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ヴァンダルさん

 ……さすがに疲労が蓄積されてきたか。



 水辺にある休憩所でおれは身体の調子を確認する。

 けっして悪くはないのだが、ここのところ働きづめだったからなあ。



 イリーシャに回復してもらうか?

 いや、たぶん無理だろうな。回復魔法は労働に深刻な支障がでない時以外には使わせないのがむこうの方針みたいだから。



 ま、とうぜんだね。

 みんなが元気になられたら反乱を起こされる可能性があるからな。

 おれでもそうするわ。



 あと半年もやり続けりゃ、すっかり疲れ果てて目の死んだ人間の出来上がりってか?

 へっ冗談じゃないね! 志なき人生なんてお断りだ!



 つーわけで、体調管理は自分でやんなきゃな。

 今まではしゃにむに働いてただけだけど、これからはうまく手を抜く方法を覚えないといけないな。



「セイラム!」



 そんなことを考えてたら、後ろから声をかけられた。

 珍しいこともあるもんだ。おれは愛想笑いを浮かべて振り向く。



 おれに話しかけてきたのは男の奴隷だった。

 ま、最初から声でわかってたけど。


 年齢は三十路後半といったところか。

 短く切りそろえた髪。深い彫りの深い顔立ち。筋骨隆々の身体はおれよりすごい……ってまあ、まあこんな環境で長く生活してりゃ嫌でも筋肉はつくから特筆するほどでもないか。



 まっ、典型的な作業現場のおっさんだな。

 はじめて会う顔だけど新入りかな?

 とりわけ興味も関心もない。



 のだが……このおっさん、なぜかやけにフレンドリーにおれに話しかけてくる。



 なれなれしい野郎だなとは思いつつも体力温存のためにも余計なもめ事は避けたい。

 おれは得意のボディランゲージで自分が言葉をしゃべれないことを懸命にアピールした。



 するとこのおっさん、はっはっはっ! と大笑いしながらその場を去っていった。



 ふん、ようやく行ったか。

 おれはノンケだからおっさんとイチャイチャする趣味はないんだよ……って戻ってくるんかい!



 戻ってきたおっさんは手に本を持っていた。

 大きなゾウにターバンを巻いた青年が剣を持って乗っている。


 たぶん子供向けの絵本だ。

 どうやらおれたちの食事の世話をしてくれているおばさんたちに頼んで借りてきたらしい。

 ちなみに今、大鍋でスープを作っているおばさんの名前はユーウェイだ。みんなから親しみを込めてそう呼ばれているからまず間違いないね。



 絵本……絵本ねえ。

 そんなもん持ってきて何に使うんだよ。

 まさかと思うけど、おれに読み聞かせてくれるんじゃないだろうな?



 おれの予想は果たしてその通りだった。

 おっさんはおれの前で絵本を開くと、中に描かれた絵を指さしながらゆっくりと読みはじめたのだ。



 最初はバカにされてるのかと思ったけどすぐに違うと気づく。

 おっさんがおれに言葉を教えてくれているんだ。



 ありがたい。

 本当にありがたい。


 おれはおっさんに滅多にさげない頭をさげた。

 こっちの世界で頭をさげることが感謝の意を示すことになるのかはしらんけど、自然と頭がさがった。



 おれは今まで、ここまで人に感謝の念をもったことがあっただろうか。

 ちょっと考えたが思い浮かばない。



 友だち恋人はもちろんのこと両親にだってここまで感謝したことはない。

 もちろん、だからといってそれまでの自分を恥じるつもりは毛頭ない。



 なにしろおっさんは、生まれてはじめての恩人だからな。





 それからおれは、おっさんとマンツーマンによる授業を受け続けた。

 だいたい一週間ぐらいかな? おかげで簡単な単語ぐらいは理解できるようになった。



 おっさんは、おれが言葉がわかりはじめるようになると、自分の身の上話をするようになった。

 どうもそれがしたくておれに言葉を教えていたらしい。

 おれとしてもおっさんから教えてもらった言葉を復習するいい機会なので、ありがたい話だ。



 まず、おっさんの名前はヴァンダルというらしい。

 年齢は36歳でこの国に出稼ぎにやってきたそうな。



 で、おれのように捕まって奴隷にされたそうだ。

 ただのマヌケじゃねえか。

 もっとも、マヌケはお互い様だけどな。



 職業は、おれの世界でいうところの造船技師らしくて、いちおう紹介状はもっているとのこと。

 だがそのことを看守たちに伝えてもまるで取り合ってくれないらしい。

 紹介状も取り上げられてしまったそうな。



 いやはや、わかっちゃいたけどかなりのクズ国家だな。

 まあ、おれはそんな連中に助けられているところがあるけどな。



 おっさん――いやヴァンダルさんは、服の中にしまってあったペンダントを取り出すと、中身をおれに見せてくれた。



 ペンダントの中身は写真だった。

 きれいな嫁さんと、まだおしめのとれていない赤ん坊――ヴァンダルさんの家族だ。



 ここから脱走して町までたどりつき、金を稼いで彼女たちの元に帰りたい。

 ヴァンダルさんはしきりにそんなことを言っていた。



 力になってやりたいと思った。

 こんな気持ちになるのは生まれてはじめてだ。

 でも、今のおれには何もできやしない。


 ヴァンダルさんも話を聞いてくれるだけでいいと笑っていたけど。

 それでも力のない自分が歯がゆかった。



 ちなみにおれの身の上も聞かれた。

 絵本に描かれた勇者を指さして、これが自分だといったら爆笑された。

 ひでえおっさんだ。



 自分でいっておいてなんだけど、実際のところ本当に勇者かどうかも怪しいもんだけどな。



 でも、もし勇者なら是非とも今、覚醒して欲しいものだ。

 そしたら勇者の力でヴァンダルさんを家族の元に送ってやるのに。



 ……ま、ただの妄想だな。



 おっと看守がやってきた。そろそろ帰宅の時間だ。

 今のおれたちの家は冷たい檻の中だ。

 それが現実。現実は現実としてありのまま受け止めておかないとな。



 おれはヴァンダルさんに別れを告げると自分の独房へと戻った。

渡る世間は鬼ばかりというわけでもないらしい

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