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煉獄

 おっす、先日めでたく名誉エルナになったリョウ・マサキだ。



 このイドグレスでエルナを名乗れるっていうのは人権を得たということ。

 つまり、だ……異世界に来てから色々あったけど、おれはとうとう奴隷の身分から脱したのだ。



 けっきょく自由なんてまるでなく奴隷同然の身分だが、細かいことは気にするな。



 今日はタイトルを返上したおれの華麗な一日をご披露しよう。





 名誉エルナの一日は早い。


 おそらくこの町で一番早く起きているのはおれだろう。

 朝は強いほうではないが、寝坊しようものならまた奴隷の身分に戻されちゃうから必死に起きている。

 これでも学校に遅刻したことだけはないのが自慢だ。

 きっと責任感があるんだろうなあ。



 起きたらちゃちゃっと身支度を整える。

 魔族から与えられた服は仕立てがよくて着心地がいい。

 エルナはみんな神の使徒だから、神に失礼のないよう服装だけはしっかりしてるのだ。



 飯はてめえで作って食う。

 食材は支給されたものを使う。

 この辺の自由が与えられているのはありがたい。



 もっともおれは自分で飯を作ったことがねえんだけどな。



 最初は四苦八苦したが、今ではそこそこのものが作れるようになった。

 まだ人様に出せるような代物じゃねえけど。

 パーフェクト超人のおれさまだが、比較的料理人には向いてなさそうな感じだ。





 適当に飯を済ませると、おれは宿舎から出て仕事先へと向かう。



 ガルデの町は一言でいえば奴隷の町だ。

 戦勝品として入手した人間を集めて労働を強いることで富を得ている。

 他の町のことは知らねえが、魔族から聞く話ではここが一番裕福なんだと。

 ロギアが首都ではなくここにいるのもそれが理由の一つだとか何とか。



 話がそれたが、ここは奴隷の町なので、とうぜんながら奴隷の収容所がある。



 町のど真ん中におっ建てられた巨大監獄。



 通称 <煉獄パーガトリ> 。



 ここがおれの職場だ。



 おれは与えられた鍵を使って入門する。



 ちなみに守衛はいない。

 強いていうならおれが守衛だ。

 好都合ではあるのだが、適当すぎてちょっと笑っちまう。



 おれと同じような立場の元奴隷も多いのだが、一番早く到着するのはおれだ。

 おれは新入りだからしゃーないっちゃしゃーない。



 パーガトリに来て最初にすることは奴隷の飯作りだ。



 奴隷は基本使い捨てだが、さすがにすぐにおっちんじまうのはよろしくない。

 だからちゃんと食事は与える。

 つっても普段は豚の餌どうぜんのモノを出すそうだけど。


 おれは料理の勉強も兼ねてちゃんと作ってやるけどな。



 ……ん?



 一番早く起きて奴隷の世話をするとか、おれのほうが立場低くね?



