戦闘開始
蜘蛛は慎重にこちらの様子を伺いながら、静かに、しかし確実にこちらに近づいてくる。
生物ではない。
あらかじめ与えられたプログラムに従って動く命なき生物。
地球の言葉でいうならロボットだ。
原動力は魔法だから魔道具の類だろうけどな。
魔法が使えないイドグレスで魔道具は使えるのか?
答えはイエスだ。
聖煙がカットするのはあくまで大気中の魔力のみ。
メドラダイトを内蔵した魔道具なら問題なく動く。
もっともこの大陸では、メドラダイト自体が産出されないんだけどな。
理由は単純で、メドラダイトってのは大気中のメドラが長い年月をかけて結晶化したものだから。
メドラを封印している世界でメドラダイトは生まれない。
だったらこの魔道具は――――いったい何を原動力にして動いている!?
蜘蛛が、跳躍した。
狙いは――――おれだっ!
なめるな、このガラクタがぁ!
おれはすぐさま腰の剣に手をかける。だが、
――早い!
あまりの素早さに抜刀する暇すらなかった。
「悪い。生け捕りにするんだったな」
おれが竜鱗の剣を鞘から引き抜くよりも早く、アーデルの神速の剣は蜘蛛をまっ二つに両断していた。
はええよ! 今のはおれの見せ場だろ!
「いや、別にいいよ。そいつら生物じゃねえみてえだからな」
「どうでもいいがこいつは何だ? 人間が使う魔道具のようだが……こんな高度なモノは初めて見た」
「それは……」
おれは両断された蜘蛛の断面を見る。
剥き出しになった配線が、むっちゃスパークしてやがる。
電気……か?
こいつは電気で動いているのか?
魔道具ではなく、マジでロボットなのか?
しかも地球の文明よりはるかに高度な!
だがそう考えるとこの遺跡中に流れる水にも納得できる。
このイドグレス、魔法は使えなくとも科学なら使いたい放題だ。
大気中の水分をかき集めて……いや、この技術力なら生み出したほうがてっとり早いか。
水なんて水素と酸素さえあればいくらでも作りだせるものな。
「……エルメドラの理の外からきたカラクリ。今はそう呼ぶしかねえな」
「なるほど、おもしろい発見だ。我もようやく考古学とやらに興味が出てきた。で、こいつをどうする?」
「もちろん持ち帰って研究する。もっともおれ程度の知識じゃ解析不能だろうがな」
「では何体持ち帰っても無意味か」
「あくまでおれはな。魔道具に詳しい奴ならきっとこいつも……」
……ん?
何体もって……まさか、
「まだまだいるぞ。その辺にゴロゴロとな」
神殿の奥からポツン、ポツン、と浮かびあがる赤い灯。
その数がどんどん増えていく。
総数は……数えるのもメンドくせえ。
おれたちはとっくの昔に囲まれていたって事実だけわかりゃいいわ。
「……これ、ヤバくないか?」
もしかしてこの遺跡が詳細不明な理由ってこいつらのせいなんじゃね?
蜘蛛が遺跡に入る者を問答無用で始末し続けていった結果、地図にその名が刻まれるのみになっとかさ。
いや、完全におれの妄想なんだけどさ、ちょっと信憑性あると思わ――――き、きたああああああああああああああッッ!!!
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」
周囲の神殿から機械仕掛けの蜘蛛が次々と飛び出して来る!
おれたちという異物を遺物から排除する気だ!
だが、まだダジャレを飛ばすぐらいの余裕はあるぜ!
「オラァ!」
背後から襲ってきた蜘蛛を竜鱗の剣でぶったぎる。
巨体のわりには素早いが、おれが捉えられないスピードじゃねえ!
シグルスさんの力があれば充分戦える!
おれにとりつこうと挟み撃ちしてくる蜘蛛ニ体を素早く斬り払う。
先にいっとくが、今のおれはつええぜ?
