イドグレス大陸
まっ暗だった牢獄から外に引きずり出されると、そこもまた暗黒だった。
突風が吹き荒れ雷鳴が轟く。
踏みしめる大地は荒れ果て草の一本も生えてねえ。
暗雲たちこめるイドグレス大陸は、魔王の住処と呼ぶにふさわしい禍々しさだった。
「行くぞ」
冷たく吐き捨てる魔族は、マリガンさんが語っていた姿そのままだった。
ひとにらみで人間をすくませる鋭く切れあがった眼。
頬まで裂けた口からは紅い舌がちろちろと顔を出している。
無骨な鎧の下にある光沢のある鱗は――まさにトカゲそのものだ。
いちおう成人男性と同じサイズで人間ような手足を持っているので、トカゲ人間と呼ぶべきだろうな。
リザードマン――――それがこのイドグレス大陸を支配する魔族の正体ってわけか。
はっ! 実に下等な姿だな!
こいつらをシグルスさんと同等に扱うわけにはいかねえな。
そらあのひとも連まねえよ。次元が違げえわ。
だがまあ、人間のケンカ相手としちゃあ手頃な存在なんだろうな。
船に揺られてイドグレス大陸に着く間、おれはどうにかこいつらと和解できないものかと考えを張り巡らせていた。
船内の牢獄で、連中の動向を注意深く監視しながらな。
正直、無理だと思ったね。
あいつらは人間に近しい存在だが、それでも決定的に違う。
人に造られたがゆえに人の知性を持つが……完全に別物だ。
人間っつうのは差別する生き物だ。
肌や眼の色の違い程度でも平気で迫害するし、すべて一緒でも今度は思想の違いで対立する。
そんな人間が、これほどまでに違う存在を受け入れられるはずがない。
おそらくそれは向こうも一緒。
和解の道を諦めきっているわけでもないんだが……おれたちは、どちらか一方が滅ぶまで戦い続けるしかないのかもしれない。
奴隷に身をやつしながらも、今までおれが結構のんきしていられたのは、相手が人間だったからだ。
異世界人だろうと外見は変わらないし価値観もある程度は共有しているからな。
……さすがに今回ばかりは笑えない事態かもな。
イドグレスの港町は、みるも無惨な廃墟だった。
人間の軍隊に攻撃されたまま放置されているのか?
毎回、港町の活気を見るのが楽しみだったおれとしては正直ガッカリだ。
魔族の知性は人間と同等だから、もう少しマシだと思っていたんだけどな。
まあ、他国との交流もないし、魔族にとって港町なんてただ軍艦が発着する場所ってだけなのかもしれないけどな。
目的地であるガルデの町には港町から歩いて半日の場所にあった。
港町とは違ってさすがに町としての体裁は整っていたが、やはり陰鬱としていて活気がない。
この陰鬱さは、暗雲が日の光を覆い隠しているせいかな。
つうかこれ、たまたま天気が悪いってだけだよな?
まさかずっとこのまんまってこと……ないよな?
あかん、気が滅入ってきた。
闇を纏って強くなる闇の王とかいってた時もあったけど、あれはちょっとしたジョークだから。
夜は嫌いじゃないけどずっとどんよりしてるのはさすがにきついわ。
「入れ」
再び放り込まれた牢獄は、まさにブタ小屋と呼ぶにふさわしい場所だった。
ベッドは藁だし照明器具もねえ。糞尿も片づけられてねえから不潔極まりない。
ウォーレンの牢獄がいかに恵まれた環境だったか再確認させられる。
ま、実際人扱いされていねえんだろうなあ……。
魔族……つうかエルナって神の使いなんじゃねえの?
自称神徒のくせにちょっと無慈悲すぎない?
はぁ~~~……鬱だ、我が身の不幸を嘆きてぇ。
せめて個室を用意しろよな個室をぉ~~~~~っ!
とはいえ、一緒に連れてこられたオーネリアス人の皆さんに、あまり情けない姿を見せるわけにもいかねえか。
おれはあえて堂々とした態度で牢獄の壁にもたれかかった。
――……早くオーネリアスに戻らねえとな。
ようやく商会を立ち上げることができたんだ。
やることは山積みだ。こんな場所で足踏みしてる余裕はねえ。
だが――――せっかくここまで来たんだ。色々と調べてみたいこともあるな。
無料でイドグレス大陸まで旅行に来れたと思えば、まんざら不幸なだけというわけでもないか。
メグルマ商会と交渉するまでまだ時間はたっぷりとある。
オーネリアス王が直接後ろ盾になってくれるなら、無理して商会を大きくする必要もねえ。
だいたいネガティブなのはおれの性分じゃねえや。
今のおれにどこまで出来るかわからねえが……いっちょ暴いてみっかな。
このイドグレス大陸に眠る『神々の真実』ってやつをよ。
波乱の第四章、開幕




