男運のない転生令嬢
初投稿です。
「アイリス嬢、君との婚約を破棄したい。」
申し訳なさそうに、しかし確かな意思を持ってその言葉が彼の__婚約者である第二皇子キースの口から放たれた。
そしてキースの隣には、彼の親友であり選任騎士たるカナンが沈痛な面持ちで立っている。
その言葉を聞きながらスチュワート侯爵令嬢たるアイリスは顔を俯かせ、体を震わせながら心の中で荒ぶるままにこう思った。
『またか!!』・・・と。
私__アイリス・スチュワートには前世の記憶がある。それも一回分ではなく、今生も含めると五回も転生をしている。
しかも、全て貴族の令嬢で有力王族・貴族子息の婚約者という立場だった。
最初の《私》は金髪碧眼と美しい色彩を持っていたが、顔立ちが地味で性格は高慢という最悪な女だ。
そんな《私》の婚約者は銀髪金眼の美しく聡明と評判の伯爵子息で、《私》はそんな彼に一目で恋に落ちた。
それからの《私》は婚約者の立場を振り翳し彼を束縛し、彼に近づく女性は虐めた。
・・・それはもう、念入りに陰険に虐めてやりましたとも。
そんな女だったからこそ、結婚を控えた半年前に彼から婚約破棄を叩きつけられたのだ。
彼曰く『君の様な高慢で人を人とも思わない女性と結婚したくない』と・・・。
彼のその言葉は正しい。私も彼の立場だったら婚約を破棄している。
__正しいが、それでもその言葉の後の『僕は君ではなく、ここにいる“彼”を愛している』とかは言わなくてもいいと思うんですが!!
そう婚約者は親友である“男”と恋人であったのだ。
そのことを知った《私》は婚約破棄以上に“男”に婚約者を取られた事にショックを受け、倒れた。
倒れながらも、《私》は確かに最悪な女だったが、だからといって男を恋人にするってなんだ・・!!
そう心の中で叫びながら意識を失った。
その後、婚約破棄された《私》は今までの行いもあって家を勘当され、誰にも知られず寂れた道の片隅でのたれ死んだ。
この事だけならば、愚かな女の自業自得だろう。しかし、その後の転生した人生でも婚約者を男に取られ婚約破棄されることが毎回繰り返されたのだ。
二回目の人生では前世の教訓を生かして、容姿は普通だが周りに気を遣う真面目な性格の令嬢として婚約者に接した。・・・でも、その婚約者も従者の“男”を選んだ。(婚約者曰く、『従者の男の方はいつも自分の傍に寄り添い、自分の気持ちを理解してくれる』)その後、私は三十歳も年の離れた人の後妻にされお飾りの妻として孤独に生きた。
三回目はの人生では絶世と言われる程の美しい容姿を手に入れた。・・・でも、婚約者の彼は平凡な容姿の私の異母弟に恋をした。(婚約者曰く、『君は確かに美しいが、綺麗すぎて気持ちが落ち着かない。君の異母弟は愛嬌はあるが何処にでもいる様な容姿だ。でも、それが一緒にいて安らぐんだ』)その後、私は隣国の王の二十五番目の側室として嫁ぎ、絶世の美貌で王の寵愛を得た。しかし国で民衆によって革命が起こった事で王ともども処刑された。
四回目の人生でも三回目の人生程ではないが、それなりに美人として生まれた。
そしてこの人生では美しさ、優しさだけでなく礼儀作法も教養も完璧に修得し、完璧な令嬢として私は婚約者に尽くした。
それこそ、実際に胃に穴が開いて血反吐を吐く位に努力した。・・・それでも、ダメだった。彼はよりにもよって私の尊敬していた家庭教師の先生と恋に落ちた。(婚約者曰く、『彼ほど頭のいい人はいない。しかも教養があるだけでなくユーモアに富んでいて話していて楽しい』)その言葉を聞いた私は今までの無理な努力から体も心も病み、病気になって死んだ。
そして五回目の今生においての私__アイリスも婚約者たるキース皇子にたった今、婚約破棄された。
「アイリス嬢・・・。君には本当に申し訳ないと思っている。しかし、私には君以外に心の底から愛する人がいる。その人を思いながら君と結婚する事は出来ない。」・・・亜麻色の髪に青い瞳の幼さを残しつつ整った精悍な顔を歪ませ苦しそうにキース皇子は私に話す。
そんな皇子を労わる様に腕に触れながら、彼の騎士であるカナンが私を、その髪と同じ美しい黒い目で真っ直ぐに見つめ口を開く。
「アイリス様、キース皇子は何も悪くありません。私が身分を弁えず、皇子をお慕いしてしまったのです。・・・責めるのならば私を責めて下さい。」
カナン老若男女問わず魅了する艶やかな美貌を悲痛さを滲ませながら、頭を深く下げた。
「カナンだけが悪い訳ではない!!私も好きになっていけないと思いつつ君を好きになってしまったんだ。」と 二人は互いに庇い合うが私はそんな二人の話はどうでもよかった。
なぜなら今の私は怒りの打ち震えていたから・・・!
