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帰る気なんてさらさらない

 あー……おれが異世界に来てからどれだけ経ったかなあ。

 ちょっと数えてみるか。


 おれは牢獄の壁に、現場で拾った石の破片で刻んだ『正』の数を数える。



 二つと四画――つまりこの牢獄に囚われてから二週間ほど経過したってことか。

 いやぁホント、月日が経つのって早いなあ。



 なんつうかもう、すっかり奴隷であることに慣れきってしまったなあ。

 住めば都ってことわざがあるけどさ、あれってマジで真実だよね。



 たとえばこの牢獄。

 ここの何がいいって個室なのがいい。独房ってやつだ。



 同居人がいないから人間関係によるトラブルがいっさいない。

 田中みたいなゴミと同居させられたら自分を律する自信がないからな。

 たぶんそれを避けるために個室にしてるんだろうけどさ。


 その分狭いけど、まっ、ジューブン許容範囲内。

 おれの自宅の部屋は、無駄に広くて今思えば逆に不便だった。

 人間なんて四畳半もありゃ生きていけるってよくわかったわ。



 あ、そうそう。魔法があるっていうのもいい点だよね。

 怪我したらすぐに回復魔法で治してもらえるし、身体の汚れとかも不思議な魔法で一瞬でとってもらえる。

 便所に垂れ流した排泄物とかもたぶん同じ理屈で除去してると思われる。

 でなきゃ臭くて住んでられんわ。


 水とかもたぶん魔法で出してる。

 おかげでここに来てから水に困ったことは一度もない。



 やっぱ魔法ってすげえわ。

 逆に現代社会は色々と面倒なこと多いわ。きっと戻ったら不満を感じることも多いだろうな。



 つうか何度もいうけどさ、こんなに便利ならピラミッドも魔法で作れよ!



 いやまあ、たぶんそれができない理由があるんだろう。

 おれは魔法に詳しくねえからなあ……どっかで勉強できればいいんだが。


 つうかおれも使いたい。

 そういう夢があるのも異世界ここのいいところだ。



 んん? そう考えるとここ、けっこーイケてる生活なんじゃない?

 これでもうちょっと労働が軽ければいうことないんだけどな。あと何かしらの娯楽が欲しい。


 それと魔法が勉強できる環境も欲しいな。

 いや、その前にこの世界についてもっと勉強したいな。

 手はじめに言葉だ。今のまんまじゃ何もできんし。



 う~ん、ちょっと贅沢かな?


 労働に慣れて余裕が出てくるとどんどん欲が出てくるな。

 まあしかたない。なにしろおれはリア王だからな。

 まだまだ充実度が足りてないぞ。



「……」



 ……元の世界に戻る気がまるでないことに自分でも驚くわ。



 理由は何だろうね。

 ちょっと考えてみる。


 う~ん……少し考えたけど……きっと、飽きてたんだろうなあ――あの世界に。



 金で買える女。

 名前も覚えていない友だち。

 偉大なだけの両親。


 何でもやれる。何でも思い通りになる日常。



 今、思い返してみても、まるで未練がない。



 うむ、リア充すぎるのも問題だな。

 ちょっとぐらい不遇なほうが人生楽しいのかもしれん。



 ええい、過ぎたことをどうこういってもしかたない!

 むこうの世界のリアルは征服したのだ!

 次はこっちの世界を満喫しよう!





 そしておれさまは今日も、日課になったピラミッドづくりに精を出す。

 単純労働は辛いけど、今は下積み時代だと思って我慢するしかない。



 まずは言葉だ。

 異世界語を覚えないことには何も始まらない。



 いちおう看守の談話を盗み聞くことで少しずつ覚えようとはしているけど……これがなかなかどうして難しい。

 せめて簡単な会話ぐらいはできるようにならないといけないのだが、まだまだ当分先の話になりそうだ。



 あ、でもあいさつぐらいは覚えたぜ。



『セイラム』



 これだ。

 看守同士が会うたびに口にしているからまず間違いない。



 えっ、こんな単語覚えても意味ない?

 いやいやそんなことはないぜ。あいさつは基本よ。古記事にもそう書いてある。

 使いどころだってちゃんとある。



 おれは今日もせわしく奴隷の回復に勤しんでいるイリーシャに、例の言葉を元気よく投げかけてみた。



「セイラム!」



 するとイリーシャは優しくほほえみ、こちらに向かって手を振ってくれた。



 ぃぃぃやっほぉ――――――――ッ!!!



 これがあるから奴隷生活も悪くない!!

 おれはまだまだここにいるぞぉっ!

もしかしたら彼は哀れな人生を歩んでいた男なのかもしれない

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