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悪魔の囁き


 奴隷たちとの交渉は難航していた。



 最初から数えてすでに五度めの交渉を終えたが、両者未だに落としどころが見つからない。



 それもそのはず、交渉の場でおれたちがやってることといえばゲームか雑談か勉強ぐらいだもんな。



 こいつを見てくれ。

 おれの自作トランプ。

 マイラルではわりとポピュラーだが、オーネリアスにもイドグレスにも普及していないそうだから、おれが一から教えてやったよ。



 結果、みんなハマった。



 特にポーカーが人気で、一番の理由はルールのわかりやすさだ。

 マイラルではカネを賭けてやることもあるって教えたらみんなこぞって賭けたがった。

 むろん却下したがね。



 賭け事でチームの輪を乱したくないってのもあったが、一番の理由はおれの気分が乗らねえからだ。



 何しろ手持ちのカネが増えようが減ろうがおれの心はピクリとも動かないからな。

 ああいうのはカネに執着のある人間がやるもんだ。

 おれにとってギャンブルっていうのは己が命をベットして世界を動かすことをさす。



 今やってることが、まさにそれさ。



 ここの奴隷が全部解放されるなんて事態が起きれば、わずかながらもイドグレスは変わる。

 その様を眺めて悦に浸るのがおれの最高の娯楽さ。



 そのためならおれは死力を尽くすぜ。

 魔族どもよ、果たしておれの本気を受け止められるかな?







「……いつになったら話はまとまるんですか?」



 ミクネが青い顔でおれに問いかける。

 その声はすでに憔悴しきっていた。



「獄中での生産物を売買する権利と、外泊の自由だけは取り下げられました」


「他には?」


「それだけです。充分な進展かと思われますが」


「充分? 冗談はよしてください!」



 こいつが憔悴するのもしかたがない。

 何しろこの町の経済はパーガトリを中心として回っているといっても過言ではないからだ。

 ここの機能が不全になると町全体の機能が停止する。



 それがかれこれもう二週間以上。



 これで憔悴しないほうがおかしい。

 おれがこいつの立場でも焦るわ。



 そんなこいつに、おれは極めて平静とした態度で応じる。

 当事者がこういう冷めた態度をとっているとえてして頭にくるものだ。


 要するに間接的に煽っているわけだ。

 こいつから冷静な判断力を奪うために。



「これ以上は待てない! 監査を延期してもらったとはいえ、早く事態を収めないと大陸中に噂が広まってしまいますよ!」


「おちついてください町長。すでに新聞社のほうには手を回し、例の一件は誤報であるという謝罪文を出させてあります」


「生産ラインが完全にストップしてるんだぞ! 町民にはとっくの昔に嘘だとバレとるわ!」



 あんた、なんかキャラ違くね?

 いやいやっていえよ。いやいやって。



「こっちも必死に根回ししているがもう持たん。さっさと決着けりをつけろ!」


「それでは、奴隷側の条件を呑んでみてはどうでしょうか?」


「馬鹿も休み休みいえ! きさま脳天カチ割ってころすぞ!」



 ちなみにノーティラスは今日は不在だ。

 あいつがいるとこいつが偉そうにできないからな。

 おれはストレス発散のために呼び出されたわけだ。



「これ以上の譲歩はなさそうですからしかたありませんよ」


「こんな条件を呑んだら奴隷側がつけあがるに決まっている! 今後一生足下を見られ続けるぞ」


「もちろんこの就労条件は呑めません。だから決裂して帰ってきました。なので、私が提案しているのは最初に出してきた条件です」


「奴隷どもを解放しろとでもいうのかァッ!?」



 ミクネが机に両手を叩きつけ、目を剥いて激怒する。

 そういう体勢を取るマジでは虫類っぽいな。

 めっちゃ下等だわ。どこが進化した人類やねん。



「正直、仮に交渉が成功したところで連中がまともに働くとはとても思えませんので。だったらいっそのこと全部捨ててしまい、新しい奴隷を拾ってきたほうがマシかと」


「却下だ! 奴らを生かして帰しては、我らの面目が丸潰れよ!」



 おれは『捨てる』といってるのに、なぜか生かして帰すことを前提としてるな。

 こいつはいつも腹黒いことばっかりいってるけど、こういうところが悪党になりきれていないんだよなあ。



 いや、これは悪口じゃないぜ。

 こいつはまだ心のどこかで人の良心ってやつを信じてるんだ。

 小悪党ではあるが、たぶんおれよりはまっとうな人間なんだろうな。


 だからまっ……ロギアみたいに首だけになることだけは回避させてやるよ。


 できれば、だけどね。



「ではこうしましょう。帰国用の船にあらかじめ爆薬を乗せておき、洋上で爆破させるのです。労働力を失うのは痛手ですが、これでパーガトリにはひとまず自由が帰ってきます」


「……」



 ミクネは指を組んで考えるそぶりを見せる。

 まあ、こういう態度を取るときはえてして答えは決まっているんだけどな。



「船はどうする? 我が国に余った船はほとんどないぞ」


「その点はご心配なく。すでにノーティラスさまに手配を頼んでおります」


「失った労働力の確保は?」


「その点もぬかりありません。もともと私は奴隷を使い捨てる予定でいましたので」



 ミクネはふさぎ込むと心底疲れ切った声で、



「よきに計らえ」



 ――ありがとうございます。本当にね。



 おれはミクネに深々とお辞儀してから退室した。





 おれの提案は、最初にミクネがいったとおり『馬鹿な話』なんだよ。

 おれなら絶対に呑まないし、ミクネも冷静だったら呑まないだろう。



 でも人間ってやつは追いつめられると早く楽になりたがる。

 安易な手段にすがりたくなる。



 だがあんたが承認したその奴隷解放案は、部屋の掃除が面倒だからという理由で部屋にある物をぜんぶバーナーで焼き払うに等しい暴挙なんだなあ。



 まあ、代わりの品をすぐおれが用意してくれるという期待込みなんだろうけどさ。

 そりゃちょっと甘えすぎってもんよ。



 船を用意してるのは本当だが、当然爆弾なんて積まない。

 奴隷のみなさんにはさっさと故郷にお帰りいただく。

 イドグレスの海域外で爆破したと伝えればウソもバレない。

 念のため焼けた木片を流すよう指示してるけどな。



 どうやらおれが用意した六発の弾丸は初弾からヒットしたようだ。

 ミクネの様子を見ると全弾当たっただろうな。



 何はともあれ奴隷の件は片づいた。

 あとはおれたちか。



 ……まあ、おれたち看守は後からのんびりでいいだろ。



 何しろ魔族に魂を売った売国奴だしな。

 もっともその中に本物の悪魔がいるとは、さすがの魔族も思いもしなかっただろうがなあ。


疲弊しきったところを絡め取る

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