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同志

 オルド遺跡の調査から早一週間。

 書庫中から集めてきた文献とにらめっこしながら、おれは頭を悩ませる。



「……ダメだ。どの国の言語とも違う」



 アーデルの魔法のギリギリ範囲外だった殿堂を徹底的に調べてみたが、めぼしいモノは何も見つからなかった。



 だが、やけに厳かに飾られていた石版が一枚あって、そこに刻まれていた文章がどうしても気になった。

 だからこうして写真機で撮って持ち帰ったわけだが……まるで読めん!



 これは古代語ってやつなのか?

 デンゼルの野郎はイドグレス語で話していたのに。



 あいつがこっちに合わせていたと考えるべきか?

 いずれにせよ、解読にはもう少し時間を要しそうだ。

 今度アーデルに頼んで書物を増やしてもらおう。





 解読作業は忙しいが、おれにももちろん仕事はある。

 魔族の信頼を勝ち取るために、こっちも疎かにするわけにはいかねえ。



 それと、そろそろ反乱の計画も煮詰めなきゃいけねえ。

 セスタ姉妹にはすでに事情を打ち明け済み。

 次の会議の日取りを決めねえとな。



 ああ、それとエドックが何やら問題が発生してるとかいってたな。

 どうも奴隷の間でおれを暗殺しようという話が持ち上がっているとか何とか。

 元気があって結構なことだ。



 いいぜ、かかって来いよ。

 おれは貴様ら負け犬どもには決して負けんぞ。



 おっと、その前にノーティラスと相談して船の手配をしてもらわないとな。

 ああいう負け犬どもは圧倒的勝ち犬であるおれさまの足を引っ張るだけだからな。

 さっさと解放してオーネリアスに送り返してやろう。



 ああ、そういやおれも一通り用事が済んだらオーネリアスに帰らないといけないな。

 スケープゴート商会はまだ活動すらしていない。

 早く店を開かにゃならねえな。



 つうか向こうに渡ったらすぐにマイラル行きだな。

 マリガンさんとあれこれ交渉しなきゃならねえし。

 リリスお嬢様はいい顔しねえだろうが復讐だったらもう済んだだろ。

 これでも納得いかねえなら誘拐してイドグレスにご招待してやるよ。



 そして商談をまとめ上げ、どうにかしてゴルドバに戻る。

 ヴァンダルさんとミネアさんの夢をかなえる。

 ミチルを祖国に戻す。

 ついでに田中も日本に帰してやる。



 ああ、忙しい忙しい。


 リア王はやることがいっぱいだ。



 だが……見ていろ。



 そつなく、全部こなして……おれは、この世界に自分の生きた証を…………。











「目がさめたか?」



 気づいた時には、おれはベッドの上にいた。



 ここは……アーデルの部屋か?



「おまえが廊下で倒れているのをたまたま発見してな。こうして運んできてやったわけだが……どうやら過労のようだな」



 か、過労ぉ!?



 馬鹿な、今週のおれはまだニ徹しかしてねえぞ!

 その程度でぶっ倒れるなんて……度重なる遺跡調査で体力を使ったせいか? それとも悪環境のせいでおれの体が弱っちまってるのか?



 いずれにせよ、恥ずべき失態だ。

 おれもあまり他人様のことを馬鹿にはできねえな。



「誰も助けないとは人望がないな」


「おまえが助けてくれただろ。悪いが貸しにしといてくれ」



 くそ……体が重いな。

 だがこんなところでいつまでも休んでいるわけにもいかねえか。



「どこに行く気だ?」


「仕事だよ。これでも下っ端看守なんでな」


「必要ない。本日付けでおまえを看守長に任命した。おれの後任だ、喜べ」



 マジか。

 人間を酷使する責任者に任命されるのは、果たして喜んでいいものなのだろうか。

 いや、後に控えた計画に利用できるのはありがたいんだが。



「おまえは働きすぎだ。少し休め」


「なんであんたはそんなにおれに優しいんだ? おれは人間だぜ?」


「我らも元は人間だ」



 ああ、そういやそうだったな。

 エルナ製造プラント『エルナーガ』は力は生めても理性は生めなかったんだよな。

 だから元から知性と理性を併せ持つ人間を媒体にするしかなかったんだ。



 ……哀れだな。



 おれの境遇なんて、あんたらに比べれば恵まれてるもいいとこだな。

 同情するぜ。わりとマジにな。



「我は人種にこだわりはないし、努力する者には相応の評価を下す」


「だったらその優しさに、もうちょっと甘えてもいいか?」


「なんだ、いってみろ」


「海外留学の許可を。リグネイアに渡りたい」



 オルドの古代語、どの国の言語体系とも違うが、一番似ているのはリグネイア語だ。



 リグネイアは魔法発祥の地。

 そして魔道具発祥の地でもある。



 この魔法を道具に詰めるという発想――もしかしたらオルドの機械文明と何かしらの関係があるんじゃないのか?



