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ロギア・カーマイン

 衛兵に案内されたロギアの部屋は、今までの辛気くささとはうって変わってきらびやかだった。



 本物かどうかまではわからんが、どこもかしこも金でピカピカ。

 うちのじっちゃんでもここまではやらなかったぞ。悪趣味もいいとこだ。

 やっぱ世界征服なんてもくろむ奴にロクな奴はいねえな。



「よく来てくれた。まあ自分の部屋だと思ってくつろいでくれ」



 馬鹿でかいソファにゴロンと横たわったロギアは、テーブルの上に置いてあるグラスに入ったあめ玉をほうばりながらいった。



「ええっと……確かリョウくんという名前だったよね。君は聖王軍に入りたいということでいいんだよね?」


「はい! 聖王軍に入隊してイドグレスさまのお役に立ちたいと思っています!」



 そしてあわよくば魔王イドグレスと謁見したいね。



 イドグレスとオーネリアスの神話を繋ぐ鍵は、おそらくあいつが握っているだろうとにらんでいるからだ。



 実子であるシグルスさんでさえ無理なのに、はたしておれがそこまで届くかは甚だ疑問ではあるが……まあ、やるだけやってみるさ。



「う~ん、素晴らしい。実に殊勝な心がけだ。エルナガの加護を受けていないとはいえ神徒の鑑といえるなあ」



 ロギアは体を起こし、値踏みするようにおれをじっと見据えてくる。



「でもね、私は思うんだ。君、いくらなんでも物わかりがよすぎるなあ……ってね」



 ロギアの眼の色が変わった。

 同時に両脇の衛兵が腰の剣を抜く。



「考えたくはないんだけど、もしかしたらオーネリアスの間者いぬなんじゃないかなって疑っちゃうわけよ」



 禍々しい殺気がおれに向けられる。

 怠け者から一転、野望に燃える悪党に変貌したのだ。



「もし、そうだとしたら……おれのことをどうなされますか?」


「そりゃあもちろん、私のおやつになってもらうだけさあ」



 おやつ?



 ……。


 …………。


 ………………あっ。



 今頃気づいた。

 グラスの中に入っていた丸いものはあめ玉じゃねえ。




 ――……人間の目玉だ。




「……」



 ……落ち着け。

 ここでビビッたらおれの負けだ。



 こいつは演出だ。

 おれを恐怖させるためのな。



 人間は恐怖するときに本性が出る。

 あいつはおれの本性を見極めるためにアレを用意したんだ。

 思惑通りになってどうする。



 ロギアはおれが思っていたよりずっと賢い。

 ちょっとした敬意を感じるぐらいに。


 だが同時に人間の体の一部を躊躇なく脅しに使うことにえげつなさも覚える。



 こいつらだって元をただせば人間だろうに……もはや身も心もひとでなしってか?



 まあ、おれもこいつらを悪くいえるような人間性じゃねえけどさ。



「さ……知ってることを洗いざらい吐いちゃいなよ。そしたら手心を加えてやらんでもない」



 衛兵の剣がおれの首筋に当てられる。

 だがおれは、眉一つ動かさず堂々とこういってやった。



「おれはオーネリアスの配下ではありませんよ」



 ウソではない。

 おれとオーネリアスは対等なビジネスパートナーだからだ。



「ほう、では私の演説に純粋に感銘したとでもいうのかい? それとも我らに取り入ることで甘い蜜でも吸いたいのかな?」


「答えはどちらもイエスですね。もちろん高待遇には期待していますが……おれはティルノ遺跡で歴史の真実を見てしまいましたので、あなたの演説が真実であるということをあらかじめ知っていたのです」


「遺跡はオーネリアス軍によって厳重に守られているはずだ。どうやって忍び込んだ?」


「忍び込んでなどいませんよ。兵はすべてシグルスさまが追い払いましたので」



 シグルスさんの名を出すと、ロギアの顔色がさっと青ざめた。

 どうやらこの大陸でもシグルスさんは恐怖レギンのようだな。



 あなたからいただいたこのカード、ここで存分に切らせてもらいますよ。



「おれはシグルスさまに頼まれて遺跡調査をしていたのです。その結果、神殿の地下にエイラの製造プラントと思われる施設を発見しましたので」


「そのエルナーガは無事だったのか!?」



 ん? やけに食ってかかってくるな。

 おおかたエルナーガを使って戦力を増強したいとでも思っているのだろう。


 そら生き残っているエルナーガがあれば奪いとって使いたいわな。

 もしかしたらオーネリアスもそう思っているかもしれねえ。

 でなきゃ原型保ったまま保存されてるわけねえし。



 ――さてどう答えるかな?


