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別れ

 ……。



 …………どうやらおれは、また死に損なったらしい。



 気づけばおれは、城内のベッドの上に転がっていた。



 おれは軽く体を動かし、体に異常がないことを確認してからゆっくりと体を起こす。




 田中の額に剣を叩きつけた瞬間、おれは確かに無心だった。



 ヴァンダルさんへの義理も、

 ミネアさんの想いも、

 ミチルやオーネリアスとの約束も、

 人を斬りころすかもしれないという恐怖も、

 自分が死ぬかもしれないという絶望も、



 本当に、何も感じなかった。



 すべてが空だった。



 色即是空なんつうよくわからん仏教用語を身を持って体感した気分だ。

 あの瞬間だけは、おれは悟りを開いていたのかもしれねえ。



 だが、今はもうダメだな。

 やらなきゃならねえことが次から次へと頭に浮かんでくる。

 やっぱおれは、お釈迦さまにはなれねえわ。



 まっ、リア充に完全なる空になれっつうのがどだい無理な話なのよ。

 そういうのはヒマな宗教家にでも任せておけばいいのさ。



「リョウくん、目が覚めたんだね!」



 おっと、おれをこんな目にあわせたご本人の登場だ。



「ごめん……力の加減がうまくいかなくって……でも、回復魔法が効いてよかった!」


「だから謝るなよ。何度もいわせるな」


「何度でも謝るよ。だって僕は君のことを敵だなんて思っていないんだから」



 ……ちっ、この底抜けのお人好しめ。



 そんなんだから異世界でもいいように使われるんだ。

 次からはもう少し人を嫌うことを覚えるんだな。



「おれはどれだけ寝ていた?」


「二時間ぐらいかな。ここには魔法を使ってこっそり運んできたから他の人たちには気づかれていないと思うよ」



 なるほど、決闘のいいわけをあれこれ考えずに済むのは助かるな。

 体は問題なく動くし、外傷もないから悟られることもあるまい。

 勇者の回復魔法はやっぱすげえわ。



「じゃあ、もう行っていいぜ。敗者に情けは無用だ」


「リョウくんは負けてなんかいないよ。僕の勝利は神の力に頼ったものだから」


「てめえシグルスさんの剣の力なめてんのか。おれはおれの信じるモノを使っておまえと闘って負けた。ただそれだけだ」


「でも……」


「でももへったくれもねえ。それ以上ぐずぐず抜かすとぶっ飛ばすぞ!」



 これでもおれは結果にそこそこ満足してるんでな。

 マイラルでの勝負を含めると一勝一敗。

 だから引き分けっつうことにしといてやるよ! うははははっ!



「ちなみにこの竜鱗の剣、実はもう二振り造ってもらっている」


「もしかして……」


「一振りはミチル。もう一振りは……もちろんおまえ用だ」



 魔王の子の鱗より生まれた剣。

 その威力はさっきおまえが体感した通り。

 マイラルの眉唾な伝説の剣の一億倍は有用だと思うぜ。



「神の紋章と魔の剣。二つ合わせりゃ……魔王に届くかもしれねえぜ?」


「リョウくん…………ありがとう…………ッ!」



 だから泣くなよ、めんどくせえ奴だな。

 おれはただ今回の仕事に対する正当な報酬を与えてるだけなんだからな。

 本来、感謝されるいわれはねえんだよ。



 おれは死んでもおまえに借りは作らねえ。



 だから、今日生かしてもらった借りもいつか必ず返す。



「リョウくんが僕の勝利を認めてくれるなら、僕も僕の自由にさせてもらうよ」


「おれについて来る気か? 別に構わねえけど、おまえにくれてやれる仕事がねえぞ」



 しかし田中はゆっくりと首を振る。



「僕はここに残って魔王軍と戦うよ」



 へぇ……突然志望が変わったな。

 いったいどういう風の吹き回しなんだか。



「たぶんオーネリアスさんは、歓迎するフリをしてわざとリョウくんたちをここに拘束してるんだと思う。僕たちを魔王軍との戦争に巻き込むために」



 気づいていたか。

 アホだアホだと思っていたが、おまえも意外と侮れない奴だな。



「でも僕が戦う決意をみせてお願いすれば、きっと解放してくれると思うんだ。だからリョウくんは、早く村に帰りなよ」


「そんな風にいわれると逆に帰りたくなくなるな」



 おまえに借りを作るのは死ぬほど嫌なんでね。

 まあ、おれが生来の天の邪鬼だっつうこともあるが。



「これは僕の意志だっていったじゃない。僕は勇者としてこの世界に召喚された。その使命を最後まで果たしたくなったんだ」



 ……。



「奴隷として酷使されているにも関わらず、商会を立ち上げようと必死にがんばってるリョウくんを見ていたらね」





 …………ああ、そうかい。



 だったらおれに泣きついてこないで最初からそういやよかったんだ。

 無駄に死にかけたじゃねえかこのドアホが。



「最初は覚悟が決ってなかったというのは認めるけど、神の力に人のまま立ち向かうリョウくんを見ていたら、独りになることにビビっている自分がすごく情けなく思えてきたんだ。僕も成長しなきゃいけない。今は強くそう感じている」



 だが許してやるよ。

 その心意気に免じてな。

 おまえにしちゃ上出来だ。



「リョウくんが安心して商売できるよう守ってみせるよ。このオーネリアス大陸を」


「そこまで期待はしちゃいねえが……よろしく頼むぜ、勇者さまよ」



 その日、おれたちは初めて握手を交わした。





 おれたちは何の承諾もなしに異世界に召喚された。



 おれはウォーレンで奴隷になって今は商人。

 おまえは神の奴隷として今は勇者をやっている。

 おれたちゃ他者に運命を弄ばれているといえるかもしれねえ。



 でもな……だからといっていつまでも、それを嘆いていても始まらねえだろ?



 生まれてこのかた完全に自由な人間なんつうのはいねえんだ。

 たとえ運命の奴隷だとしても決して諦めず、その中であがき続けりゃいつかは見えてくるもんだ。

 一筋の光明ってやつがな。



 だから田中、おまえは勇者の使命を果たせ。

 おれもおれの使命を果たす。



 その先におれたちが目指すべき道が見えてくるはずだ。





 田中よ、ここでおれたちの道は分かれるが……いつかまた会おう。

 そのときは大きく成長した姿を見せられるといいな。

 お互いに――――な。

第三章完結

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