オルド遺跡
オルド遺跡。
何かしらの神を奉る宗教国家――――らしい。
らしい、だ。
オルドに関する詳細な文献は書庫の中をどれだけ探してもひとつもない。
いくら小さな遺跡とはいえ、魔族のイドグレスに対する愛着は初春に水たまりにはる氷のごとく薄っぺらい。
要するに、ぜんぶおれたちで調べなきゃならないってことだ。
「こんな小さな遺跡、調べる価値があるとも思えんな」
ぶっきらぼうな口調でアーデルがいう。
イドグレスにもそろそろ冬が近づいていて、肌寒いせいか今日はいつもの鎧の上に防寒用のマントを装備していた。
剣で斬られても平気なクセに寒さは感じるのか?
まあ爬虫類だから当たり前か。
まあおれはどこに行くにもマント装備だけどな。
何かと便利だし。
「価値があるかどうかはおれが決める。万人が無価値と断ずるものに価値を見いだすのが考古学だ」
長くこの大陸にいたせいか、最近はこいつらの気持ちもわかるようになってきた。
こんな荒れ果てた世界にずっと住んでいたら心だって同様に荒む。
今を生きるのに精一杯で心に余裕がなくなる。
自分に都合のいいことしか目を向けようとしなくなる。
歴史に興味なんてねえくせに、自分たちの栄光の歴史だけにはすがるようになる。
もしかしたらシグルスさんは、そんな魔族を変えたいと思っているのかもしれないな。
「シグルスさまも大変だな」
「何を今さら。無論あの御方は大変に偉大な御方だ」
「そういう意味じゃねえよ」
さて……ようやく目的地に到着だ。
時間もねえし、さくさくと調査するぜ。
まずは高地からオルド遺跡を一望する。
その遺跡が、他の遺跡と一線を画するのは瞭然だった。
ところどころ損傷こそあれ、原型がほぼ丸々残ってやがる。
ティルノ遺跡とまったく同じ……いや、それ以上だ。
「こんなすげえ遺跡があったのに、何で今まで黙ってたんだ!?」
「言葉の意味がわからない。デザイアの足下にも及ばない小さな遺跡だ」
「遺跡の原型が丸々残っているだろ!」
「デザイアより年代が若いというだけだろう。歴史的価値というのは古ければ古いほうが高いのではないのか?」
ダメだこいつら、話にならねえ。
まあいいさ、こいつらがボンクラじゃなかったらおれなんて必要ねえ。
そのためにおれは今、ここにいるんだ。
きっとこれが、ここじゃさしたる取り柄もねえおれに与えられた運命ってやつなんだと思う。
あんま自信ねえけどな。
「オルドは宗教国家と聞いてはいたが……正直これほどとは思わなかった」
それはオルド遺跡に入ったおれの最初の感想だ。
たとえるなら、まるで国全体が神話そのものといっていいほどの厳かさだった。
これだけ原型が残っているのに生活臭ってやつがまるで感じない。
至るところに置かれた天使の彫像を見ると、国民のほとんどが敬虔な信徒であったことは明白だ。
だが……。
「ヤバいぜアーデル。ここはクセえ。おれの勘がガンガン警鐘を鳴らしてやがる」
ティルノ遺跡はぶっ壊れていたが魔物の製造プラントだった。
じゃあここは何だ?
わかんねえけど、きっとろくなもんじゃねえ。
たぶんそれは、ひとをころすためのナニかだろうから。
「今の装備じゃ少々不安だ。出直したほうがいいかもしれん」
しかもこの遺跡、あまりに綺麗すぎる。
アーデルもいってたが、確かにデザイアと同年代の遺跡とは思えねえ。
もしかしたらこの遺跡、まだ生きている可能性があるのだ。
「恐れるものなど何もない。我を誰だと思っている?」
もちろん忘れちゃいない。
最強の魔族、ロイヤルズが一席だ。
「ようやく調子が出てきたな」
「ぬかせ。時間がない。さっさと行くぞ」
おっしゃるとおり。
ではおまえを信じて行きますかね。
虎の子を狩りに。
綺麗に舗装された通行路を、おれたちは警戒しながら進む。
至るところに建てられた白亜の神殿には風化の兆しすら見えない。
そして驚くべきことにこの都市、ところどころに水が流れているのだ。
しかも淀んだ泥水じゃねえ。魚が住めそうなぐらいの清水だ。
いったいこの水はどこからやってきてどこでろ過されているのか?
それとも魔法で浄化してる?
いや馬鹿な、この大陸では魔法は使えないはず。
謎は深まるばかりだ。
「こいつは驚いたな。イドグレスにこれほど美しい遺跡があったとは」
驚いたな、じゃねえよ!
おめえらここに何百年住んでんだっつう話だ!
この調子だと地図に乗っていない遺跡もわんさかありそうだな。
機会があれば探してみるか。
道なりに歩いてしばらくすると、おれたちは噴水のある場所に辿りついた。
天使の担いだ水瓶から水がドバドバ溢れ、それが四方に掘られた水路を伝って流れていく。
どうもここが清水の発生源らしい。
……これ、どんな仕組みになってんの?
たぶん魔道具なんだろうな。
一度分解して見てみてえ。
でもおれじゃ中を見てもわかんねえだろうなあ。
専門家に見てもらいたいな。
専門家。
すなわち人間だ。
魔道具の専門といえば魔法発祥の地、リグネイアだ。
リグネイア人の技術者を呼んでここを調べられたら最高なのだが……無理だろうなあ。
まあ、ダメ元でいちおう聞いてみるか。
「リグネイアとは現在交戦中だ。呼べるはずもあるまい」
あ、そうなんだ。
そりゃそうか。
敵はオーネリアスだけじゃなくて人類すべてだもんな。
敵は絞れよ、アホな戦してるなあ。
大昔のドイツを見てるようだわ。
ん? もしかして港町がぶっ壊れてたのもそれが原因?
あれれ、けっこう攻め込まれてるじゃん。
「なあ、もしかしてオーネリアスを攻めている余裕なんてないんじゃねえの?」
「……」
また黙りか。
いいかげん都合の悪いことを聞かれると黙りこむ悪癖直せよ。
「おまえたちの事情は重々承知している。だがそれでもなお、進言せざるをえない。魔王にはおれから説明する。消耗しかない戦争など早々に切り上げて人間と和解を」
――――……見られている。
気配は、ない。
だが、百戦錬磨のおれにはわかるのだ。
これでもおれは視線に敏感でね。
日本じゃけっこーな有名人だったからな。
おれがわかっているのなら、当然アーデルもわかっているはずだ。
「リョウ、そこの柱の陰だ」
アーデルの視線の先にある神殿――――その柱の陰に、人影を発見する。
「悪いが生け捕りにしてくれ。情報を吐かせたい」
「たやすい用事だ……が、アレを生け捕りにして、果たして意味があるのだろうか」
人影は、おれたちに臆することなく堂々と石柱から姿を現した。
そいつは人ではなかった。
ソレは、おれたちの国でいうところの蜘蛛に近い姿形をしていた。
だがその大きさは日本の蜘蛛とは比べものにならないほどのビッグサイズ。
おれが小人になったのかと一瞬錯覚するぐらいに。
そして何より体を構成している素材が違う。
鋼だ。
いや、鋼じゃねえかもしれねえが、とにかく何かの金属だ。
間違っても有機物ではできてねえ。
蜘蛛は、頭部に八つほどついている眼を赤々と光らせながら、こちらに向かってじりじりと近づいてくる。
好意は…………あるわけ、ねえよな。
害意を持った――敵!




