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There is darkness place  作者: けろよん
改稿版
14/30

郁子の連絡

 授業中に悪魔が現れたアクシデントがあったものの、休み時間になる頃にはすっかり学校は元の日常を取り戻していた。


 喉元過ぎれば熱さを忘れると言うが、狙われたのは光輝だけだったし、みんな凛堂さんのプチヒーローショーを見たような感覚だったのかもしれない。


 授業を終えた先生がいつものように教室を去り、辺りはクラスメイト達の雑談の渦に包まれた。他愛のない話が飛び交うのもごく普通の当たり前の風景だった。

 教室の壁に開いた穴をダンボールと板と新聞紙とガムテープで応急修理した跡だけが、悪魔が現れたのは確かな現実だったと語っているかのようだった。


 そんな現実の賑やかな教室の中、先生に所持する許可を得た剣を鞘に入れて机の横に立てかけ、凛堂郁子は見慣れない大きなタワーのような機械を机の上に乗せてつまみを回していた。

 ラジオのようなアンテナがあって周波数が合っていないかのようにピーピーガーガー言う雑音が鳴っていることからして、おそらく通信手段であると推測できる。

 授業中に剣を持って悪魔と対峙するなんて目立つことをやっておいて、今もこんな目立つことをしていては誰かが声を掛けそうなものだが掛ける人がいないのは、彼女が難しそうな顔をして悪戦苦闘しているからだろうか。


 今忙しいんだから声を掛けるなと言わんばかりの拒絶のオーラを感じながら光輝も迷ったのだが、彼女はすぐ隣の席にいるし、やはり巻き込まれた張本人としては気になったので彼女に声を掛けることにした。

 いきなり本題には踏み込まない。順序と話しかける勇気を考慮して。

 まずはお互いと周囲の耳にショックを与えないように当たり障りのないことから訊ねることにする。


「凛堂さん、何やってるの?」


 どうでもいい感じに訊けたはずだ。反応を伺ってみると、彼女は動かしていた手を止め、真面目な眼差しを向けてきた。

 郁子の怜悧とも言える黒い瞳に光輝は少し心臓を跳ね上げてしまう。闇のハンターを自称する少女は言う。形の良い口を開いて。


「闇の者が現れたことを本部に連絡しようと思ったのよ。でも、長いこと使ってなかったから上手く繋がらなくて。このポンコツめ!」


 郁子は機械をバンバンと叩いた。その子供っぽい姿に光輝は彼女は堅物では無いと安心し、少し肩の力を抜いて話を続けた。


「そんな大きな物を学校に持ってきたの?」

「逆よ。大きな物だから学校のロッカーに置いていたの」

「へえ、そうなの」


 どうやら家では使ってなかったようだ。家で通信することになったらどうするのだろうと光輝は気になったが、気にするだけ野暮なことかもしれない。

 通信は彼女の個人的な用事だ。彼女が何とかすればいいだけのことだ。誰かに迷惑が掛かることでもない。

 郁子は再び手を動かし始める。光輝もそこに注意を戻した。


 机の上に載せられているこの大きな物体は本部に連絡をする装置らしいが、上手く繋がらないようだ。

 彼女があまりに悪戦苦闘しているものだから、光輝は提案することにした。

 連絡するなら電話で良いんじゃないかと思いながら。


「僕のスマホ使う?」

「すまふぉお?」


 郁子はなぜかおかしな声を発した。今時スマホを知らない学生もいないだろうに。

 まじまじと光輝の差し出したそれを見た。


「これ使えるの?」

「使えるよ!」


 何だか馬鹿にされてる気がしてきた。つまらないことで問答するつもりは無いのでさっさとスマホの画面を付けて彼女の手に押し付ける。

 アイコンの並んだ画面を見て、郁子はなぜか驚愕の表情を浮かべていた。

 別に変な物は入れて無かったよな。しっかりと確認しなかったうかつさを後悔し、光輝は少し緊張しながら彼女の反応を待った。

 郁子の真面目な瞳が何かにピンと来たかのように反応した。


「そう言えば兄さんに聞いたことがあるわ。ゲームギアはカラーだけど電池の持ちが悪いのよね」

「ゲームギアじゃねえよ!!」


 光輝はつい大声で突っ込んでしまった。郁子には兄がいるのかと思いながら。怒鳴ったことで周囲のざわめきが一瞬静かになった。

 光輝は慌ててクラスメイト達に向かって弁解した。


「失敬失敬、彼女がスマホの使い方を知らないようなのでね」

「優しく教えてやりなよー」

「あははー」


 ちくしょうクラスのみんなに笑われてしまった。最初のことがあって自分は凛堂郁子係だと思われているのだろうか。

 その当の凛堂さんはというと


「おお」


 指先で画面が動くのが珍しいのかスライドさせて遊んでいた。


「…………」


 意外と子供っぽいところのある人だ。意外なのか?

