場末の酒場にて
シグルス・レギン。
魔王イドグレスが生み出した最高傑作。
白銀の鱗と深紅の瞳を持った天突く巨魔竜。
嘘か誠か、その力は神に比肩するとまでいわれている。
ロイヤルズは、唯一無二の存在である彼のために生み出された三体の魔族の総称。
平たくいえばシグルスさんの親衛隊だ。
形式的には魔王軍に所属しているが、彼らは主であるシグルス以外の命令に従う必要がない。
ロギアどころか創造主であるイドグレスですら彼らを縛ることはできないそうだ。
その実力は未知数ではあるが……アーデルを見る限り、全員が大陸トップクラス。
シグルスさんを除けば最強の魔族であると考えてまず間違いない。
実をいうと、おれはアーデルは倒すつもりでいた。
いくら最強の魔族とはいえしょせんは独り。
数で囲ってボコってやればどうにかなると思ったのだ。
だが言葉を交わして、その実力の一端を見せられて考えを改めた。
あれはたぶん、ただの人間が束になってかかったところでどうにかなる相手じゃない。
よって計画は大幅に変更せざるをえない。
あいつがここを去る日を待つか、もしくは懐柔しないことには反乱を起こすのは無理だな。
イドグレスにはこんなのがあと二席もいるのか。
はははは……って笑えねえよ。
あれはおれには無理だから、自分でどうにかしろよ……田中。
一日の仕事をつつがなく終えて、おれは帰路に着く。
今日も疲れた。
パーガトリで一番働いてるから当然だが。
ちょっとぐらいがんばりを評価してもらえると嬉しいんだけどな。
以前、自由はないといったが、職場から宿舎に帰るぐらいの自由は許されている。
それはつまり、町の中を散策することぐらいは可能という話だ。
とはいえ、本当に散策する物好きは滅多にいない。
なぜならこの町は奴隷を除けば魔族しかいねえからだ。
いくら栄誉エルナっつったって人間だからな。
人間がうろついてたらそれこそ何が起きるかわからねえ。
ヘタすりゃころされるかもしれねえ。
ヘタしなくてもころされる。
ころされたって警察は動いてくれねえ。
適当に事後処理されてそれで終了だ。
そんな死地も同然の場所を平気でうろつく人間は、後にも先にもおれぐらいだろうな。
町の外れにある寂れた酒場に、いつも通りおれは足を運ぶ。
安普請なドアを開けるとカランコロンとベルが鳴り、先に飲んでいた酔っぱらいどもがいっせいにこちらを向いた。
「おおリョウ! 頼んだブツは持ってきてくれたか!?」
おれは布で包んだ女の髪をじいさんに投げ渡した。
「なあじいさん。なんでこんなものを欲しがるんだ?」
「ズバリ希少価値じゃよ。わしらエイラに髪は生えないからな。わし以外にも好事家はけっこうおるぞ」
「だったらおれの髪の毛でもいいじゃん」
「若い女のだからええんじゃよ! おまえの薬で痛んだ髪なんぞいるか!」
このクソじじいの名前はノーティラス。
この前、危険を承知で町の調査をしている最中に偶然知り合った魔族だ。
話してみたら結構気さくで話も合って意気投合してしまったのだ。
この酒場もじいさんに誘われて通うようになった。
知らない魔族にホイホイついていくのはどうかなとも思ったのだが、こいつはくっそヨボヨボで仮に襲われても余裕で勝てそうだからまあ、いいかなと。
蓋を開けてみれば人間の女の髪に欲情するただの変態だったわけだがな。
もっとも、変人でもなけりゃ人間のおれに声をかけてこねえだろうけど。
「ブツは持ってきたんだから約束どおり奢ってくれよ」
「任せろい。おまえさんは運がいい。マスターが今朝、バッカスの酒をたんまり入荷したばかりじゃそうだぞ」
「おれは酒を飲んだことがねえんだけどな」
「ん、なぜじゃ?」
「おれの国じゃ酒は二十歳になってからって法律があったんだよ」
「真面目じゃのう」
そう、おれはこれでも真面目くんなんだよ。
タバコだってやってねえし学校にだってちゃんと通ってたしな。
「では飲まんのか?」
「いや飲む」
日本の法律なんざ今さら守ったところでしかたねえ。
郷に入っては郷に従えだ。
つうかこんな環境じゃ飲まなきゃやってられねえよ。
「よし来た! マスター!」
ノーティラスが声をかけると酒場のマスターが酒樽を担いでやってきた。
そいつを酒場の真ん中にドン! と置くと、持っていたハンマーで蓋を叩き割る。
「今夜は無礼講じゃあっ!!」
ノーティラスは持っていたジョッキを樽の中に突っ込み酒をすくうと、高々と掲げて乾杯の音頭を取った。
こんな耄碌じじいがこの辺の顔役だっつうんだから驚きだわ。
さらに驚くべきは、酒場にいる魔族どもがみんなおれに対してやたらフレンドリーなことだ。
みんなおれの身の上に同情しておれのことを気にかけてくれる。
今、おれの肩に手を置いてる奴なんて「いつか絶対にオーネリアスに帰してやる」と息巻いているぐらいだ。
酔っぱらいの戯言とはいえ、身にしみる言葉だわ。
そこらの人間どもよりよっぽど気のいい連中だよホント。
人間に愛犬家がいるように、魔族にも愛人家(?)といえる親人間の派閥がある。
この酒場はそんな魔族の拠り所らしい。
「おれたちゃ同じ人類だろ! いつまでいがみあう必要がある!」
「ロギアの野郎は頭がおかしいんだよ! やらなくてもいい戦争を何年も続けて無駄な犠牲を増やしているんだ!」
「ぜんぶあいつの私利私欲だ! イドグレスさまなら、おれたちの言い分をきっとわかってくださる!」
誰かに聞かれようものなら粛正モノの暴言だな。
だが……あんたらみたいな奴が魔族にいてくれるとわかって、おれは嬉しいぜ。
「安心しろリョウ。わしらはおぬしらの味方じゃよ」
「ノーティラス……」
おまえは女の敵だけどな。
おれが村娘から髪をもらうのにどれだけ苦労したかわかってんのかオイ。
「確かにわしらエルナはオーネリアス人と袂を分けた。じゃが、それももう昔の話。過去のことを水に流して仲直りしてもいい頃合いではないかのう」
「ノーティラス……」
おまえはまずその水を飲め。
今にも吐きそうなツラしてるじゃねえか。
「無論そう簡単にいかんことぐらいは理解しとる。じゃが、わしらがそうであるように、オーネリアスにもわしらのことを好いてくれる者たちがきっとおるはずじゃ」
「ノーティラス……」
おまえの『好き』は、他の連中とはちょっと意味合いが違うだろ。
この特殊性癖者め。
まあ、ノーティラスのじじいはともかく、外部に信頼できそうな協力者ができたことは純粋に喜ばしいことだ。
予想外の強敵に頭を悩ませてはいるものの、おれの計画はまた一歩前進したといっていい。
オーネリアスとイドグレス……いつか国交が戻る日が来るといいな。
変わり者はどこの世界にもいる




