疑惑
……めぼしいものが何にも見つからねえ。
デザイア遺跡の調査に乗り出してからわずか一月ほどだが、それでもいい加減うんざりしてきた。
我ながらこらえ性がねえな。
シグルスさんは結構長期間ティルノ遺跡にいたってえのに。
考古学はあんまり向いてないかもしれねえ。
「いつまでくだらんことに時間を費やすつもりだ?」
アーデルが小馬鹿にするようにいうが、これはこいつに限った話じゃねえ。
魔族の大半の連中からは、おれのやってることは愚か者のゴミ漁りだと思われている。
あのノーテイラスにすら「おまえ、ひとの趣味をとやかくいえんじゃろ」と呆れられているぐらいだ。うるせーバカ。
「いいかげんやめておけ。おまえのガラクタ集めにつきあわされていると、我まで白い目で見られる」
アーデルの奴はいつもこの調子だ。
あいつとはずいぶん親しくなったし、扱い方もだいたい理解したのでもう無意味な敬語は使わない。
「そんな考え方だから、シグルスさまはおまえを選ばなかった」
「……」
ほら、こういうとすぐに黙る。
黙るぐらいなら最初からいうなっつうの。
「もっともこれはおまえだけに限った話じゃないけどな。魔族みんなシグルスさまのことを馬鹿にしてたから、あの方はイドグレスを去ることを選んだ」
ここに同志なし、とみなしてな。
「ふざけたことを! あの御方を馬鹿にできるものなどこの大陸にいるものか!」
「ロギアさまはいつも、シグルスさまのことを『坊ちゃん』って呼ぶよな。目上のエルナに対してあの呼び方は少しおかしいって思わないか?」
「……いわれてみれば、確かに。どうしてきゃつは、わざわざシグルスさまをあのように呼ぶのだ?」
ホントおまえは鈍感だよな。
そんなんだからロギアにいいように使われていることにも気づいてないんだ。
「あれはたぶん『魔王の息子』という意味ではなく『苦労を知らずに育ったエルナ』という意味で使っている。あの方のやってることは、あいつからすれば坊ちゃんの道楽以外の何者でもないからな」
もっとも、歴史の真実を紐解く仕事は、こいつの覇権の手伝いをすることより何百倍も世界のためになっていると思うがね。
「軍のトップがこの態度だ。下々の連中なんていわずもがなだよ」
「……少々野暮用ができた。席を外すぞ」
「どちらへ?」
「ロギアのところへ。やつの首をとってくる」
そいつは願ったり。
ただおれの名前を出すのだけはやめてね。
アーデルが退席してようやく静かになった。
これでおれも自分の仕事に集中できる。
先日とってきた遺物の精査がまだ済んでないのよねえ。
ただ……遺跡内の遺物はそのほとんどが風化しちまって、形が残っているモノなんてたかが知れてるんだよなあ。
今回拾ってきたのも瓦礫ばっかりだし、こりゃ周囲に馬鹿にされてもしかたがねえわ。
おれのデザイア遺跡への興味はすでになくなりかけていた。
だが……この国構え、どうにも気になるんだよなあ。
このデザイア、いわゆる城塞国家というやつなんだが――――東側の城壁がやけに厚い。
おかげで現在もハッキリとその形が残っている。
町並みも、東から西に向かうにつれて次第に建物が豪勢になっていく。
最西端には最初に訪れた王宮があったな。
変な国……といっては当時の人間に悪いかもしれんが、これほどの大国にも関わらず異様に東方を恐れているのだ。
じゃあ東側に何があるのかというと、とりわけめぼしい遺跡はない。
地図上にはただひとつ『オルド遺跡』と書かれた点がポツンと打たれているだけ。
デザイアみたいに詳細な地図もない。
ノーティラスに聞いたところ、デザイアの十分の一にも満たないショボい遺跡で観る価値のない場所とのことだが……こいつらの証言はあまり信用しないほうがいいだろうな。
――オルド遺跡、明日にでも訪れてみるかな。
翌日、パーガトリから西の塔を見ると、塔の頭が丸々なくなっていた。
アーデルの奴……マジで殺りに行ったんかい。
ロギアのカスがしぬのはありがたいが、これのせいで外出許可が降りないってことになるとおれが困る。
とりあえず現状を把握せねば。
おれはパーガトリ勤務の魔族に昨夜何が会ったか訊ねてみる。
案の定、昨夜アーデルとロギアがケンカしたという答えが返ってきた。
シグルスさんの扱いについて口論した挙げ句、怒りに任せてアーデルが抜刀。
止めにきた魔族をすべて叩き斬り、ロギアは這々の体で逃走したそうだ。
アーデルはロギアを追ってこの町から消えたらしい。
お……おい、なにやってんだよおまえは……。
おまえがいないと遺跡調査の許可が降りんだろ。
はよ戻ってこい。
……ん? もしかして今が反乱を起こす絶好のチャンスか?
いや、やめとこう。
アーデルとロギアがいつ戻ってくるかもわからんし、何よりおれがまだ納得できる成果をあげてないからな。
せっかくイドグレスまで来ておいて、何の収穫もなしとかそれこそないわ。
奴隷のみなさんにはしばらく我慢してもらおう。
自分の都合優先!




