労働の義務
ノーティラスの用意した大型船の前で、おれとエドックは再び固い握手をかわした。
「色々と世話になったな。最初の頃は悪くいってすまなかった」
「気にするな。別に間違ったことはいってねえからな」
おれは目的のためには手段を選ばない悪党ってのは事実だ。
おまえらも、おれの利益にならないなら助けようとは思わなかっただろうよ。
「念のために聞いておくが……まさかマジで爆弾が仕込まれているってことはないよな?」
「疑うなら船内をくまなく調べればいい」
おれがその気になればおまえらを海の藻屑にするのは簡単だからな。
疑うことはいいことだが、そういうのは口には出すな。おれに無断で事前に船舶内をチェックするぐらいのしたたかさはもって欲しい。
エドックくんの更なる成長に期待する。
「リョウさん……本当にありがとうございます」
「テトラ、向こうでも元気でな」
あんたは知的で物静かで、どこかイリーシャに似ていた。
だから、手を出すことなんてできなかったよ。
おれなんかには、あまりに恐れ多い。
「リョウさんはオーネリアスには戻らないのですか?」
「戻るさ。でも最低でも二年後ぐらいだな。あんたに渡した手紙、オーネリアス王に渡してくれると助かる」
残念ながら商会の立ち上げは延期だ。
もちろんゴルドバでの交渉もな。
でもまあオーネリアス王ならどうにかしてくれるさ。
コープスが残ってたらの話だけど。
オーネリアス……あんたなら、魔族ぐらいなんとかしてくれるよな?
「今のオーネリアスに安全な場所なんてねえ。またここに出戻りなんてことはないよう用心してくれ。大陸を移るのもありだ」
「オーネリアスは私たちの故郷です。離れるなんてありえません。コープスであなたの帰りを、いつまでも待ってます」
あんまり重く考えられても困るんだけどな。
じゃあな、縁があったらまた会おう。
「おい、私に別れのあいさつはないのか!?」
……ああ、そういやおまえもいたな。
名前は……なんだっけ?
「達者でな、レンコン」
「レイラだ!」
「冗談だ。今度こそ妹を守れよ」
おまえがふがいないせいでテトラはこんな目にあったわけだからな。
死ぬほど鍛錬して責任を果たせ。
「当然だ。おまえを楽々ぶっ倒せるぐらい強くなってやるよ! そのときはちゃんと私の名前を覚えろよ!」
「いいぜ、そいつは約束してやる」
おれはレイラとも握手をかわすと早々に船着き場を後にした。
悪いがおれは忙しい身の上なんでね。船を見送るなんて悠長で未練たらしいことはしてられないのさ。
「一緒に船に乗れば良かったのにのう」
馬を繋いだ場所に戻ると、待機していたノーティラスに声をかけられた。
「おれはまだここで仕事があるんでな。あんたこそレイラと一緒に行かなくてよかったのかい?」
「冗談きついわい。エルナが……魔族が、人と共に生きられるわけがあるまい」
つまらねえことをいうなよノーティラス。
おれはそのためにここにいるんだぜ。
「心配するな。今におれが変えてやるよ」
「期待しとるわ。老い先短いわしに新たな未来を見せとくれ」
任せときな。
あんたに、誰も見たことのない世界を魅せてやるよ。
「まっ、すでに欲しいものはもらったからええがのう」
いってレイラの髪の毛が入ったお守りをおれに見せびらかす。
やれやれ……いつの間に交渉したんだか。
ホントしたたかなじじいだぜ。油断ならねえわ。
ガルデに戻ったおれたちは、すぐにミクネに報告した。
ミクネはおれにねぎらいの言葉をかけた後、まるで捨て猫のような瞳をしておれにいう。
「なあリョウくん、代わりの奴隷はいつ来るんだい?」
知らねえよボケ。
「ご心配なく。オーネリアスに滞在中の将軍には、すでに話をつけています」
これはウソじゃない。
ノーティラスを介して向こうの将軍にはこう伝えてある。
『現地の人間はできるだけころさず生かして本土に送ること』と。
これでオーネリアスでの無益な殺生はかなり減るはずだ。
元ロイヤルズの威厳がどこまで通用するか、少々不安ではあるがな。
「ただ、ロギアを失い指揮系統が少々混乱しておりまして……新しい奴隷が来るにしても最低半年以上はかかるものかと思います」
「え? ……じゃあ、それまでパーガトリはどうするのかね?」
「どうするもこうするもありません。我々だけで運営するのです」
とっくの昔に町長も承諾した案件かと思いますとおれがいうと、ミクネは目をひん剥いて驚愕した。
当たり前の話だろ。驚くようなことかい。
「もちろん、町長にもキリキリ働いてもらいますのでお覚悟を」
「いやいや! いやいやいやいや! 困るよそれはぁ~ッ!!」
ミクネ……おれがあんたにくれてやるカネは1ルピもねえ。
てめえのカネはな、てめえで稼ぐんだよぉ!
当たり前の話だよなぁ!
働かざるもの食うべからず




