静寂なる森の庭園
魔法大国リグネイア。
人口の約2%が魔法使いというとんでもない国だ。
2%と書くと少ないように感じるかもしれねえが、リグネイアの総人口が約五千万人らしいので、ざっくり計算して百万人もの魔法使いがここに在籍していることになる。
ここに魔法使いと認定されていない者の数を足すともっと増えるってんだから、にわかには信じられない話だ。
たぶんかなり盛ってる。
本当に百万人もの魔法使いがいるならハッキリそういえばいいのに、割合で誤魔化してるんだもんな。
ただ、それでもめちゃくちゃすごい数の魔法使いがいるのは間違いないだろうね。
これはリグネイア大陸のメドラ密度が高く、魔法使いを生み出しやすい土壌をしていることが起因らしい。
おれも恩恵に預かれないものかと思ったが、魔法使いになりやすいのはこの土地で生まれてくる赤ん坊だけだそうな。ちっ!
ちなみに魔法使いの九割が攻撃魔法使いだ。
四大魔素をちょっと加工して吐き出すだけで、とても楽ちんだから当たり前の話だが。
残りの一割は回復魔法だったり補助魔法だったりするわけだが……いかにイリーシャやシノが希少な存在なのかわかるな。
そら周囲からちやほやされるわ。おれも回復魔法が使いてえ。
話がそれたが……魔法使いのほとんどが攻撃魔法使いってことは、とうぜん軍事利用される場合がほとんどってことよ。
だから魔法大国リグネイアは必然的に軍事大国にもなるって寸法だ。
ウォーレンがなけりゃ世界一の軍事大国だったともいわれてる。
これはリグネイアよりむしろウォーレンがすごいな。
こんな魔法使いだらけの国をどうやって力で上回っているんだか。
たぶん勇者絡みなんだろうが……まあ、それはいずれウォーレンに渡ったときに調べりゃいいか。
今回おれが送られてきたのは、そんなリグネイアの力の象徴。
世界トップクラスの魔法使いが多数在籍する『世界最強の軍隊』魔法騎兵隊だ。
首都カロナールから南西に車を飛ばすこと約二時間。
おれは拳銃で頭をぶち抜かれることもなく無事ロイクヤードに到着した。
なんつうか……すっげぇ日本的なド田舎だな。
右見りゃ田んぼ左見りゃ畑。
まるで整備されてないあぜ道を走っていると、牛っぽい生き物を引いてるおっさんに何度も足止めされた。
町っつうか村だろ、この規模は。
こんなところに、ホントに世界最強の軍隊の基地があるのか?
疑問に思いながらも車は走り続け、目的地である魔法騎兵隊の本拠地へと到着した。
どう見ても民家だ。
しかもそこはかとなく古きよき日本の民間住宅を彷彿させる木造の基地(?)だ。
ここが本拠地とか絶対ウソだろ。
「あんたら……つまらん冗談はよせよ」
「冗談ではない。間違いなくここが魔法騎兵隊の本拠地 <静寂なる森の庭園> だ」
木造だから森の庭園ってか?
アホかボケなす。
んなもん通るか。
「聞くところによるとマジック隊長のアイディアにより、このような場所に本拠地が建てられたそうだ。確かにこんな田舎町の片隅にある一般住宅が、軍の基地だとは誰も思うまい」
ああ、なるほど。
カモフラージュだったのか。
それならいちおう納得できるわ。
マジック隊長ってのは初めて聞く名前だが、たぶん魔法騎兵隊の隊長のことだろう。
「いちおう確認しておくけど、そのマジックってすげえ人なのか?」
「愚問だ。魔法騎兵隊隊長マジックさまは、世界最高の魔法使いとの呼び声も高い偉大な御方である」
うおおおおおおおおおおっ!
そいつぁすげぇぇぇなぁぁぁぁぁぁっ!!
名前も、いかにも「魔法の体現者」みたいな感じで最高だねぇっ!!!
「なあ、おれが弟子入りしたいって申し出たら受けてもらえるかな?」
「寝言は寝ていえ。さあ行くぞ」
ちっ!
まあ当たり前の話だけどな。
兵士に両脇を固められ、おれは静寂なる森の庭園の門をくぐった。
歩く度にギシギシと鳴る安普請な廊下。
しばらくはり替えていないらしく黄ばんでいる障子。
虫の住処にされている灯籠。
淀んだ池には鯉が泳いでいる。
おれには一昔前の日本住宅にしか見えないんだよなあ。
よくいえば趣がある。
悪くいえば……まるで手入れが出来ていねえ。
日本住宅のあるあるだけどな。
いくらカモフラージュとはいえ、もうちょっと何とかならんかったのか。
マジックさんは完璧主義者か不精者のどちらかだな。
あっ、異世界に日本住宅があること自体には驚かんよ。
エルメドラと地球は勇者を介して交流があるらしいからな。
勇者トツカの血をひくリグネイア王が支配する大陸ならなおさらだ。
ちなみにリグネイアとマイラルは姉妹国だ。
両国の王は血縁関係にあり、国家間の仲も今は良好だと聞いている。
リグネイアが魔道具を造ってマイラルがそれを売りさばく。
実に素晴らしいタッグだ。
さぞや儲かっていることだろう。
おっと、そんなことを考えているうちに、どうやら目的地についたようだ。
「重要参考人、マサキ・リョウを連行してきました」
障子の前で兵士が報告を始める。
その顔には強い緊張が伺えた。
世界最高の魔法使いと顔を合わせるんだ。当然か。
へへっ、おれもちょっと緊張してきたぜ。
「入れ」
障子の奥から聞こえてくるこの高い声は……もしかして、女?
「ようこそ静寂なる森の庭園へ。歓迎するぞ、マサキ・リョウ」
ちゃぶ台で緑茶を飲んでいた着物姿の女性は、そういってほがらかに微笑んだ。
陽光を浴びてキラキラと輝く金髪。
地中海のように透き通った碧眼。
陶磁器のような白い肌に柳のようにしなやかな四肢。
掛け値なしの美少女だ。
いや、美女と呼ぶべきか?
年齢がよくわからん。
一見すると高校生ぐらいの齢に見えるが、妖艶な大人の色気も持ち合わせている。
魔法でアンチエイジングしている可能性もあるから外見じゃ年齢は測れない。
女に年齢を聞くのは野暮だから聞かないけどな。
しかしまあ、着物の似合わないこと似合わないこと。
フランス人形が着物を着ている様を想像すればこの違和感は理解できるはず。
せっかくの美貌もこれでは台無しだな。
もっとも、この美貌で魔法も使えてさらにファッションセンスまで抜群だったら完璧すぎて逆にイヤミかもしれんから、これはこれでいいのかもしれんがね。
「私の名はマリィ。マリィ・マーマネスという。この庭園の管理者だ」
……マジック隊長じゃないんかい。
人違い




