第六話 「ブラックホールと妹系後輩。」
ある日、天宮寺泰正は夢を見た。
昔の…、小学校低学年の時の夢だ。
そこには、泰正を兄と慕う少女の姿があった。
その少女とはーー
「——ちゃん!やすおにーちゃん!おそぼ!」
——俺には妹がいた。
可憐の他にもう一人。
血縁関係では無かったが、小学低学年の時に、よく近所の…、そう三つ年下の女の子と遊んでたな。
あの時はまだ、理沙と仲良くなる前だったか。
元気にしてるかな?あの子名前何だったかな?
——ピリリリ
その日、俺はいつもの様に目覚ましでは無く、携帯の着信音で目を冷した。
『あい…、もしもし?』
『もしもし、てんぐーじ?悪りぃ、まだ寝てたのか!』
俺が、寝起きの回らない呂律の中、応対した電話の主はつい先日出会ったしどーだった。
あれから連絡が無かったが、何の用事だろうか。
別に、用事が無くても、連絡してくれても大いに構わない…、というか、嬉しいのだが……。
早朝5:30というのは流石に早すぎないか?下手したら可憐もまだ起きてないぞ?まぁ、今日はモデルの仕事で家にはいない訳だが……。
『大丈夫だけど、どうした?デートの誘いか?何処にでも付き合うぞ?』
『ち、ちげーよ莫迦!自惚れんなよ!』
『すまん。ちょっと嬉しくてな。連絡なかったから。』
『え、あ…、そうか。ふぅ〜ん。しどーも……。』
『ん?なんだ?聞こえないぞ?』
『何でもねぇよ!兎に角!ライン送っといたから、それ見て、向かいのしどーの家まで来い!絶対だぞ!』
『お、おう。』
相変わらず、自分の用件だけ言う奴だな。
元気そうで安心したけど……。
「そう言えば、ラインだったな。」
タッチパネルを操作して、ラインアプリを開く。
ホームに行くと、31件の通知が来ていた。
タップして確認すると、同じスタンプが30個と一件のメッセージが来ていた。多分、既読がつかなかったので、スタンプを連打したのだろう。
そして、メッセージを見ると、いつもと正反対の言葉使いで文章が構成されていた。
『お久しぶりです!しどーです!この間は焼肉を奢って頂きありがとうございました!とってもたのしかったです!そのお礼と言ってはなんですが、今日は天宮寺さんをしどーの家に招待たいと思っています!今日6:00に来てくるとうれしいです!待ってます! PS.朝ごはんは食べないで来てください!』
文章だけ見ると、普通に可愛い女の子なんだけどなぁ…、そう言えば、この前の出会い系の時もこんな感じだったな。
あの時は、まさか厨二の合法ロリっ子が来るとは思わなかったな。
そして、初めて会ってあれだけ本音で話せたのしどーが初めてだったのも事実だしな。
出会い系なのに、まるで知り合いのようにするっと打ち解けて、今は普通に友達やってんだもんな。
「それにしても、朝食は食べて来るな…か。あいつが飯作ってくれるのかな?」
俺は、期待半分恐怖半分のまま用意をして、家を出て、お向かいさんのしどーの家に向かった。
◇
「久し振りだな!てんぐーじ!しどーに会えなくて寂しかっただろ?」
天宮寺家から徒歩1分。
しどーの家に到着すると、俺はインターホンを押す。ピンポーンと軽快なリズムを奏で、中からエプロン姿のしどーが出てきた。
俺は思わず頬を染めてしまう。
「それなりにな。」
「それなりってなんだよ!」
「それなりは…、それなりだろ?」
「何だそれ?」
しどーは笑いながら家へ上げてくれた。
理沙の家以外の女の子家に入るのは初めてなので、結構緊張する。
「しどー、お前一人暮らしなのか?」
廊下を並んで歩きながら、しどーに話しかける。
