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理想郷



 ――――あれから二ヶ月。



 町長の不安などどこ吹く風といわんばかりに、ガルデの町は活気に満ちていた。



 このおれさまが直々に仕切っているのだから当然の話だがね。



 看守長としておれがまず始めたのは、パーガトリ内の環境改善だった。



 さすがに全部ではないが、以前エドックたちにいわせた内容を実践している形だな。



 劣悪な環境で作業者に無駄な酷使を強いるのは、逆に効率が悪くなるのだ。

 人間の奴隷では通らない案件も、同じ魔族相手なら余裕で通る。

 ああ、それと人間より魔族のほうが頑丈で使い勝手がいいね。



 人間に使われるのはさぞ不満だろうが、商売のノウハウを持っているのがおれだけなんだから従うより他ないしな。

 恨むなら己の不勉強を恨めよ。



 次に汚職を徹底的に取り締まった。



 やっぱりというか、パーガトリに入る予定のカネをちょろまかしてる奴が結構いたんだなあ。


 そいつらのクビは全部きった。


 ああ、もちろん物理的な意味じゃないぞ? 懲戒免職だ。

 アーデルみたいに恐怖で縛るやり方は非効率的だからな。

 無論、退職金はやらんけどな。



 そして仲買業者との交渉も積極的に行ったね。



 輸出入はレイモンド商会に頼りきりだったから足下を見られる。

 連中みたいな死の商人は儲けることしか頭にねえからな。

 もちろんそれは悪いことではないが、こっちも羊のままじゃいられねえ。

 おれの持つコネをフルに活用して別のルートを開拓してやったよ。

 今では連中のほうが頭を下げる立場さ。



 でも正直、こいつら要らねえんだよなあ。



 武器を売れない死の商人ってなんか価値あんの?

 高いカネで仲買してくれることぐらいしか取り柄がねえ。

 おれたちと交渉したかったらもっと別のカードを持ってこんかいボケ。



 他にも色々と手を尽くしたが……まあ、結果としてパーガトリ内の経常利益は五倍になったわけだ。



 思ったよりも増えたが、まだまだ限界ではないぞ。

 奴隷なしでこれなら最終的には十倍ぐらいにはできそうだ。



「いやいや、想像以上の手腕だったよ。感服した」



 朗らかに笑うミクネの頬はこけている。

 ぶくぶくだった醜い体もすっかりシェープアップして男前になった。



 まあ、おれが死ぬほどこきつかってやったせいだけどな。ぐへへへ。



「そろそろ監査が来ますが収支報告のほういかがいたしますか? もちろん過小報告することは可能ですが……」


「……いや、いい。正直に報告してくれ」



 人は貧すれば鈍する。

 逆に富めば余裕ができて鋭くなってくるものだ。



 そう、これだけ儲かってりゃ不正なんかする必要ねえのよ。

 堂々と収支報告して向こうを驚かしてやればいい。



「この数ヶ月――忙しくて忙しくて、君のことをころしてやりたいほど恨んだこともあった。だが……不思議なものだ。今ではもう、感謝の気持ちしかない。まるで憑き物が落ちたかのように晴れやかな気分だ」



 それはおれも一緒さ。

 あんた、おれが思ってたよりずっと立派な人物だったぜ。

 ちょっとだけ尊敬するわ。ちょっとだけな。



「リョウくん、労働は楽しいね」



 ああ、そうさ。労働は楽しいもんなのさ。

 奴隷だけにやらせるのはもったいないと思わないかい?







 活気づいたガルデの町をパーガトリの看守塔から一望しながら、おれは物思いにふける。





『商売というのはみんなの幸福のためにある』





 信頼していた取引先に裏切られて、狂っちまう前のじっちゃんの口癖だったな。



 幼かった当時のおれには理解できなかったが、今ではその意味がハッキリとわかる。



 パーガトリが活気づけば町も活気づく。

 町が活気づけば国も活気づく。

 国が活気づけば世界も活気づく。



 自分の幸福が、みんなの幸福に繋がるんだ。

 それが経済ってやつなんだ。



 素晴らしい。



 だけど、そんな幸せな世界を物足りなく思う自分もまたいるんだ。

 我ながら天の邪鬼だと呆れるばかりだがね。



 それにしたってあまりに上手く行きすぎてるわ。

 自分でも怖いぐらいにな。


 もう一波乱ぐらいあっても――――







 ドゴォォォォォォォォォォォォォォォン







 轟音が、町内に鳴り響いた。



 おれは慌てて空を見上げる。





 うんざりするような曇天をさらに分厚く覆う厳つい鉄の鳥たち。



 あれは――飛空艇エコードか!?



 機体に刻まれたあの紋章……間違いない、噂のリグネイア軍だ。

 イドグレスの港町を廃墟にしたように、この町も粉砕しようというのだ。



 アーデルがいなくなったことが市井に伝わった途端に進撃してきたということは、もしかしたら町にスパイがいたのかもしれない。

 奴隷相手にヒィヒィいっていたガルデの現有戦力ではひとたまりもない。





 硝煙があがった。





 飛空艇から次々と落とされる爆弾が、平和だったガルデの町を蹂躙していく。





 おれが必死に積み上げてきたものを無慈悲に破壊していく。





 ああ――なんてことだ。



 なんてことだッ!





「……素晴らしい」





 おれは感極まって全身を大きく戦慄かせた。




 おれの思い通りには決していかせない。

 そう易々とハッピーエンドは許さない。




 ああ――素晴らしきかなエルメドラ。




 ひねくれ者のおれの理想郷ユートピアよ。



第四章完結

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