人の矜持
コープスさえ脱出できれば魔族の攻撃を受けない。
そんな甘い考えはウルジアの村に着いた早々に打ち砕かれた。
炎上する村。
悲鳴をあげて逃げまどう人間。
嬉々として簒奪を繰り返す魔族。
そう、魔族にとって敵はオーネリアス軍ではない。
エルメドラに住む人間すべてなのだ。
今までは大陸の外れにあるということで目をつけられていなかったウルジアが、とうとう魔族の目にとまってしまったのだ。
ろくな戦力もないウルジアはあっという間に壊滅。
多勢に無勢ということでおれもあえなく捕まってしまった。
つうか逃げきるのは無理と判断して、すぐに白旗を上げたんだけどな。
おれは一部の例外を除いて、勝ち目のない戦はしない主義でね。
ミチルは……どうしたんだろうな?
逃げる時に散り散りになっちまったけど、あいつのことだから逃げ延びているかもしれねえな。
おれよりはるかにつええから大丈夫だろ、たぶん。
ミネアさんやラムダさんもたぶん大丈夫。
理由は不明だが魔族は人間を捕らえて本土に送っている。
だから、おとなしく降伏していればころされてはいないはずだ。
たぶん別の牢獄に繋がれているのだろう。
もっとも、それが死ぬよりマシな状況かどうかはまだわからねえんだけどな。
楽観視する気はねえが悲観したところでしかたあるまい。
おれは不安で泣き出すウルジアの村民たちに「心配すんな、かならず助けが来る」と声をかけ続けた。
来ねえだろうけどな。
何しろオーネリアス軍は国内だけで手一杯だ。
とてもじゃないがイドグレス大陸まで攻め込める戦力はねえ。
つうか仮にあったとしても来ないだろ普通。
だからてめえの身はてめえで守るしか……って、じゃあなんでイドグレスの港町はあんなにボロボロだったんだ?
元からあんな風だったのか?
それともシグルスさんが暴れでもしたのか?
まあいいや……考えても答えはでねえわ。
せいぜい今は魔族さまの温情に期待するとしますかね。
「出ろ」
魔族に促されておれたちは牢獄から出る。
さっそくどこかで強制労働でもさせられるんだろうか。
それともどこぞの独裁政党よろしくガス室行きかもな。
やれやれ、奴隷なんて無力なもんだ。
だがおめえら、情けねえツラだけはするんじゃねえ。
力がねえならせめて心だけでも魔族に抵抗してみせろ。
人間としてのプライドがあるんならな。
手かせをつけられたおれたちが連れていたのは小汚い大広間だった。
奥には壇があり壇上にはでかい机とマイクっぽいものが置いてある。
周囲に多くの衛兵が待機していることをみると、今からお偉いさんが演説でもするんだろうか。
嫌だなぁ、おれは昔から偉い奴の自慢話を聞いていると眠くなる性質なんだよなあ。
ひとり想像を絶するほど長話をするハゲ親父の校長がいて、そいつはクビにしてやったんだけどさあ。
おれがそんなことを考えていると案の定、壇上に護衛を連れた魔族がひとりやってきた。
ふむ、他の魔族と違って鱗が赤いな。
鎧を着ている兵隊どもと違って服も貴族っぽいし、なんかちょっとスペシャル感あるわ。
他のトカゲどもより三倍は早そうだ。
赤トカゲはマイクの前に立つと、ごほんと咳をひとつつき話しを……とみせかけて今度はマイクチェックを始めた。
うぜえ! しゃべるならさっさとしゃべろ!
つうかさっきから思ってたけど、こいつらの使う言葉、ほぼオーネリアス語まんまなんだよなあ。
おかげでコミュニケーションには困らねえけど、魔族とオーネリアス人の起源が同じだっていう事実をひしひしと感じるわ。
「親愛なるかつての同胞たちよ! 我が名はロギア・カーマイン。偉大なる聖王イドグレスの代理として、聖王軍を指揮する名誉を与えられたものである!」
ロギア?
どこかで聞いた名だな。
……ああ、思い出した。
シグルスさんが魔族の統率者としてその名を口にしていたな。
てっきりオーネリアスで陣頭指揮でもしてるものかと思ってたが、こんな場所でのんきにしてたのか。
すぐに戦場に出たがるオーネリアスとは違い、正しいお偉いさんの姿ではある。
シグルスさんはあいつのことを人に近しい存在だといってたが……。
「本日、諸君らをここに呼びよせたのは、蛮王に騙された哀れな同胞たちを正気に戻すためである!」
ここから先の演説はぐだぐだうだうだ無駄に長いので少しカットする。
要約するとオーネリアスの民と魔族は女神ソルティアを信望する同胞であり、共に手を取り合ってゴルドバの民と戦うべきとのことだ。
「蛮王オーネリアスは女神ソルティアを裏切った悪だ! 正義は我らエルナと共にあり!」
魔族寄りのフィルターこそかかっているが、話の内容はだいたいオーネリアスがいっていた通りのものだった。
ロギアがいうには魔族は女神の力によって進化した新人類なんだとさ。
両軍共に似たような主張なら多少の信憑性はあるかな。
だが、しょせんこいつらも又聞きの話をしてるだけよ。
決定的な物的証拠があるわけではない。
きちんとした検証が必要だ。
だからシグルスさんも世界を回っている。
そこが歴史の面白いところなんだな。
「いつまでもこの世界をゴルドバの好きにさせていいのか!? 否! 女神ソルティアこそがエルメドラに君臨する唯一の神である! 未だソルティアへの信仰を忘れていない諸君らなら、きっと理解してもらえると思いここに連れてきたのだ!」
そう、そこはおれも少し引っかかってる部分だ。
蛮族が女神を裏切ったのなら改宗してもいいはずなのに、こいつらは未だに女神信仰を続けているんだよな。
女神が魔族を造ったという事実を隠蔽してまでさ。
今さら信仰する神を乗り換えるわけにもいかないっつうのはわからんでもない話ではあるが……マジでこいつらオーネリアス王に騙されてるだけだったりしてな。
まあ、その辺はおいおい調べていくとするか。
「諸君らの中に再びエルナに戻り、我らと共に蛮王やゴルドバと戦おうと思う者はいるか!? 我が軍はそのような勇者を歓迎するぞ!」
ロギアは高々と拳を振り上げて熱弁する。
話の真偽はともかく……いきなりそんな風にいわれても、はいそうですかといって魔族に協力する奴なんているわけねえだろ。
みんな人間なんだから、同じ人間であるオーネリアスの肩を持つわ。
魔族の側に立って人間と戦えなんていわれて従える奴はいねえ。
こいつは弁は立つが煽動家としてはイマイチだな。
おれはホイホイ煽動されちゃうけどね。
「ご演説深く感動しました! 正義はエルナにあり! おれもあなたがたの同志に加えてください!」
おれはロギアの演説に諸手をあげて賛同した。
そっちのほうが何かとお得そうだと考えたからだ。
「君、名前は?」
「マサキ・リョウともうします! 以後お見知りおきを!」
「おお、そうか。その物わかりのよさ、気に入ったぞ! 後で私の部屋に来なさい!」
よし、さっそく魔族の司令官に取り入ることができたぞ。
ここからがんばって更に気に入られれば、このイドグレスでもかなりの自由が得られるはずだ。
えっ、人間としてのプライド?
ぬぁにそれぇぇぇえ???
プライドは投げ捨てるもの




