拳の意味
おれは空手家だ。
自慢じゃないが、神童なんて呼ばれるほど才能あふれるな。
もちろん才能だけじゃねえ。努力もした。
つうか誰かを殴ることが好きだったから、自然とたくさん練習した。
数えきれないほど組み手を行い、数えきれないほど人を殴った。
道場でも学校でもストリートでも、一時期は人を殴らなかった日はないほどに。
そんなおれだからこそ断言できる。
拳は、人間を殺傷するのには向いていない。
そもそも人間の手っつうのは物を持つように進化してるんだ。
相手をぶちころすためなら獣のように爪を伸ばして牙を剥くようになってるさ。
まあ、おれぐらいのレベルになると拳でも人をころせないことはないがね。
でもそこまで至れる人間はほんの一握りだ。
素直に武器を持ったほうが早い。
空手家は手の本来の使用法を無視して、人を上手く殴り倒す方法を磨いているといっていいだろう。
戦時でもないにも関わらずにだ。
護身のためとか精神鍛錬のためとか、まあ色々といいわけはあるわな。
護身だったらスタンガンでも持てばいいし、格闘家だって不祥事は起こす。
つうか戦時ですらちょっとどうかと思うな。
戦場で武器を失ったらそりゃもう詰みだわ。
拳を振ったところで無駄なあがき感あるね。
でも太古より、拳闘の歴史は一度たりとも途切れてはいない。
不思議なもんだと常々思う。
人はどうして拳を握るのか?
おれはずっと疑問に思っていた。
中学時代は暇さえあれば考えてたといっていい。
考えて考えて考えて考えた末に、おれの出した結論はこうだ。
拳はコミュニケーションツールだ。
殴って痛みを与えることで、相手に己の意志を伝えるためにあるんだ。
その意志はもちろん『怒り』。
拳は怒りの象徴なんだ。
それは人の心に四つ備わった不変の感情のひとつ。
だからいつの時代も決してなくならなかったというわけだ。
それに気づいたおれは――――空手をやめた。
おれはリア王。
喜怒哀楽から怒と哀を永遠に失った男。
すべての面において満ち足りた者だ。
怒ることなど何ひとつとしてない。
よって空手など無用の長物。
当時のおれはそう思ったのだ。
今になって思えば、それは間違った選択だった。
空手を失ってからおれが始めたことは……まあ、今さら語るまでもないか。
おれは、怒ってたんだ。
誰よりも何よりも怒っていた。
だから殴って、殴って、殴って、殴って、殴って、殴って、殴って、殴って、殴って、殴って、殴って、殴って、殴って、殴って、殴って、殴って、殴って、殴って、殴って、殴って、殴って、殴って、殴って、殴って、殴って、殴って、殴って、殴って、殴って、殴って、殴って、殴り続けていたんだ。
誰を?
決まっている、このおれだ。
おれはおれに怒り、おれを赦せず、ずっと殴り続けていたんだ。
赤の他人を、自分に見立てて……だ。
グゥエンはおれを暴力で支配しようとした。
だからその拳には怒りがなかった。
あるのは打算と弱者をいたぶる悦楽だけ。
ぬるい。
あまりにぬるすぎる。
そんなふぬけた拳ではおれの心にはまるで届かない。
屈服なんぞするはずもない。
だからおれは見本を見せてやったんだ。
本物の拳を。
本物の怒りを。
結果、怒濤のようになだれ込んできた雑兵どもにリンチされたが些細な話だ。
これもさして効いちゃいない。
リリスお嬢さまの拷問のほうがナンボか効いたわ。
ははっ、どいつもこいつも腰抜けどもだ!
ホント何もかもが手ぬるいなあ、リグネイア軍。
少々ガッカリだよ。
もしかして平和ボケかね?
魔族が活発化したのはイドグレスが復活してからの数年だから無理もないか。
常に戦場に身を置いていたおれとは雲泥の差だな。
バカみたいに平和な日本の中にあって、おれはおれと戦い続けていた。
その怒りは増大することはあれど決して消えることはなかった。
今思えば、無駄なエネルギー消費にもほどがあったけどな。
だが安心しろ。
あまり余っていたそのエネルギーは、これからはすべておまえらに向けられることになるのだからな。
リグネイアは、はたしておれの全力を受け止められるかな?
ふふっ、少しだけ楽しみだよ。
怒りの中で生きてきた