 仮説だったらいくらでも立てられるが、そんな机上の空論クソの役にもたたん。

 直接行ってこの目で確かめなきゃならねえ。



「ダメだ」



 だがアーデルの返事はそっけないものだった。


 断られるのは想定内。

 でももう少しだけ粘ってみよう。



「どうして?」


「海外留学など許したらおまえは逃亡する」


「逃亡防止に監視役をつければ解決だろう」


「戦時中だ。魔族はリグネイアには渡れん」


「だったら人間の監視役をつければいいじゃん」


「懐柔されるに決まっている。それにおまえを止められるのは我だけだ」



 ちっ、やけに評価がたけーな。

 その通りだけどな!



「調査成果は必ずすべて提供する。これだけは約束する」


「逃亡しないことを誓え」



 う~ん……。


 ……考えてみたけど、それはちょっと無理な相談ですねえ。



「一緒に調査したおまえならわかるだろ。調査結果次第ではシグルスさん……いや、このイドグレスに住むすべての民の利益になるかもしれねえんだ。ここに留まっていたら何もわからねえ。おれはリグネイアに行かなきゃいけねえんだ」


「……」



 そしてまただんまりだ。

 知ってたよ。おまえはそういう奴だ。


 だがおれも無理な頼み事をしているって自覚はある。

 あまりおまえを責めることはできねえな。



「しかたねえ。とりあえずリグネイア関連の文献は増やしてくれよ」


「現状、敵国であるリグネイアの情報を得るのは極めて困難だ」



 だよね。

 やっぱ行くしかねえか……リグネイアに。


 どうやって行くか?



 反乱しかねえよな!



「……我は、来週首都に戻る。司令官の後任を選出せねばならぬからな」


「そんな美味しい情報、おれに教えていいのか?」


「どうせおまえなら自力でかぎつける」



 それはそうかもね。

 ここの情報管理はガバガバだし。



「最低でも二ヶ月。ロギアもいないし、もう戻らないかもな。だからパーガトリの管理はおまえに任す」


「おいおい、そんなことしたらおれ脱走しちゃうよ? おれを止められるのはおまえだけじゃなかったのか?」


「我は町長ではない。我の不在時におまえがこの町で何をしようが、それは預かり知らぬことだ」



 おいおい、無責任なやっちゃなあ。

 おまえがおれを看守長に選んだんだから、任命責任ってもんがあるだろうよ。任命責任ってものがよう。



「おまえに女神の祝福があるのなら、無事リグネイアにたどり着けることだろう」



 だが……サンキューなアーデル。

 やっぱあんたは、おれの最高の同志だよ。



「これで最後だから伝えておく。我はおまえに投げかけられた言葉のほとんどに、まともな返答をかえすことができなかった」


「ああそうだな。悪い癖だな」


「おまえは誰よりも純粋で、まっすぐで、世俗に汚れた我にはあまりに眩しすぎた」



 ……は?



「シグルスさまも、そんなおまえの気高さに惹かれたのかもしれんな」


「おまえはおれを笑わせにきてるのか? そんな風にほめられたのは生まれて初めての経験だわ」


「ほう、普段は何と?」


「古くは暴君。最近だと魔族に魂を売ったイヌ畜生だな」



 おれがぼやくとアーデルは声をあげて笑った。

 こいつが笑うのをおれは初めてみた気がする。



「まあ、そういうのは紙一重だ。度を超えた純粋さというのは時として周囲にわがままに映るものだ」



 ふ~ん、そんなもんかねえ。

 自分ではかなり腹黒いつもりなんだがなあ。



「では行く。この部屋はおまえにくれてやる。好きに使え」



 最後にそう告げると、アーデルはいつも通り音もなく部屋を出ていった。



「気高く純粋なのは、おまえのほうだと思うがね」



 応えられない質問に答えないのは、おまえが嘘を嫌うからだ。

 主君を侮られて憤るのは、おまえが不義を嫌うからだ。

 倒れていたおれを助けたのは、おまえが貴族だからだ。

 弱者を助け未来へと導く真の貴族だからだ。



 アーデル・ロイヤル。

 ロイヤルズの名にふさわしい高貴なるエルナの騎士よ。

 またいつか、どこかで会おうじゃねえか。



性格こそ違えど、二人は似たもの同士だった

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