 いやいや、気のせいだろ。

 その分、ある程度おいしい思いはさせてもらっているわけだからな。





 飯を作り終えた頃に、先輩たちが入所してくる。



 こいつらもおれと一緒で魔族に媚びをうって取り入った連中なのだが……無能なうえにやたら態度がでかいから困る。


 もっとも新入りのおれがそんなことをいえるはずもなく、ヘコヘコしながら先輩たちに料理を振る舞う。



「てめえの作るメシはホントまじいな」



 うるせえバカ。

 だったら食うな。



 おれが奴隷用に飯を作ってると知ってから毎朝のように通いやがって。

 宿舎にも備蓄は充分にあるんだ。料理ぐらいてめえで作れってえの。



 ……などといえるはずもなく。



 はぁ……人間関係ホントつれえわ。

 こういうのが希薄だからウォーレンにいたときは気楽だったね。





 先輩たちの世話を終えると、今度は牢獄へと足を運ぶ。

 奴隷たちにも飯を食わせねえといけねえからな。



「この裏切りものが!」



 ……で、毎朝のようにこれだ。



 今、おれを罵った彼の名前はエドックくん。

 ウルジアの近くにあるリコの村の若者らしい。

 正義感があってケッコーケッコー。



 へいへい……裏切り者なのは事実なんで、甘んじて受け入れますよぉ。

 どれだけ吠えたところでこの状況は変わらんがね。



「覚えておけ。いつか必ずころしてやる!!」



 でもおれの作った飯は必ず食う。

 毎朝罵っている相手の施しを受けているという事実に気づいてないのかね。

 もっともおれも、善意でこいつらにいい飯を食わせてやってるわけじゃないのだが。



 まあ、元気がいいのは結構なことだ。

 こいつはいずれ利用させてもらうとしよう。





 飯を食わせた後は運動の時間だ。

 おれは奴隷たちを牢から追い出して手かせをはめる。



 奴隷の仕事といっても内容は多種多様なのだが、おれの担当奴隷は主に農作業に従事している。



 主神ゴルドバの加護なきこのやせ細った大地に、生命を根付かせるという無茶ぶりを命じられている。



 普通ならぜったいに無理だが、そこは長年イドグレスにいた魔族たち。やせた土地でも問題なく生育できるよう品種改良された植物の種をちゃんと用意してくれている。

 味は決して良くないがそこは我慢だ。

 肉類はウォーレン同様、どでかい魔物がわんさかいるから困らないんだけどな。



 品種改良されているとはいえ、それでも確実に育つとは限らない。

 奴隷がきちんと働かなければ飢饉が起きる可能性もないとはいえない。

 その場合は、奴隷がその身を使ってけじめを取る。



 要するに喰われるわけだ。



 だからおれも常に気を使って監視している。

 時には怒り、時には鞭を振るい、奴隷がきちんと仕事するよう仕向ける。



 当然ながら奴隷の恨みはわんさか買っている。

 いつも恨みがましい目で見られてるし陰口だっていつも叩かれている。

 敵意向きだしで堂々というエドックくんは好感が持てるほうだな。



 まあ、あれだな。

 人はよく上にヘコヘコして下に尊大な態度を取る人間を『最低』と評するが……実際そういう身分になってみりゃ、中間管理職の悲哀っつうのがよくわかるようになるわ。



 シノさんの気持ちも今なら理解できる。

 聖職者つってもしょせんは雇われ者だもんな。

 上からの突き上げもきついだろうし、そらつれえわな。

 まだ下を守ろうというフリをしてるだけマシなほうとすら思える。


 理解はできても納得はしねえけどな。





 日が暮れてきたらお仕事終了。

 奴隷を牢に戻したら適当に水をぶっかける。



 心身を清めるための聖水らしいが真実かどうかは疑わしい。

 イドグレスは寒いから冷水はさぞきついだろうねえ。

 おれはいちおう温めてやってるけどな。



 で、次は夕食の準備だ。

 たぶんおれは奴隷含めてパーガトリで一番働いている。

 働き始めて間もないから詳細はわからんが、たぶん給料は出なさそうだ。



 夕食の際も、かならず誰かしらから恨み言をいわれる。

 おれだって同じ立場なら同じことをいうだろうから特に反論はしない。



 ……が、短気な奴なら暴行を振るうこともあるだろうな。

 つうかおれの先輩がそうなんだけど、気持ちはわからんでもない。



 こりゃいつか誰かにころされるなって思いながら聞いているが、もちろん他人事じゃねえ。

 実際奴隷にころされる看守も珍しくないらしい。

 魔族は何もしちゃくれねえし、てめえの身はてめえで守らねえとな。





 ――――以上が、おれの華麗な生活の一部始終だ。



 華麗っつうかかれいだな。魚のほうのね。



 ぶっちゃけるとウォーレンで奴隷やってたほうが百倍マシなくそったれな環境だが、今は目的のために耐えしのぶしかねえ。



 パーガトリ――――煉獄とは名ばかりのしょっぱい小火だが――――さて、どこから切り崩していこうかねえ。

牙は抜けてはいない

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