「まぁな。と言っても、ついこの間からだけどな。」
「そう言えば、ここって前まで、暫く空き家だったな。」
「それをしどーがキャッシュ一括で買ったって訳だ。」
「い、一括キャッシュ!?」
俺は驚きのあまり後退りする。
この歳で家を丸々購入してしまうとは……。
「でも、ここそんな高く無かったぞ?」
「高くないと言っても、こんな立派な家、8桁はくだらないだろ。」
「いやいや、そんなのキャッシュ買うとか無理ゲー過ぎんだろ!富豪かよ!」
「だって、富豪だろ?」
齢20歳にして、自身の家を持つなんて、富豪と呼ばず何と呼ぶだろうか。
まあ、妹が毎日美味い飯を作ってくれる。
そんな、最高の家を離れる気は毛頭無いが。
「ちげーよ!このマイホームは印税叩いて自分の金で買ったんだ。100万!100万円ポッキリだったんだよ!」
「ひゃ、ひゃくまん!?安すぎるだろ!」
「しどーもビックリしたんだけど、持ち主が亡くなって、遺言でこの家を100万円で人に譲りたいって言ったそうだ。」
そうだったのか。てか、ここに住んでた人見たことないな。
「それよりさ!腹減ってんだろ!」
「おう。ペコペコだ。なにせ、朝食食ってないからな。」
普段なら、朝食を食べないで外出するなんて、可憐が絶対に許さないが、今日は仕事でいないし、俺一人だから、どうせカップ麺だろうからタイミングが良かったが。
リビングに通され、テーブルの椅子に座ると、キッチンで鼻歌を歌いながら、料理をするしどーの姿を眺めていた。
「待たせたな!しどー特製ハンバーグだ!」
ハンバーグと称され登場したそれは、俺の中のハンバーグという概念を捻じ曲げた。
パックから出して直接フライパンに入れたであろうひき肉とこれでもかぶちまけられた調味料、ケチャップ、ソース、マヨネーズ、塩、砂糖…etc
——名付けるなら、『ブラックホール』だ。
「普段は料理しないんだけど、今日は特別だ!」
「あ、はい。恐縮です。」
断り辛れぇぇ!特別に俺の為に作ってくれた物を、『ブラックホールは食べ物じゃないよ』なんて言ったら、流石に可哀想だし、人間としてアレだよな。
「頂きます。」
最初からズタズタな為、あまり必要はないが、お洒落なナイフとフォークを使い、ブラックホール切り分ける。見れば見るほどグロテスクだ。
よく見ると、黒い煙のような物も出ているし、本当に食べて大丈夫なのだろうか。
「なぁ、しどー。お前って、普段は自炊したりするのか?」
「まぁ、特別な日になら……。でも、この前のクリスマスにママに作ってあげたら……。」
「作ってあげたら?」
「肉が生焼けで、食中毒起こして緊急搬送ちゃってな。」
俺の体の至る所から汗が吹き出た。
全身の水分が無くなるのかと思う程に……。
「だ、大丈夫なのか……。それ?」
俺はナイフとフォークをテーブルの上に置くと、慌てて尋ねる。
「大丈夫だ!今度はちゃんと焼いたから、心配ねぇよ!」
心配だから聞いてるんだよ!
あー、駄目だ。これ、俺死ぬやつだ。
あの世に緊急搬送されちまうよ!
「えっと、その…、なんだ。ちょっと食欲無くて。」
「えっ!食べて…、くれないのか?」
しどーは涙目になりながら、上目遣いで言う。
そんな顔を見てしまった俺は、地獄への切符を買うことを決意した。
「あ、いやいや。腹減ったわー。今、丁度腹減ってきたわー。」
「そっか、良かった!レシピ調べて作ったんだ!」
「因みに、なんて言うレシピ?」
「ハンバーグに決まってんだろ?クッキンギングパッドの死ぬほど美味いハンバーグって奴。」
嘘つくな。『ブラックホール』の作り方だろ?