(どいつもこいつも私の周りには同性以外に興味ある人はいないわけ!!・・・百歩譲って他の女の恋人が出来たなら十回殴って、慰謝料ふんだくるだけで許すけど、男は無いでしょ!男はっっ!!)
そして私は話し続ける怒りの原因である男二人に感情とは真逆の今にも泣きだしそうな顔のまま、消え入りそうな声でこう言った。
「お二人のお気持ちは解りました。・・・私は婚約破棄を受け入れます。」
私の婚約破棄の了承を聞いた二人は安堵のしたかの様にそっと息を吐きだしたが、続く私の言葉に再び顔を強張らせる。
「ただし、婚約破棄後に慰謝料と一つだけ私の願いを聞いてください。」
「勿論、何の落ち度もない君に婚約破棄を願ったんだ。慰謝料に関しては必ず払うが、・・・願い事は内容を聞かないと了承できない。」
__以外にもキース皇子は真実の愛(笑)で婚約破棄を言うくらい頭の中身が春になっているが、内容も確かめずに了承する程に愚かにはなっていないようだ。かなり驚いた。
「例えば、最後の思い出に私とキスがしたい等のカナンを裏切る様な事は絶対にできない。」
前言撤回、彼の頭は手遅れだ!!手の施し様がないくらい恋に溺れている。・・・そのまま溺死すればいいのに。
キース皇子の発言に心の中で悪態をつきつつ、「はい。その様な事は(大金もらったって)願いません。」と真摯に彼に伝える。
「愛し合うお二人の仲を裂くような事は絶対に致しません。・・・ですが、私は今までキース皇子をお慕いし尽くして参りました。その為、今回の婚約破棄に悲しみと憤りを感じております。」
私の言葉にキース皇子とカナンは再び申し訳なさそうに顔を俯かせる。
その言葉通り、私は今生でも婚約破棄されるのでは?と思っていたが、五度目の正直を信じて今までキース皇子に好かれる様に頑張ってきたのだ。
美容に勉強、礼儀作法に巧みな話術、人に対して真摯に優しく接する様に心がけた。
そんな私は皇子妃に相応しいと周りに絶賛されてきた。それなのに結局、婚約破棄された!
再び燃え滾る怒りが顔に出ないよう気を付け、私は(怒りに)震える声で言った。
「この感情にけじめをつけたいので一度だけ殴らせて下さい。」
キース皇子は大人しい性格である私の言葉に驚いた様だが、横にいたカナンを下がらせると、すぐに目を閉じ、私が殴りやすい様に左頬を差し出した。
私は勢いをつける為、右半身をわずかに後ろに引き、そして思いっきりキース皇子の尻を蹴り飛ばした。
布を張るようないい音と鈍いうめき声が部屋に響き渡った。
キース皇子は尻を抑えて蹲っており、カナンは驚いて口を開けたまま呆けている。
キース皇子を見下ろしたまま、私は晴れ晴れとした気持ちで笑った。
「キース皇子、私の願いを聞いてくださり有難うございました。皇子は外交のお仕事をしているので顔ではなく人に見られることのない部分にと配慮致しました。」
__配慮したが、その分思いっきり蹴ってやったので、しばらく椅子に座ることも辛いだろう。ざまあみろ!!
そのまま、私は皇子が何か言う前に颯爽と部屋から出る。
一度も振り向かなかった為に、私は蹲っているキース皇子を支えながら、部屋を出る私をカナンがその目に濁ったかのようにドロドロした熱を込めて見ていた事に気づかなかった。
屋敷に戻る為に、優雅に軽快に城内を歩きながら私は内心浮かれていた。
(なんて爽快なの!新しい自分に生まれ変わった気分だわ。)
その気持ちのままに今生で婚約破棄されたら行なおうとしていた案を実行に移す事にする。
そう、男なんて信用ならない。女性だけの楽園を作ろうと・・・!!!
次の日から私は早速、慰謝料と実家の領地の一部を元に絹織業で大金を儲ける計画を立て、その一年後に計画通り多くの女性と共に絹織業の名産地として村を作り栄させる事に成功した。
今では他国からもひっきりなしに注文が来る忙しいが充実した幸せな生活をしている。
このまま、男と関わらずに生きていこう・・・そう新たに決意しつつ微笑む私は知らない。
・・・私は記憶を持って五回転生したが、実際は記憶が無い時も合わせて十回転生を繰り返している事を。 今生でキース皇子を奪ったカナンが記憶の無い前世五回全て私の婚約者であり、毎回カナン以外の相手を選び、彼を選ばない私を深く愛しながら憎悪している事を。
その為、彼にとって六回目であり、私にとっては最初の前世から自分と同じ様に愛した婚約者を奪い去られる様に歴代の婚約者に近づいた事を。
そしてキース皇子で丁度五回分、私から愛する婚約者を奪う事で復讐を終えたと判断した彼が、今生こそ私を手に入れようと動き出している事を今は知らない。
読んでいただきまして有難うございました。