 ともかく変なところをタップされても面倒だ。光輝は彼女の手からスマホを取り上げて、自分で電話を掛けてやることにした。


「あ」


 彼女の美人の瞳に見上げられても気にしない。さっさと言う。


「連絡するんでしょ? 電話番号を教えてよ」

「ええ、分かったわ」

「…………」


 分かったと言いながら彼女はしばらく思案するようにじっとしていた。やがて決意したように顔を上げた。


「あなたを巻き込んでごめんなさい」

「うん、気にしてないよ」


 一言あやまってから彼女が番号を告げていく。光輝はその番号を入力し、郁子に渡し、彼女が画面を見たまま動かないので耳に当ててやった。


「受話器が見当たらないわ」

「これでいいから。やってみて」

「音が聞こえるわ。もしもし……繋がった!」

「ああ、繋がったね」


 びっくりした顔を見せる郁子の反応を見て、光輝は彼女に電話の続きをするように促した。

 郁子は神妙な顔をして内緒話をするように机の上に伏せて小声で電話を続けた。

 光輝は聞いたら悪いとは思ったが、目を離すと自分のスマホがどう使われるか分からないし、何を話しているのか気になったのでその場で聞き耳を立てていた。

 だが、うるさい人の声のある教室だ。何を話し合っているのかはよく聞こえなかった。

 郁子は相手からの声を聞いて返事をしているようだ。


「はい、はい、そうです。分かりました。じゃあそういうことで」


 通話を終えて郁子は光輝にスマホを返してきた。

 彼女は連絡を終えた満足感と、純粋な子供の好奇心が宿ったような眼差しをしていた。


「これは魔法なの?」

「いや、ただのスマホだけど」

「人類の文明はここまで進化していたのね」

「いや、凛堂さんも人類だし、ずっとこの町で過ごしてたよね?」

「わたしは闇の世界の住人なのよ」

「でも、一年生の時からこの学校に通ってるよね?」

「その前は闇の世界に住んでたのよ」

「ああそう」

「信じてないようね」


 郁子はやおらに立ち上がった。光輝を見るその瞳には確固たる強い信念があった。

 光輝は少し後退してしまった。すぐ後ろの自分の机に腰が当たってしまう。

 郁子は唇の端に僅かに笑みを見せ、言う。


「今からわたしの闇のパワーをお見せするわ。それをこのコンタクトで計ってみてちょうだい」

「コンタクトお?」


 今度変な声を発してしまったのは光輝の方だった。別にコンタクトを知らなかったわけではない。なぜ今それを出してくるのか分からなかっただけだ。

 戸惑っている間に郁子は小さなケースからそれを出し、指先に乗せて光輝の顔に近づけていく。

 少女の吐息も近づいてきて、光輝は慌ててしまった。


「動かないで!」

「はい!」


 鋭く静止され、直立不動になってしまう。彼女の手が肩に触れ、息遣いや体温まで感じられるほどに近くに来て、光輝は瞬きするのも忘れてしまった。

 彼女の手が光輝の目に近づけられていく。何かが吸い付くように貼りついて、彼女は指先を下げた。

 郁子の顔は子供のように満足気だ。光輝の隣の席のクラスメイトはクールに見えて、意外と無邪気な人だった。


「これであなたは闇の力を計れるようになったはずよ」

「そうなの?」


 特に違和感は感じない。意識したらちょっと付いてるかなと感じる程度だ。

 闇の力を計れるコンタクトは普通のコンタクトとは違うのかもしれない。よく知らないけど。


「わたしのような訓練されたハンターになれば、そんな道具が無くても計れるんだけどね」

「そうなんだ」

「さあ、今からわたしの闇の力をあなたにお見せするわ。よーく見ておきなさいよ!」

「うん、分かった」


 適当に答え、郁子の言うことに光輝は気楽に付き合ってあげることにした。

 闇のハンター、凛堂郁子は気合いを入れた。


「はああああああ!!」


 これがアニメだったら教室が揺れそうな感じの気合いの入れっぷりだったが、あいにく現実なのでそういうことは無かった。

 教室は変わらずに平和で賑やかだ。

 生徒達の雑談の喧騒の中、しばらくの間気合いを入れた郁子は顔を上げて訊ねてきた。


「どう? わたしの闇のパワーが見える?」

「うーん、頑張っているのは見えるかな」

「薄い反応ね。まだまだ上げるわ。たああああ! どう?」

「うーん、まだまだかな」

「まだまだ? くおおおおお! ごほっごほっ」

「分かったから席につこ。みんな見てるし」


 いつの間にか注目が集まっていた。いつからなのか分からなくて光輝は恥ずかしくなった。

 郁子は咳を収めて、光輝に訊ねた。


「な、何で驚かないの?」

「何でって……」


 言われても困ってしまうのだが、思いつくことを口にした。


「たいした反応が無いからかな?」


 その言葉に、郁子は愕然としつつも何か納得したようだった。


「なるほど、やはりあなたはただ者ではないのね」

「いや、ただ者だけど」


 光輝は困惑してしまう。

 自分がただ者でないなら何だと言うのだろうか。

 まだ何か訊ねようとしたが、授業の始まるチャイムが鳴って先生が来たので会話はそれでお開きとなったのだった。




 授業はいつものように普通に行われていく。

 壁の破壊と修理の跡が気になるのはもう自分だけなのだろうか。光輝は授業を聞きながらそう思う。

 ちらりと隣の席を伺ってみる。

 郁子は真面目に授業に集中している。彼女は基本的には静かで真面目な少女だ。

 こんな悪魔や闇がどうとかいう騒ぎが無ければ、隣にいても気にしなかったのも普通のことなのかもしれない。

 郁子は傍に剣は置いていたが、変な機械は片づけていて、特に異変のようなことは無かった。


「時坂」

「え?」


 光輝は彼女がまた先生やみんなを困らせるような問題を起こさないかと気にしていたが、先生に声を掛けられたのは光輝の方だった。郁子の方ばかり見ていたのを気づかれたのだろうか。恥ずかしくなってしまうが、


「いや、何でもない」

「?」


 先生は何かを注意することもなく、再び授業を続けていった。

 何で呼ばれたのだろうか。

 光輝は腑に落ちない思いだったが、授業を邪魔するつもりはない。勉強を続けていくのだった。

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