とうとうクッキンギングパッドでも人を本当の意味で殺す料理のレシピが公開されたか。
「まぁまぁ、いいから食ってくれ。」
「お、おう。」
うぅ…、逃げてぇ…。
食いたくねぇ…。
でも、ここで逃げたらただの屑だ。
「戴きます。」
俺は再びフォークを手に取り、黒い物体を突き刺すと一思いに口に入れ、咀嚼してみる。
案の定、『これが人間によって作られたものなのか』と疑うほどには不味かったが、死ぬほどでは無かった。
「どうだ?胃袋つかまれて、惚れちまったか?」
「ま、まぁな。美味いよ。」
掴まれたよ胃袋。地獄の閻魔様に。
「良かった!作った甲斐があったな!」
しどーは満遍の笑みで、俺に向かってピースサインをした。俺は、またもやその笑顔の前では何も言えず、ブラックホールを口にかきこんだ。無論、不味すぎて吐きそうになったが、持ち前の忍耐と根性でなんとか笑ってみせた。
「今気づいたけど、何もないっていうか…、殺風景だな。この家。」
まだ、玄関とリビングしか見ていないが、家具など日用雑貨が殆ど無い。あるのは俺が今座っているテーブルと椅子含めテレビぐらいしか無い。
「あぁ、まぁな。引越しの荷物が片付いてないからな。」
「随分とスローペースだな。誰か手伝いに来てくれないのか?」
「まぁな。パパは私が幼稚園の時に、死んじまったし、ママはロシアに帰ったから、こっちには誰もいねぇ訳よ。」
「ん?ロシア!?」
「ん?言ってなかったか?しどーは、日本人とロシア人のハーフだぞ?」
そうだったのか!どおりで、日本人離れした顔立ちだと思った…。
いや、嘘だ。訂正しよう。ただの中二病の美少女ロリだと思っていた。
「じゃあその碧眼も銀髪も天然物か?」
「碧眼は天然だ。銀髪はママに染めてもらった。」
流石に銀髪は地毛じゃ無いよな。
まぁ、碧眼が天然ってのは結構ビックリだし、ロシア人のハーフって言うのも驚いた。
嗚呼、確か、あの子もロシア人とのハーフだったっけ。
「そっか、そんなら、手伝ってやるよ。一食一般恩義返させて頂きやす。なんつって。」
俺は笑いながら、立ち上がる。
すると、しどーは「いいのか?」と言って、俺の袖を掴んでくるが、俺は「おう。」と言って、しどーの腕を掴み立たせてやる。
しどーは「少し待っててくれ。」と言うと、食器をキッチンに置いてきた。
◇
「う、うわぁ…、予想以上に多いな。」
「だろ?マジでやる気削がれるよな?」
いざ、しどーの部屋に来てみると、あまりの荷物の多さに気圧されてしまった。
20箱ぐらいのダンボールが六畳間を埋め尽くしていのだ。
「まぁ、今日は仕事も無いし、最後まで付き合うよ。」
「悪いな…、いや、ありがとう。てんぐーじ。」
「いやいや、お安い御用ですって。」
そんな事を言いながら、俺としどーの二人は、作業に取り掛かる。
「先ずはー、これから行くか。」
「あ…っ!てんぐーじ!それはっ!」
「ん?」
俺は、一番近くにあった段ボールを開ける。
中を見ると、そこにはしどーの下着が入っていた。俺は顔を真っ赤に染めて蓋を閉じる。
「す、すまん。」
「別に!?餓鬼じゃねぇんだから、そのくらい……、どーって事ねぇし!!」
と、言いながらもしどーは顔を真っ赤にしてそっぽを向いていた。
「じゃ、これ。」
俺は隣にあった少し大きめの箱を開けた。
中には大きめのバインダーのようなものが入っていた。
「しどー。なんだこれ?」
「あぁ、それアルバム。ママが写真付きで、いっぱいあるんだー。」
「見ちゃダメか?」
「えっと、恥ずかしいけど……、いいぜ。てんぐーじなら。」
しどーは頬をリンゴのように赤らめ、後ろで指を交差させながら言う。そこには、いつものボス猫のようなふてぶてしさもいつもの様な厨二的なウザさのかけらもなかった。
そんなしどーを不覚にも可愛いと思ってしまった。
そんな事を思いつつ、俺はアルバムの1ページ目をめくった。
「赤ちゃんの時か。可愛いな。」
「ま、まぁな。」
しどーははにかみ笑いを浮かべ、俺と目を合わさず、首元あたりを見ていた。
ペラペラと何ページかめくっていくと、保育園の頃の写真があった。
「保育園の頃かー。俺も、この時この辺に家があって——」
ある写真を目撃し、俺は一瞬言葉を失った。
何故なら、その写真には、小さい頃の俺としどーが写っていたからである。
「あっ、それか?それはなー、昔遊んでくれたお兄ちゃんだ。あの時はまだちっちゃかったけど、鮮明に覚えてる。」
「どおりで初めて会った気がしない訳だ。」
「てんぐーじ?」
「久しぶりだな、アリス。」
ブラックホールの作り方!
ひき肉100gをパックから取り出し、フライパンに載せます。そしてオリーブオイルを適量投入し、フライパン内で混ぜます。そして強火で25分程焼きます。
表面が完全に黒くなるくらいが丁度いいでしょう。
焼き上がったら、お皿に移し、醤油小さじ一、ケチャップ小さじ一、マヨネーズ小さじ一、とんかつソースを小さじ一、塩を小さじ一、砂糖を小さじ一、サドンデスソース大さじ五(ハバネロを五倍でも可)を混ぜた特製ソース掛けて出来上がり。
注、この料理を実践して、何らかの事故が起こった場合でも、責任は負い兼ねますのでご了承下さい。