 まっ、正直に全部ぶっ壊れていたと伝えるか。

 もしかしたら修理できる範囲内かもしれんが……事実は事実だしな。



「そんなわけで、あまりオーネリアスに肩入れする気が起きないというのが正直な感想です。おれ的には蛮王よりシグルスさまのほうが好きですしね。部下として使えるならあなたがたのほうがいいかなと」


「……今の話を証明するものはあるのか?」


「おれから奪った剣をあらためてみてくださいよ。あれは遺跡調査の報酬としてシグルスさまからいただいた鱗でできてますから」



 ロギアはすぐに部下に指示を飛ばし、おれの剣を持ってこさせる。



「――……間違いない。この剣は、シグルスお坊ちゃんの鱗だ」



 顔に畏怖をはりつけたまま、ロギアはおれに視線を向けた。



 ふふ……どうだい、おれの恐怖の演出は。


 おまえの三文芝居よりよほど堪えるだろう?



「……どうやってくすね盗った?」


「それは冗談でいっておられるのですよね。お笑いしたほうがよろしいでしょうか」


「この鱗が、まだあの御方と繋がっているということまで知っているのか」


「もちろんです」



 マジか、今初めて知ったわ。

 そいつはいい情報だ。サンキューロギア。



「ご理解していただけたのであれば剣を返していただけませんか? それがおれの手元から長く離れていると、シグルスさまが不審がられるかもしれませんので」



 もらった情報をさっそく利用して適当にいってみたら、本当に剣を返してもらえた。

 シグルスさんの名前を出すとホント何でも通るな。

 ははっ、こりゃおもしれえ。



「信じていただけたようで何よりです」


「信じる。信じるが……君は、本当に同族と敵対する覚悟があるのかい?」


「あくまで一時的に、という話であれば。エルナが勝利すれば我々はまた共生できるとおれは考えています。世界征服をなされるということは、人間を滅ぼすおつもりはないということですよね?」


「……ああ。袂を分けたとはいえ、我らは同じ人類だからね。ただしゴルドバの民だけはダメだ。やつらの命はすべて女神に捧げる」



 そこに置いてある目玉は、すべてゴルドバの民からくり抜いたものだとロギアは誇らしげにいう。



 ホントにこいつ人間に近しい存在なのか?


 まあ、女神を盲目的に信仰しているのなら、そういうことも躊躇なくできるのか。

 狂信者ってのは恐ろしいもんだな。



「ひとつ、君を試したい」



 ロギアはおれの目の前に革製の鞭を放り投げる。



「君に捕らえたオーネリアス人の監視を任せたい。我らに従わない者は全員奴隷として働いてもらうわけだが……果たしてその鞭を振るう勇気があるかな?」



 ……おれに、ウルジアの村民を虐げろというのか?



 奴隷のおれにも分け隔てなく接してくれた彼らを、働き疲れていたおれのことをいつも心配してくれていた彼らを、その鞭で情け容赦なく叩けというのか?



 そんなこと……そんなこと…………ッ!



「あっ、ぜんぜん余裕っす」







 翌日、奴隷監視役に選ばれたおれは、もらった鞭をブンブン振り回してウルジアの民をこき使えるだけこき使ってやった。



「おらおらぁ、働け働けえええええええぇッ!!!」



 はぁ~はっはっはっはっはっはっはっはっ!

 とうとうおれさまも使われる側から使う側の身分になったぜぇぇ!



 タイトル返上じゃああああああああああああああああああああああああっ!!!



主人公、あっさり人類を裏切る

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