたように顔を持ち上げ、「あぁ、そうそう」なんて声を漏らした。

「それにしても、ルカーは随分と計算が速い。どう計算したかも言ってないのに……」

 彼は短気であまり物事について考えない性質だと思っていたから、さらりと計算してしまう辺りに驚いていたのだけれど、その言葉については言いかけて嚥下(えんげ)し、問う。

「てめぇよりは長生きしてんだから当然だろうが」

「……そうね」

 そんな少女の問いに、彼は苛立ちと呆れがない交ぜになったような声で答える。出された答えは、少女にとって言われてみれば当然だと頷けるようなものだったから、少女は短い相槌と共に顎を引き寄せて肯定を示した。

 そうして疑問が解決すると、ロマーシカは黙り込む。それに合わせて、何も言うことがなくなったルカーも口を閉じた。

 やがて彼が何となく目を向けたのは、先ほどまでは全く興味を示さなかった町の景色だ。

 会話がなくなったおかげで訪れる退屈さを少しでも紛らわせるために見てみれば、いつの間にか空は暗い群青から明るい青へと表情を変えている。その下では人間を始めとした様々な種族が働いていて、とても活気に満ちた光景だった。

 人間以外の種族だと、獣が二足歩行をしているような姿の『獣人種』系や、人間に近い見た目をしているものの耳や手足などの一部だけが獣のようになった『亜人種』の類が特に多く見られる。先ほどの屋台の男のようなエルフの存在も窺えたし、一見しただけでは分からないが、ルカーのように人間と同じような姿をした人外だって沢山居るはずだ。

 どこからか響く金属を打つ音はおそらく鍛冶屋から漏れるもので、きっとそこにはドワーフが居る。

 そんな町を眺めながら、ルカーはふと思う。先ほどからずっと歩いているけれど、一体彼女はどこに向かっているのか、と。

「……そういや、今はどこに向かってるんだ?」

「特にどこを目指してるわけでもなくて、ただ駅からなるべく離れないように歩いているつもり。もしかして、行きたいところでもあった?」

 目指している場所は無い、なんて答えると、逆に少女が問う。ルカーだって何か行きたい場所があるわけでもなく、寧ろどういった場所があるかも知らないから「いや」とだけ答えた。

「そう。それなら……酒場に行くのも良いかもしれない」

「はぁ? 酒場……?」

 やや唐突に出た『酒場』という単語に、ルカーは意表を突かれたように目を丸くした。その反応に、少女は不思議そうに首を傾ける。

「何、ルカーは酒場も知らないの。魔動列車を知らないのはまだしも、酒場くらいはルカーの時代にもあったでしょう」

 確かめるように復唱されたのは知らないからだ、とロマーシカは判断して問う。魔動列車が普及し始めたのはルカーが閉じ込められた後の話だから知らなくても当然だが、と。

 それにルカーは、すぐに眉を寄せて否定の意を示した。

「いやいや、それくらい知ってるっての」

 一度きりではあるものの、沢山の者が集まるそこがどんな場所か気になって行ったこともあった。だから決して知らないわけではない。そう、彼が気になったのはそんなことではなくて、彼女が何故『酒場』なんかに行こうと言い出したのか、ということだった。

「俺が言いてぇのは、てめぇみたいなガキが、酒なんか飲むのかってところだ」

「飲むわけがないし、酒場自体も初めて。わたしの年齢はさっきも言った通りで、お酒は十五歳からしか飲めないし」

 そんな決まりも知らないのか、と言わんばかりの呆れた表情を浮かべる少女に、ルカーは不快を覚えた。酒場に行くと言い出したのは彼女で、酒場とは酒を飲む場所だからだ。

「んじゃあ、なんでそんな所に行くんだよ」

「あそこは色んな人達が集まっているでしょう? ちょっと知りたいことがあって……情報を集めるなら、人が沢山居る場所の方が良いと思って」

 途端に苛立ったような表情を見せながら彼が問えば少女は俯いた。一度息を吐き、答える。

 知りたいことが何なのかも、何故突然それを言い出したのか、突然ではなく前から考えていたのか、どれもルカーには理解できない。けれど一応は納得できるだけの理由で、彼は「へえ」なんて漏らしながらも頷いた。

「どうせ、どこに行きてぇわけでもねぇんだ。仕方ねぇから付き合ってやるよ」

「そう。じゃあ、まずは酒場がどこにあるか聞かないと」

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