田中との決闘以来、剣の練習を欠かしたことがねえんでな。
だが、ちいとばっかし数が多すぎるな。
体力には自信があるが、果たしてどこまで持つものか――――ん? なんだあの蜘蛛、とつぜん口を開けたぞ。
なんだなんだ、蜘蛛だから糸でも吐くのか?
ってそりゃ蜘蛛じゃねえおカイコさまだっつう――――のォ!!!?
一閃。
蜘蛛の口内がキラリと光ったと思うと、強い熱を持った光線がおれの心臓めがけて飛んできたのだ。
あ、危ねえ……ッ!
警戒していたおかげでギリッギリかわせたが……あれはもしかして、レーザーってやつか?
たいした威力はなさそうだが、人ひとりころす程度なら充分だろう。
やべえ、まさにキラーマシンだわ。
つうか余裕こいてるヒマはねえぞ!
おれの危機はまるで去ってねえ!
殺人レーザーはかわした。
しかしとっさのことだったので尻もちをついてしまった。
その隙を、こいつらは見逃してはくれない!
様子見をしていた蜘蛛どもが、倒れたおれに襲いかかってきやがった!
「くっそぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」
だ、ダメだ! 振り払えねぇ!
一度とりつかれると人と機械のパワーは歴然!
このままじゃ至近距離からあのレーザー砲を食らってしまう!
いや、あのサーベルのような足でズタズタに切り裂かれるのが先か!?
畜生ッ、おれの命運はここで尽きるのか……?
蜘蛛の顔がパカリと割れ、レーザー砲の無機質な砲身がおれの顔面に向けられた。
そのとき、
「遅くなった」
おれに群がっていた蜘蛛どもが、まるで紙切れのように吹き飛んだ。
アーデルの剣技が、蜘蛛をなぎ払ったのだ。
あいつのほうにも相当な数の蜘蛛が向かっていったが……まさか、もうすべて始末したのか?
「悪ぃ、助かった」
「礼はいい。それより敵の数が多くて面倒だ。使ってもいいか?」
「何を?」
「むろん魔法だ」
――魔法ぉ!?
イドグレス大陸じゃ魔法は使えねえはずだろ?
「我らエルナは聖王より魔力を授かっている。この大陸でも問題なく魔法は使える」
「だったらさっさと使えよ! なんで今まで剣で相手してたんだ!?」
「我は加減が苦手でな。遺跡を破壊してしまうかもしれん。それでもいいのか?」
もうそんなこといってられる状況じゃねえだろ!
蜘蛛がおまえにビビッて後ずさっている間にさっさとやれ!
でないとしぬぞ! もちろんおれがな!
「おれの側に来い。でないと巻き込まれるぞ」
いわれなくともそうするわ。
おれは這うようにしてアーデルの側に逃げ込んだ。
……どうやら蜘蛛の奴、ビビッて後ろに下がったわけじゃないみたいだな。
数多の蜘蛛にガッチリと包囲網を敷かれている現状を見れば、連中の戦術は透けて見えてくる。
アーデルの剣技を見て接近戦は不利と悟り、遠距離からレーザーでこちらをしとめる腹積もりだ。
「おい、だいじょうぶか!?」
「いいから黙ってみてろ」
ま……マジでヤバいぞ、逃げ場がまるでねえ!
周囲を囲んでレーザーをぶっ放せばとうぜん自らも流れ弾に当たるのだが、連中まったくそれを意に介していない!
おそらくあのレーザーの出力じゃ蜘蛛の装甲は抜けないんだ!
意図的に威力を抑えて効率よく人間だけをころせるように調整されてるんだ!
なんでこんな恐ろしいモノが人間の都に!?
「来るぞアァァァァァァァデルゥゥゥゥゥゥゥゥゥッッ!!!」
まばゆい閃光が、ふたたびおれの視界を遮った。
戦わなくては生き残れない




