高貴なる使徒
エドックくんを味方に引き入れることに成功し、おれの計画は一歩前進した。
小さな小さな進展だが、何事もまずは踏み出さなければ始まらない。
そういった意味では大きな一歩といえるだろう。
でだ……それとは別に、おれはこの地で色々と知りたいことがあるわけよ。
だから、反乱を起こす前に魔族と仲良くなって情報を引き出したいとも考えてるわけだ。
じゃあ、誰と仲良くなるべきかっていったら……とうぜん、司令官であるロギアが最有力候補だろう。
あいつはこの町で一番の物知り。
おそらくシグルスさんよりもずっとイドグレス大陸の伝説に詳しいはずだ。
情報を引き出すついでにとっ捕まえて人質にでもできれば一石ニ鳥だ。
だが、すぐに取り入るっていうのは無理だな。
あいつはリーダーとしては能なしのカスだが用心深さは人一倍だ。
いちおうオーネリアスのスパイではないことについては納得してくれたようだが、おれみたいに胡散臭い人間、そう簡単には信用しないだろう。
それ以前にあいつは、滅多にこのパーガトリに来ない。
いつもは町の西方にある塔で偉そうにふんぞり返ってやがる。
人間の監視もすべて部下に任せ。
怠け者で動くことを嫌う性格をしてるのはまず間違いない。
もっとも、こいつがもうちょっとやる気のある奴だったらオーネリアスは陥とされていただろうから、人類側としてはありがたい話だけどな。
ロギアに取り入るには、他の魔族を経由していかなきゃならないだろうな。
まずは誰とコンタクトを取るべきか?
とうぜんパーガトリにいる魔族の誰かだ。
できればある程度、話のタネのある奴が好ましい。
実はひとり、目をつけている奴がいる。
ただこいつは、パーガトリで一番危険な魔族でもある。
うかつに声をかけられないというのが実情だ。
いや、それでもかけるんだけどな。
「おはようございます。今日もいい天気ですね」
朝のあいさつは社会人の基本。
ぜんっぜん、これっぽっちもいい天気じゃねえし、これからも天気のいい日なんてなさそうだが、それでもこういうのがこの国のマナーだ。
「……」
で、いつも通り、あいつはおれのあいさつをシカトするわけよ。
「すいません。朝のあいさつは規則なので……できれば返していただけると助かるのですが」
銀色の鱗を持つ細身のリザードマンは、何度お願いしてもぜったいに返事をしない。
だが、おれから視線を外すこともしない。
腕を組んで壁に背中を預け、いかにも無防備そうな体勢だが、過去の経験から来るおれの勘が「斬り込むのは絶対に無理」と告げている。
たぶんこいつは、この監獄内の誰よりも強い。
万が一機嫌を損ねようものなら止められる奴はいないだろう。
でも挑発しちゃう。
いつまでもシカトこかれちゃ話が進まねえから。
「おれがシグルスさまの鱗を持っているのが、そんなにご不満ですか?」
ぼそりとそうつぶやいた瞬間、おれの体は――未だかつて感じたことがないほど強い殺気に襲われた。
「ああ不満だ。我には与えられなかった名誉だからな」
い……今のが、あいさつ代わりってこと……か?
まるで極寒の地に放り込まれたかのような感覚。
立った鳥肌がまだおさまらねえ。
こりゃまずい、想像以上だ。
おれごときの裁量で測るのはおこがましいかもしれんが、こいつ……たぶんオーネリアスよりつええんじゃねえかな。
オーネリアスに限らず、魔法の使えないこのイドグレスで、こいつと対等に戦える人間はいないかもしれん。
いや、ひとりだけ心当たりがあったな。
田中太郎だ。
あいつは紋章から直接神の魔力をもらっている。
だからこのイドグレスでも問題なく魔法が使えるはずだ。
勇者でなければ魔王を倒せないっつうのは……つまり、そういうことらしい。
「理解できない。なぜあの御方が人間ごときを配下に加えた?」
「配下ではありませんよ」
「では何だ」
「シグルスさまは同志とおっしゃっていました」
「戯れ言を」
悪いが事実なものでな。
殺気こそ向けたが、こいつはシグルスさんの関係者に手は出さない……はず。
だからこの際、ガンガン行かせてもらうぜ。
「あのひとから見れば人間も神徒も大差ありませんよ。大差ないものを区別するはずもありません」
「……」
「気に入れば手元に置く。気に入らなければ捨て置く。ただそれだけですよ」
「…………」
おれの挑発に、しかし今度は乗らなかった。
あいつは腰の剣に手をかけることもなく、静かにその場を去っていった。
アーデル・ロイヤル。
シグルス・レギン直属の配下――『高貴なる使徒』――が一席か。
なかなかどうして、こいつは一筋縄では行かなそうだな。
白き大いなる竜に従う者たち




