弟子入り
「そうだ。出かける前に君に渡したいものがある」
マリィはそういうと呪文を唱え、おれに魔法をかける。
するとおれの首にまるで犬みたいな首輪がついた。
「それは『隷属の首輪』という魔道具だ。飼い主に敵意を向けると自動的に爆発する仕組みになっている。もちろんこちらで遠隔操作することも可能だ。君を疑うつもりはないが、念のためだ。悪く思うな」
へぇ……おもしろいアイテムもあるもんだ。
隷属の首輪ねえ。
いいじゃないか。奴隷のおれにふさわしいアクセサリだ。
しばらく首につけておこう。
「この魔道具。あんたが造ったのか?」
「そうだが」
「まだ試作品だろ?」
「どうしてそんなことがわかる?」
「今の説明を聞いただけでもわかる欠陥品だからだ。敵意を向けてきた相手が無益な存在とは限らないし、すぐにころしてしまうのもおいしくない」
人間、一時の感情で相手に敵意を持つなんてザラにある。
おれと田中の関係がその最たるものだ。
その程度のことで取り返しがつかねえことをやっちまうのは、短気すぎるにもほどがある。
こいつが隷属のアイテムだというのであれば、ころすのではなく相手の心変わりを誘発する効果を持たせるべきだ。
おれなら自主的に主に従うよう、軽い洗脳を施す道具を造るね。
あくまで軽くだ。
きつい洗脳は指示待ちの無能を生産するだけだしな。
「おれにつける分にはこいつで構わないけどな。まあ一考してくれや」
「わかった、熟慮しよう。君は物作りの才能があるかもしれんな」
そういってくれると嬉しいねえ。
どちらかといえばモノを売るより造る側に回りたいもんでな。
脱走防止用の首輪ももらったことだし、さっそく散歩に出かけるとしますかね。
首輪のついでマリィから服ももらう。
魔法騎兵隊の軍服らしいが、マントにローブといったテンプレ的な魔法使いルックスなのが気に入った。
おれは将来魔法使いになる男だからな。
何事もまずは形からだよな。
ちなみにマリィも着物は脱いで、おれと同じく軍服に着替えている。
彼女はそれに加えていかにも魔力が上がりそうな三角帽子まで装備している。
ちょっとうらやましい。
庭園を出るとすでに機装車が待機していた。
別にいいっちゃいいんだけど、魔法使いだったら魔法の箒とか魔法の絨毯に乗ったりするものじゃねえの?
ここまで魔法使い的な格好をしておいて、移動手段だけはメカメカしいっていうのはどうよ?
う~ん、やはり気になる。
ちょっと聞いてみよう。
「ないこともないが速度も遅いし乗り心地も最悪だぞ。安全性も保証できない。それでもいいなら乗せるが?」
……だったらいいや。
他は我慢できても遅いのはダメだ。
おれは一刻も早く目的地に向かいたいんだ。
「急に車を出せなんて、何かあったんですか?」
機装車の運転席から運転手が降りてきてマリィに尋ねる。
運転手は女だった。
年齢はおれと同じぐらいかな?
まるで手入れのされてないボサボサの髪と牛乳ビンの底みたいに分厚いメガネをかけた、いかにもオタクといった感じの少女だ。
軍服もよれよれでとっくの昔に女を捨ててる感があるが、いかにも研究一筋の魔法使いといった感じでおれは嫌いじゃない。
「紹介しよう。彼女の名はエクレア。私の弟子だ」
「エクレア・テンドです。マリィさまの一番弟子をしています。以後お見知りおきを」
へえ、その若さ(?)で弟子なんて持ってるんだ。
やっぱあんたすげえ魔法使いなんだな。
雑兵だと思ってちょっと舐めてたぜ。
「マリィさまはネフィア地方ではとても有名な錬金術師で『黄金のマリィ』なんて呼ばれているんですよ」
乗車すると、エクレアは車を運転しながらマリィのすごさをとくとくと語り始めた。
ネフィア地方ってどこだよ。まずそこから説明しろっつうの。
「弟子もたくさんいて、私もその中の一人なんです」
「へぇ。そんなに多いんだ」
「はい。なんと十二人もいるんです!」
微妙な数字だな。
すごいっちゃすごいんだが、ちょっと反応に困るわ。
「エクレアは私の噂を聞きつけて、はるばるオーネル地方から徒歩でやってきたんだ。なかなか根性があるとは思わないか?」
だからオーネル地方ってどこだよ。
おれは首都カロナールしか知らねえんだよ。
地方民だけでわかるローカルな会話すんな。
「最初は正直扱いに困ったのだが、私が魔法騎兵隊にスカウトされた時もこうしてついてきてくれているし、今では重宝しているよ」
「マリィさまのお役に立てることがあたしのすべてです!」
まったく……この田舎者どもめ。
まあいいや、後で調べておこう。
「ちなみに彼女は十二番目の弟子だ。他の弟子には私の工房を管理してもらわないと困るからな」
「マリィさま、それはいわない約束じゃないですかあ」
「悪いが、そんな約束はした覚えがない」
ぜんっぜん一番弟子じゃねえじゃねえか。
しかもただの小間使い。
このウソつきメガネめ。
「マリィさん、錬金術師っていうことは、あんた金が作れるのかい?」
「なんだ、おまえも金が欲しいのか?」
いらねえよ。
興味本位で聞いてるだけだ。
「残念ながら金はまだ作れない。だが近いところまでは来てるんじゃないかな。戦争が終わったらまた工房に戻って研究を再開するよ」
ふぅん……なるほどねえ。
錬金術は理論だけは存在しているが未だ誰も成し遂げたことのない高等な術法。
魔法とはちょっと違うものだから魔力が高けりゃどうにかなるってもんじゃないが、魔法に精通してなきゃお話にならない。
それをあと一歩のところまで押し進めているとは……ホントはマジックさんが良かったけど、あんたでもいいかなって思えてきたよ。
「なあマリィさん、おれもあんたの弟子にしちゃくれねえか?」
「なんだ藪から棒に。やっぱり金が欲しいのか?」
だからいらねえっつうの。
錬金術なんてホントに出来たら金の価値が暴落するわ。
儲かるのは特許を取るあんただけだっつうの。
カネ目当てで弟子入りした二桁もいるアホどもと一緒にすんなよ。
「おれは魔法が使いてえんだ。だから魔法を教えてくれる人を探しているんだ」
「それで私か。そのぐらいなら別に構わんが……君は、自分が囚人だという自覚があるのかね?」
「おいおい、おれは被害者だぜ? 確かに魔族に使われていた期間はあったけど、国際法では罪には問われないはずだ」
「理屈の上ではそうだが、たぶん無理だろうな。こちらでは君は、すでに魔族の仲間扱いされているからな」
確かリグネイアでは魔族に与した人間を堕狗って呼んで忌み嫌っているんだっけ?
まあ、魔族の仲間ってのを否定する気はねえけどな。
「だったら問題はねえな。国の倫理観を変えてやればいいだけだからな」
「君は本当におもしろい男だな。いいだろう、めでたく無罪放免になった暁には、君を正式な弟子として迎え入れると約束しよう」
いったなマリィ。
確かに言質は取ったぜ。
口約束とはいえ魔法使いにとって契約は絶対。必ず守れよ。
錬金術師の十三番目の弟子




