本物の悪
「本日は公務でお忙しい中、パーガトリにまでお越しいただきありがとうございます」
「いやいや、あのアーデルさまが太鼓判を押した後任とあれば当然のことですよ」
今、おれがガッチリと握手しているのはガルデの町の町長ミクネ。
いかにも人の良さそうな顔をしたかっぷくのいい魔族だ。
ロギアとアーデルのせいで陰が薄かったけど、こいつがこの町の本来の支配者というわけだな。
「聖王軍の総司令とロイヤルズが滞在していて、さぞや肩身の狭い思いをしていたでしょうが、これからはそのようなお気遣いは無用です。何なりとご命令ください」
「いやいや、君は実に話のわかる男ですね。私も助かりますよ」
ミクネの口元にねっとりとしたいやらしい笑みが浮かぶ。
孝行爺めいた気配はあっという間に霧散した。
これは……蛇の顔だ。
おれはこういう気配に敏感で――――ヘドが出るほど嫌いだ。
確かにアーデルのいうとおり、こういうところは純粋なのかもしれん。
「正直、私は今までずっと思っていました。『どうして私が彼らのご機嫌取りをしなきゃならないのか』とね。ただでさえ首都から重税を強いられているというのに、彼らのために更に予算を割かねばならないのは甚だ迷惑でしたよ」
「心中お察しします」
この男、馬鹿なのか?
おれがそれをアーデルにチクったらおまえ、おしまいだぞ?
軽々に弱みを握らせてどうする。
おれとアーデルの関係を知らないからかもしれんが、それでも不用心な発言だ。
「これからはいつも通り私のところに利益を提供してもらいますよ」
「いつも通りで……本当によろしいのですか?」
おれがちょっと餌をチラつかせると、ミクネはダボハゼのように食いついてきた。
「首都の目を欺き徴税を免れること、可能だと思いますか?」
「充分に。これでも私、この手の工作は得意技でして、すでに準備も万端です」
「いやいや、実に手際がいい。私も君を推薦した甲斐ががあったというものです」
……?
あ、そうか。
おれを看守長にという話は元からあって、こいつはそれを容認する立場だったわ。
結局アーデルの鶴の一声で決まったとはいえ、こいつの頭の中では自分がおれを推薦してやったという事になってるんだ。
それで、こんなに馴れ馴れしいんだ。
おれに恩を売ってると思ってるから。
なるほど、すげえ納得した。
「町に入る予定の利益もいくらからちょろまかして、町長の懐を温かくすることも可能ですよ。その代わり、私にも少々お情けをいただければと存じます」
「いやいや、君もワルですねえ。君のような人間に会ったのはひさしぶりです」
「ご不満ですか?」
「いやいや、むしろ逆です。とても気に入りました」
いやいやいやいやうるせえよ。
カネなんざどうでもいいが、てめえにくれてやるカネは1ルピもねえよ。
「聞けばオーネリアスでは商人をしていたとか。カネ勘定に強い人間は本当に助かります。何しろ今のガルデは戦争のせいで人材不足で能なしばかりですからね」
その最たるがおまえというわけか。
他人を蹴落とし利権をむさぼることだけが得意の害獣が、確かにおまえなんぞ戦場では使い物になりそうにない。
「これから私の就任式があります。ミクネさまもぜひご参加ください」
おまえのような小悪党には早々に見せつけてやらないといけないな。
格の違いを。
本物の『悪』ってやつをな。
「あーテステス。みなさんこんにちは、今日もいい天気ですね。このたび看守長に任命されたマサキ・リョウともうします」
かつてロギアが在籍していた西の塔。
その一階にある大ホールでおれは就任式のあいさつをする。
そういや、ロギアもここでおれたち相手に演説していたな。
ちょっと前の話なのにずいぶんと懐かしく感じるじゃねえか。
「私は昔から長いわりには中身のない演説という名の自分語りが大嫌いでして、単刀直入に実利の話だけをいたしましょう」
就任式には町の要人たち、そしてパーガトリ内のすべての看守が集まっている。
本来ならパーガトリ内でやるべき案件なのだろうが、式は西の塔でやるのがしきたりらしい。
「私が就任した暁にはパーガトリ内の総生産を30%アップさせます。これは作業の効率化をはかれば充分に可能な数字だと判断しています!」
ま、ホントにやる気は微塵もないんだけどな。
いうだけならタダだ。
もうちょっと盛っても良かったんだが現実的な数字のほうがいいだろう。
「さらに品質向上と仲買業者との交渉をおし進め、最終的には経常利益を二倍にすることを約束します! もちろん増えた利益はすべて看守のみなさまにフィードバックさせてもらいます。つまり給料を二倍にするということです!」
場内からドッと歓声があがった。
こういう連中はわかりやすくて助かるわ。
もっとも人間の看守どものノリはイマイチだけどな。
そりゃそうだ。
スズメの涙ほどの給料が二倍に増えてもタカがしれてるものな。
「私についてきていただければ、この場にいるあなたがたすべてに利益を提供し続けることを約束します! 話は以上、ではみなさんお待ちかねの酒宴といきましょう!」
……でも安心しなよ。
一番得をするのはたぶん、あんたらだぜ。
酒宴の席でも主賓であるおれさまは引っ張りダコだった。
看守はもちろん町の重役どもが餌に群がるハイエナのようにおれに集ってくる。
イケメンで有能なおれさまから少しでも多くの利益をかすめとろうって寸法よ。
はぁ~やだやだ。
ホントイヤだねえ、カネしか頭にない連中は。
操りやすいのは助かるけど、仲良くはしたくねえかなあ。
「リョウくん、あんな約束をして本当にだいじょうぶかね?」
バッカス産のワインを片手にミクネがおれに声をかける。
その声がいかにも心配そうでちょっと笑ってしまう。
「私の手腕に不安でも?」
「いやいや、そうではなくて……私たちで利益をふたりじめするという話ではなかったのですか?」
小声でいうなよ。
もっと腹から声出せ。
「町長、それは逆に美味しくない。目の前ににんじんがなければ馬は走りません。我らもいらぬ反感も買うことでしょう」
「だからといって稼いだカネをすべて周囲の者に還元する必要はあるまい」
「だれがそのような話を?」
「いやいや、君だよ! 二倍になった利益分、皆の給料を増やすと……」
「経常利益は三倍にします」
おれの宣言にミクネは絶句する。
「私は経営について詳しく知らんが……そんなことが本当に可能なのかい?」
「可能です。今以上に奴隷を酷使すればの話ですが」
「いやいや、そんなことをしたら奴隷が持たんぞ」
「ならばいくらでも拾ってくればいいではないですか。何のための戦争ですか」
おれが不敵に笑うと、ミクネはアホみたいに大口を開けてまたもや絶句した。
まあ、おまえのような小悪党には思いついても実行はできない、極めて非情な手段ではあるかな。
「君も人間だろう?」
「今はエルナです」
「あきれたな。まるで悪魔のような男だ」
「推薦したことを後悔しましたか?」
「いやいや、逆だよ。頼もしいことこのうえない!」
ミクネは安心したといわんばかりに高笑いしておれの背中をバンバンと叩いた。
ふふ、ようやく気づいたかい。
おれは闇の王。
人の皮をかぶった悪魔であり邪悪の化身よ。
もっともその邪悪は、人間ではなくおまえらに向けられることになるのだがなぁっ!
悪党としての格が違う




